第26話 ページ

 自分はもしかしたら……用無しな上に、足手纏いだったのかも。そう思うと、邪魔をしているだけなようにと感じた。



 唇を結んで、何とかやり過ごそうとする。そんなことは知らずに、フロストは嬉々としてサンドウィッチの袋について話し始めた。



「知ってるか? ここを引っ張って……おにぎり、というやつもすごいんだ」

「海苔がしなしなにならない工夫がされてるんだよ!」

「なるほど……それでこういう構造に」





 ふんふんと、おにぎりを袋の上から確認している。私は気になることに飛びついてしまうが、こんなに前のめりな彼は初めてだった。



 私からすれば、こんなもので? と疑問に思えてしまうが。彼にとったら、面白いものなのだろう。

 何だか微笑ましい気分で、フロストを見つめた。お腹の減りなんて、忘れてしまいそうな光景だ。



 


 おにぎりの袋をきれいに開けて、海苔を巻きつけて私に渡してくれた。ズレもなく海苔を巻かれたおにぎりを、パクりと頬張った。



 パリパリの海苔が音を立てて、梅おにぎりのいい具合の塩味に頬が落ちる。簡素な食べ物ではあるが、米の甘さに梅の酸味。全てが絡み合って、美味しさを完成させている。





(美味しい……けど、何か足りない)



 

 私はモグモグと口を動かしながら、頭を捻った。足りもの……それは何か。味よりも何か大切なものをぽっかりと、忘れてしまっているようなのだ。



 ゴクリと嚥下して、口にまたおにぎりを入れた。足りないものを探すようにして、味わった。




「あっ」

「なんだ」

「サンドウィッチ、半分こしよう!」



 ――そうだ、足りないもの。一緒に食べるかどうかだ。



 独りで夜ご飯をこのワンルームで、毎日のように過ごしていたはずなのに。そんな寂しさは過去に置いてきて、あたたかみを知ってしまったらもう戻れない。




 あたたかみのある食事は、味に深みをもたらしてくれる。




 にこやかにしてい私の理由は、きっとフロストにはよくわからないだろう。

 それでも、袋の中に入ったサンドウィッチを分け合う。ひとつを手にして、彼の大きな口が開かれて食べられていく。


 

 私もそれに続くようにして、頬張った。パンにはさんである、ハムとレタスが美味しい。



 先ほどよりも美味しく感じる。




「美味しい」

「あぁ。昼にも食べたんだが、こちらの世界の食べ物はうまい」


 

 魔界の食べ物は、それほどに味は重要視されてないのかと寂しくなる。



 お腹の減りで忘れていたが、ふたりしてキッチンに立ったまま食べていた。行儀の悪さなんて、独り暮らししていると忘れてしまう。



 フロストも特に気にもしてなさそうなので、私は気がつかないふりをした。




 背の高さのある彼は、背筋が伸びているのでより高く感じる。肩幅もしっかりとあるが、私に当たらないようにしてくれていた。




「今度は、いつここを出るの?」

「手に入れた妖精が、次向かう時と場所を知らせてくれる」



 胸ポケットにしまわれた、妖精のコンパスを取り出した。それは、揺れもせずに北と南が反対を向いたまま固まっていた。

 私は、人差し指でコンパスを突いた。触って衝撃を与えても、中の針は固まっている。



 完全固定されていて、全く揺れもしない。





 あの翠の髪をもつ妖精だったなんて、全く想像ができないだろう。あのエメラルドの宝石のような輝きの髪が、揺れて金の蝶が鱗粉を散らす。

 なんとも幻想的な雰囲気に包まれていた。



 あれこそが、ファンタジーの世界だ。

 


 それにしてもピクリともしないコンパスに、気になってしまう。無意識のうちに、何度も指で弾いていた。




 その小さな私の攻撃から守るようにして、反対の手のひらでコンパスを包み込んだ。私としては、ただのコンパス。しかし、彼からみたら、ここまできてようやく手にした妖精なのだ。



 感覚がそもそも違う。




「喋らないが、ちゃんと妖精だ」

「いじめてたわけじゃ! ごめんね?」



 

 私は、両手を慌てて振って誤魔化す。そして、大きな溝を感じて、心臓がヒヤリと凍りつくような感覚になる。慌てて謝った彼女に、瞳で頷きを返される。




 被せた手のひらでひと撫でするその手つきは、優しくて壊れ物を扱うようだ。慈しみにも似た表情に、複雑な気持ちになっていく。



 大切だと理解していたはずのなに、何てことをしてしまったのだ。と自分を責める気持ちになる。唇を固く閉ざして、フロスト動向を待つ。



「次行く時は、これが決めるから」

「そうだね。いつになるかなぁ」


 

 今度は、そのコンパスをのぞき見る。先ほどまで微かにすらも揺れなかった、中の針が前兆もなく揺れ出した。それは、恐る恐るといった具合に揺れていることに気がつけないレベルだ。




 微かに揺れて動き、コンパスの針が指ししめす。完全に停止をして、北側の赤い線が矢印となり浮かび上がった。

 赤の矢印の方向へ進め、ということだろう。




「今度は何で行くの?」

「同じように氷の鏡で行く。扉の開き方は……」








 


 あの本の出番だろう。リビングの方へ移動して、本を取り出した。開くページは、髪の長い妖精の隣のページだ。




(少し思ったけど、ページが増えている!?)




 私の記憶に、なかったのは正しいことだった。このページは、そもそも存在しなかったのだ。

 急に増えたページが、彼らの道を指し示していた。




 次のページをめくってみると、今まで見てきたページになっている。髪の長い髪を垂らしているのは、増えたページで間違いなさそうだ。




 おそらく、鏡の件も『』と『』というのも区別をつけるために増やされたことが想像させられる。そのおかげで無事に、氷の鏡で扉を開くことに成功した。



 ――増えたこのページが、次に会える妖精なのかな。



 

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