第28話 梅の木

 梅の木は、2本の幹が絡み合っていた。その中心に小さな空間があり、大切に両手で包み込むような形になっている。



 この距離では包み込まれているモノが、何かまで見ることが出来ない。



 赤の矢印に沿って、梅の木に近づいていく。近づくにつれ、梅花のジャスミンにも似た甘い香りが漂ってくる。

 大きな木に身を寄せるように咲く梅花は、それぞれが高い香りを放っている。全身を覆い尽くすほどの甘い香りに、酔いしれてしまいそうだ。



 香りのその先に、揺れ動く何かを見つけた。




「あれ?」



 私は小さな声で、二本の幹で出来た小さな空間を指をさす。そこには、金髪にショートヘアの妖精が丸まってスヤスヤと眠っている。



 柔らかな風が、梅の木々の隙間を通り抜けていく。シャンパンが波打つように、金色の髪を靡かせた。

 光っているわけではないのに、太陽の光を集めて黄金に輝いているように見えてくる。





 ――金色の髪が、揺れていたのが見えたのね。




「次に探すべき妖精だ」



 やはりそうだった。この小さな少女が、妖精だ。前回のジィランとは違って、すぐに見つけることに成功した。

 なので反対を言うならば、名前すらわからないと言うことだった。




 ジィランと同様に、こんなにも近づいているのにも関わらず、全く気が付かない。スヤスヤと深い眠りについている。さらには、ゴロンと木の上で寝返りを打った。




(なんと、無防備なんだろう?)



 手を伸ばせば掬い取ることが出来てしまう、そんな距離になっていた。顔を近づけて、妖精を間近で見ようとする。



 流石に、フロストに止められてしまった。




 しかしこのままでは、この妖精は眠ったまま何も進まなさそうなのだ。どうしたものかと、考えを張り巡らせてみる。



 しかし、いい案には辿り着くことが出来なかった。




「フロスト? 指で突いてみるのはダメなの?」

「何をしてくるかわからない」




 ……確かにそれも一理ある。ジィランも、穏やかそうな雰囲気を身に纏っていたはずだった。それなのに、戦いが起こった。



 こちらの戦意が、原因だと言われればそうかも知れない。それでも、戦いたくなければ別の手段を探すはずだ。



 それを踏まえるならば、この妖精も何か仕掛けてくる可能性がある。警戒をするに越したことはない。




「……グレイシス・フィラメントの瓶



 少し悩むようにして、魔法で透明度の高い瓶を出した。その瓶の代わりに手にしていたコンパスを預かることにした。


 瓶の大きさは、ちょうどこの妖精が入るサイズだ。

 ジィランも手のひらサイズでかなり小さかったが、この妖精の方が小さい。私の片手で収まりそうだ。



(妖精って、どれも小さいのかな)



 コルクが擦れる音を立てて、瓶を開けてひっくり返した。寝ている妖精をそのまま、捕まえようとしているのだろう。



 丸まっていたところから寝返りをして、大の字になっている。上から被せて、うまく中に転がした。

 そして、コルクで完全に密閉をした。




 大きく揺れたからか、その衝撃で流石の妖精も目を覚ました。大きな瞳は、海の色のように深い青色をしている。何もかもを吸い込みそうな青色の瞳だ。




 何度か瞬きをして、自分の状況がわかったのか瓶に手をひたりと当てて何かを叫んでいる。

 密閉空間に響いているだろう妖精の声は、残念ながらこちらには何も伝わってこない。



 いくら叩こうとも、びくりともしない丈夫な瓶。




 ――なんだか、悪いことをしている気分だ。




「この子、何って言ってるのかな」

『あたしなら、分かるよ』



 ここまで静かにしていた、コンパスになったジィランが答える。私はこの姿になったジィランとの会話は初めてだ。

 声からして、ジィランであることはわかっている。




 だが、不思議な感覚に一度まわりを確認してしまう。ジィランはこのコンパスになっている。声の主もこのコンパス。

 なのでもちろん、周りには声の主の姿はない。



 頭で理解しているのに、状況についていけない。




「えっと? ジィ、ラン??」

『そう。あたしを瓶に近づけて』




 言われた通りに、ジィランの声がするコンパスを瓶に近づけてみる。




『この中から出さないと、古代魔法を使うわ。だって』

「古代魔法?」

『フィルの魔法は、そんなに怖くないけどね』



 ジィランの言葉に反応するように、"フィル"と呼ばれた妖精は腕を組んでムスッとさせた。


 妖精同士には、この分厚い瓶なんてないに等しいようだ。私たちからしたら、声なんて何も聞こえないのに。




「フィルっていうのね?」



 こくりと瓶の中の妖精が頷いた。

 


 ――どうやら、私たちの声も聞こえているようだ。

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