第31話 魔王さま

 日はまだ高いところにいるが、テントの準備が整った。見ているうちにテントは出来上がり、今は茶やらおやつなんかをフロストに振舞ってもらっている。

 

 私は客人として、もてなされているような気分になってくる。




 もてなすことはあっても、客人でもてなしてもらうのはソワソワしてしまう。何か自分も手伝おうか、なんて言いたくなってしまう。



 しかしながら、フロストはそれを望んではいなさそうだ。借りのお返しをしているつもりなのか、色んなもの出しては私に聞いてくる。




「こんなのがあった。缶詰ぱん、というやつだ」

「い、今は、まだ麩菓子食べてる……」




 しゅんとさせて、出しては仕舞いを繰り返している。どこか、祖父母の家でもてなしを受けている気にもなってくる。

 あれやこれやと、気にいるものを手探りで探されているようなそんな気がするのだ。





 軽く太陽は傾き、オレンジ色の光で空を包み込んでいる。1日の最後を知らせるように、カラスが鳴いた。



 列を成して、カラスは群れで家に帰るようだ。それを見送るように、眺めた。

 穏やかなゆったりとした時間が流れる。




 目を瞑れば、遠くから水が流れる音が聞こえ梅の花の甘い香りに包まれている。ずっとここにいるのに、鼻が慣れることもなくこの甘い香りを堪能していた。





「フロスト……」

「なんだ」




 しばし時間を置いたからなのか、普段のフロストに戻っていた。先ほどまでのご機嫌さは、少し落ち着いている。


 


(カラスと一緒に帰りましょうってあるように、そろそろ夕飯にして睡眠といったところかな)



 そう思いつつ、空に投げていた視線をフロストに向けた。見計らったかのように、目の前には木の枝が並べてあるのだ。



フオ



 さらには、火おこしをしなくてはいけないのを魔法で終えてしまう。指先に小さなマッチの炎ほどの火が現れて、枝に炎をつけた。



 ――便利だなぁ。



 

 枝に上手く炎が燃え移り、音を立てて火を大きくしていく。


 

 火の粉は空に舞い上がった。バチっと跳ねては、天に向かって伸びていく。そして、ある一定のところで消えてしまうのだ。

 消えると分かっているのに、暗くなった上空を目指して火の粉は飛び跳ねる。



 そんな燃える火をボーッと眺めていた。




 何もせず何も言わずに、事が進んでいくのはなんとも不思議な感覚だ。

 大きくなった炎を見ていると、何故かマシュマロを焼きたくなるのはなぜだろう……。ただのバーベキューしか経験がない私は、そんなことを考えていた。




 

 鉄板を置き、大きな炎をそれで押さえつける。火力調節は本来ならできないが、元はフロストの火の魔法。

 フロストの言うことを聞いて、ちょうどいい塩梅の火加減になった。




 

 どこにそんなものを仕舞っていたのか、卵や肉といった生鮮食材が出てきた。

 それをいい音を立てて焼いてくれる。



 軽く油を飛ばしながら、焼けていく空腹をそそる香りを感じる。お腹が、早くと騒ぎ出す。




 喉を鳴らし、焼けていくのを心待ちにした。




「フロストも、お料理するんだね」

「これは、料理には入らない」



 そんなことを言いつつも、しっかりの中まで火を通してコゲもない。料理のうちには入らないというが、十分だろう。取り分けまでやってくれる。

 


 ――本当にこの人……魔王さまなんだろうか。こんなことまでしてくれるけど。

 


「妖精が必要なの? そんなに強いのに」

「魔王として……」



 その言葉の続きは、日のぱちぱち弾ける音にかき消されていく。飲み込まれた夜の暗闇に、引き上げてもらえないと抜け出せなくなっていた。



 つい気になる、が先走ってフロストの気持ちをないがしろにしてしまった。

 消えゆく彼の言葉に、氷水を被ったような感覚になる。最も、彼はもっと冷たい心の中に落とされているだろう。




「魔王としての立場を維持するには、どうしても必要なことなんだ」

「そっか……」




 先ほど消えた言葉を紡ぎ直した。私は、この空気感を変えたくて立ち上がった。




「逆転送、魔王さま! 妖精を捕まえて、魔王さまを維持しよう〜!」




 

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