第27話 コンパス

 コンパスによって、さし示された方向の先をめざす。


 本の次のページに記載されているのは、花冠をつけた妖精のようだ。何やらステッキを持っており、その先から花が咲いているイラストが添えられている。



(花の妖精? じゃあこのコンパスになった妖精は?)



 一度前のページに戻った。長い髪を垂らしている妖精が、描かれている。モノクロームで描かれているので、色合いはわからない。



 それでももう見たあのエメラルドの光を帯びているような長い髪は、目に焼き付いて離れない。




 おそらく次の妖精は、花の妖精なのだろう。花といえば、おっとりとしていて穏やかなイメージがある。

 次の戦いはもしかしたら、穏やかなものになるのではと私は思っていた。





「香澄。確かに、俺は基礎魔法は大抵できる。それでも、危険はある」

「う、うん。でも、この傷はもうなんと言うこともないから……心配しないで」





 軽く首を横に振って、安心をしてほしいと願いを込めた。なるべく口角を上げてにこやかにしてみる。




 私の心に雲をかけて、今にも土砂降りの雨を降らせてしまいそうだ。




「逃げる先がないなら……」

「大丈夫! ちゃんと逃げるもん!」




 フロストの言葉の先には『ここで留守番を』と続きそうで、心の中に雨を降らないように先手を打つ。エメラルドの髪を持つ妖精のフィールドでは、鳥籠の中で逃げ場など存在しなかった。





 それでも、この旅を私も続けたい。それにあの荷物の量は、私の分までありそうだ。是が非でも私は、ついていくんだ。



 そんな気持ちを孕んだ目で、彼を見つめる。この視線だけで私の心うちは、わかってしまうだろう。




 小さなため息を彼は、ついて私の肩を2度叩いた。私より先に食べ終えたフロストは、大きな荷物を手に持った。

 正確には、大きな荷物は宙を浮いている。




(これも魔法なのかな)



 準備も万端で、あとは家を出るのみと言われていようだ。先ほど隠されていた黒い大きなツノが、顔を覗かせている。




 私からすると、こちらのフロストの方が自然に感じる。決して、ツノがないのは似合わないとかではない。

 だが、そのつのまで含めて彼なのだ。




「さあ、レッツゴー!」



 私が、家のドアのぶに手をかけた時に後ろから腕を引かれた。優しく引かれて、導かれる。その力に従って、私は出かけると言うのに部屋に舞い戻ってきた。




 どう言うわけなのか理解ができず、腕を引くフロストに付き従うしかない。




「流石に歩いて行けないだろう」

「鏡?」



 彼が頷くのと同時に、あの氷の鏡を取り出された。クリスタルの光と花の影が、何度見ても美しい。


 覗き込むとそこには、紫色のカトレアが咲いている光景が見えた。大きく風に煽られて、茎をしなやかに動かしている。




 それが、カトレアの花言葉である“優雅な貴婦人”がにあう魅惑的な雰囲気を醸し出している。





 そう思っていると、甘い香りに包まれた。一面に広がる紫色のカトレアが私たちを取り囲む。




 遠くから水の音が聞こえてくる。近くに川でも流れているのだろう。花々を行き来する蝶とミツバチが、脚をつけるだけで大きな花を揺らす。





 ここにきた時には思わなかったが、私の知っているサイズよりもカトレアは大きい。両手のサイズよりも大きな花弁を咲かせていた。





「ここは……いったい」

「どうやら、コンパスの指し示す場所へ氷の鏡で来れるみたいだ。次の妖精がいる場所だろう」



 辺りをキョロキョロと見渡してみる。とはいえ、紫の大きなカトレアしか視界に入ってこない。




 ――水の音がするし。そっちに行った方がヒントが落ちているかな。



 ゾウになった気分で、耳からの情報に意識を向ける。目を閉じて、音に集中した。



 優しく打ちつける水が、微かに聞こえるだけだ。近くを飛ぶ蝶とミツバチの羽の音が、雑音で気になって拾う音を間違えてしまう。




 兎にも角にも、ここステイするわけにはいかない。この考えにタッチの差で、フロストの方が早く決断をしたようだ。



 大股で、花を避けるようにして進んでいく。私も彼が進む道を同じように歩いて、きれいに咲くカトレアを踏まぬようにした。



 なんだか彼の足の進め方が、この場所を知っているようだったのだ。知った道を歩いているのであれば、今後私たちは有利になるだろう。




 それに前回とは違って、太陽が登っており辺りを見渡しやすい。敵がいたとしても、すぐに見つけられそうだ。


 

「フロスト、どこに何があるのか知っているの?」

「知らない。でも、コンパスがこちらを指している」




 赤色の矢印は、コンパスを回しても北を差し続けるように行き先からブレない。その赤矢印の刺す方角には、この南国風の色に染まらない意思を感じる梅の木が異質な雰囲気を放つ。



 その梅の木に赤い矢印が刺さる勢いで、一点集中で指し示した。



 枝垂れ梅なようで、花火の先が落ちてくる勢いで枝が弧を描いている。薄い桃色が華やかに咲き乱れ、画面いっぱいに花を広げていた。



 紫というエキゾチックなカラーが、淡い桃色という古風な色とが対比するように咲いている。

   

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