第29話 花の妖精
フィルは、小さな口をパクパクとさせて何かを言っている。もちろんその声は、私たちには聞こえない。
どんな声をしているのか、少し気になる。
「フィルは、なんて言ってるの?」
私の言葉に、ジィランからの返事はない。その代わりに、フロストの手のひらに乗せられた瓶が割れた。
「
鳥が鳴くような高い声で、叫ぶに近いほどの大きな声をフィルは出す。
瓶を割って出てきただけでも驚きなのに、急な鼓膜の震えに目を大きく開いてしまう。
それも束の間だった。なんだか、フィルに吸い寄せられていく。そして――
「フィル、ごめんね」
気がついた時には、そう口に出していた。頭で言葉を紡ぐより先に言葉に出ている。
自分の意思とは別の誰かが私を操っている、そんな感覚だ。
私の言葉にフィルは、鼻高々として腰に手を当てて鼻をつんと上を向かせた。言葉通り『鼻高々』と言った具合だ。
私は、そんなフィルの頭をそっと撫でた。
絆されてしまった私とは裏腹に、フロストは眉を跳ね上げていた。それだけに止まらず、なんと攻撃を仕掛けたのだ。
「
ビュオオォっと、私にまでかかるような大きな凍てつくような風が渦を巻く。小さな身体のフィルは、その渦に巻き込まれてしまった。洗濯されているように、ぐるぐると目を回している。
「うわぁああぁ」
「あれは、古代魔法だろうな。少しでも興味を惹かれている相手であれば、必ず和解ができると言う」
先ほど妖精が唱えていた『メルシオン』について、フロストが解説をしてくれた。どうやら私は本当に、操り人形のように自分の意思とは違う言葉が出てきていたようだ。
頭の中に住む別の誰かが指示を出し始める、そんな感覚だった。
可愛らしいとも思ったし、悪いことをするとも思えなかった。要は、元から私は敵という概念を持ち合わせていなかった。
――なるほど。妖精は、どんな子でも敵……というわけか。
フロストにこんなことを言ったら、「今更だ」と言われてしまいそうだ。なのでそんな言葉は、胸の内にしまっておいた。
ひとり勝手に理解をして、腕を組んで頷いた。
いつまでも洗濯機の要領で、凍てつくほどの冷たい風の渦に回されている。そろそろ可哀想で、止めに入ろうか迷ってしまう。
チラリと見やると、フロストは目を瞑って何やら考え事に
ヒヤヒヤとした思いのまま、彼の肩にそっと手を置いた。
「フ、フロスト? そろそろ解放してあげたら?」
「あぁ」
了承の返事が返ってきたのに、目を開いただけで魔法を解く気配がない。光を宿さないフロストの黒い目は、スッと真っ直ぐにフィルを捉えていた。
「フィル、古代魔法をこちらに。そしたら、解放してやる」
「も、もちろんよ!」
少し高圧的にも感じる物言いに、フィルも慌てる用にして返事を返した。それによって、ようやくフィルを解放する。
解放されたフィルは、目が回っているのか千鳥足になりそのまま尻餅をついた。
頭からぐるぐると回して、視界の歪みに身を任せているようだ。小さな口を開き、新鮮な空気を吸ってなんとか視界の歪みを直そうとしている。
『フィル……』
コンパスになったジィランは、ここにいるメンバーで唯一の同じ技を食らった妖精だ。
きっとフィルの気持ちがよくわかるのだろう。
同情している、と言葉が聞こえてきそうな心配をする声で名を呼んだ。ジィランの声は、目を回しているフィルには届いていない。
返事は返ってこないが、ジィランはそれ以上何も言わない。
ようやく落ち着いたのか、足に力をいれてフィルは立ち上がる。そして、ジィランの時と同じように髪が金色に光り輝いた。
それは、シトリンの輝きによく似た金色の宝石だ。太陽の光を帯びて、さらに輝いているように感じる。
カランッと音を立てて、シトリンが地面に落ちていく。フィルの形は落ちる音と共に消えていき、彼女の笑顔を見せた残像だけが脳に残った。
数個手に取ると、またしても宝石が一つに合わさる。そして、ブローチに変化した。梅の花の形を模した、ブローチだ。
彼女がいた証でもあるかの如く、フィルをよく表した花の形だろう。柔らかな桃色が花弁を華やかに彩っている。
今更かもしれないが、『古代魔法』について知りたくなった。ジィランの時もそうだが、コンパスやブローチと物に変化している。
しかし、その魔法をフロストが利用しているところを見たことがない。
「古代魔法って、どうやって使うの?」
「一番は慣れている氷魔法。それでもダメなら、古代魔法を使う。使う時には、それぞれの妖精が呪文を唱えてくれる……と聞いている」
フロストの言葉は、疑問系にも取れるそんな言い方だ。私では、何も答えられない。
少しの間をあけて、ふたりの妖精が交互に話してくれた。
『この姿になった以上は、あたしたちは主にしたがなくちゃいけない』
『だから、妖精たちは戦うのよ』
主は、フロストだ。彼の意のままに、彼女たちの古代魔法を操ることができるらしい。
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