第25話 白河夜舟
辺りを見渡すと家々の狭間から太陽が顔を出してきた。早朝のヒヤリとする風に、澄んだ空気。どれも一日のはじまりを告げている。
すっきりとした感覚と共に、気だるさと頭の重さが襲ってくる。ただ一日のはじまりに遭遇しただけなのに、急に身体が鉛のように重たく上手く動かせなくなった。
深呼吸をしてみても、重さは変わらない。目を閉じてしまったら、あっという間に眠りにつくだろう。
(身体が重たい……)
ズルズルと引きずるようにして、部屋の鍵を開けて入った。ようやく帰ってきた自分の部屋に、ほっとしたのか朝日を見た時よりも一気に眠気に襲われる。
* * * *
私は
フロストは、なにやら大きなカバンに荷物をまとめている。それを見て、慌てて私は飛び起きた。
あたふたと両手を動かして、うまく紡げない言葉を捻り出す。起きたときに立てた物音に反応した、彼は私の方に視線を動かした。
「もう、起きてもいいのか?」
「だって……夕方だもん」
こちらを見たフロストの頭には、威圧感や異色の存在感を放つ2つのツノが消えている。その辺りにいる人と変わりのない見た目になっていた。
それを言ってもいいのか分からなくて躊躇い、質問の回答だけをする。
フロストの隣に腰を下ろして、つるんとしてしまったおでこから目を離せないでいた。口を開けば聞いてしまいそうで、どうしようか悩む。
しかし、何も話さないわけにもいかない。
「えっと……その荷物は、どうしたの?」
「キャンプ用品を買ってきた」
両手には、キャンプ用の缶詰とガスボンベを持っていた。彼の目線の先には、テントや寝袋らしきものも入っている。
いろんな大きな道具までまとめられたカバンは、かなり大きなサイズなのだ。大人2人でも、運べるか分からないほどの重量もおそらくありそうだ。
だが、とてもじゃないとそんなことは言えなさそうだ。彼が楽しそうで、僅かに口角が上がっていた。
今から向かうと、こちらにはしばらく戻らなさそうなことが分かる。丁寧に詰められているが、その手つきよりも頭に目がいく。
じっと見つめすぎて、その視線に嫌でも気がつくだろう。彼は、自分のおでこを触ってチラリと見やる。
「これは、片付けておくこともできる」
「えっ! そういうものなの?」
「そういうものだ」
この話は、これ以上なにも返ってこない。たくさんの睡眠によって回復した体力は、背中の傷までも癒してくれたようだ。
ここまで帰って来れたのも、フロストの治療魔法のおかげではあった。それでも歩く振動は、少し軋みとして感じていた。
そんな痛みも今や全く感じなくなっており、完全に怪我をする前の状態になっている。ぐっと伸びをしても、痛みはない。
立ち上がって、遅い昼ご飯と早い夜ご飯だ。何も言わずに、そのままキッチンの方へ向かった。
(そう言えば……買い物に行けてないから、何もないかも)
そんな考えが浮かびつつも、冷蔵庫の扉に手をかけて開く。オレンジの光を放って、空っぽの冷蔵庫を照らした。
綺麗に何もない。辛うじて、卵がひとつ残されているだけ。こんなのでは、昼ご飯にすらならない。
腰に手を当てて、
「う〜ん」
「香澄、これ」
シンクの隣に並べられていた、コンビニのサンドウィッチとおにぎり。きっと彼が、私を想って用意してくれた物だろう。
基本的に、私は節約のためにもコンビニを利用しない。
「ありがとう! って、お金はどうしたの?」
決して、彼が盗んできたと疑っているわけではない。しかし、こちらに来たばかり。言葉すらも完璧ではないと主張しているのだ。
そんな彼が、こちらの通貨を待っているとは到底思えない。通貨を持っていたとて、こちらのではなく魔界のものだろう。
それでも目の前には、彼が購入してきたものが並んでいる。流石の私ですらも、この質問はしっかりとした回答が欲しいところだ。
胸元を探ってスッと伸ばされた白い手の中には、手のひらサイズの小さめの巾着が乗せられていた。そのパンパンに膨れた巾着に手を伸ばし、自らの目で私は中身を確認する。
チャリッと音を立てている。中身は硬貨が入っているのは、音から理解できた。
中身は私のよく見知った、日本円だった。しかも、全ての万札は丁寧に折りたたまれている。ここからもフロストの几帳面さが窺える。
「これは?」
「父がくれた」
こちらに来るための準備をしっかりとしてから、来たようだ。ここで少し、疑問が生まれてしまった。
――もしかして、匿っているのってありがた迷惑というやつなのでは。
有難いことだから、断るに断れないのかと。そもそも、はじめここに案内した時は半ば強引に連れてきたに似ているものだ。
お金もある。会話も問題ない。漢字やカタカナでたまに読めないだけ。
ただ生活をして、妖精を探すだけであれば何の問題もない。そのために、準備を彼がしてきたのだろうから。
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