第24話 先手必勝
フロストは、氷の剣をジィランに投げつけた。無力な私に怪我を負わせた、悪夢的な現実から目を背けようとしているようにも見える。
私は、なんとか顔だけを戦いに向ける。その動きにも、背中にあつい熱が走り息も苦しくなった。
彼は耳を塞いで、この戦いに集中しようとしている。その行動が映り込む。自分の痛む声が、彼をそうさせると思うと胸が苦しい。
唇を固く結んで、フロストを見つめた。それでも尚、この戦いから目を背けてはいけないと強い意志があった。
「あたしの技で、立っていられるなんてね。なかなかね。でも今度は、そうもいかない」
「
先手必勝とでも言いたいように、彼は妖精よりも先に魔法を繰り出した。
グレイシスで出した、純度の高いの氷の剣が雨となって妖精に降りかかった。剣の山の中に、妖精は埋まった。魔法での戦いを初めて見る私は、これでもう決着がついた。そう安直な考えがよぎった。
元気でこのような怪我を負って得なければ、両手をあげて喜んだだろう。だが、今は背中を強くうち声を出すのさえ痛む。
嬉しい気持ちになるのを抑えて、口を閉ざした。そのおかげか、静かな空間が草花でできた鳥籠の中を支配する。
「ジィラン、古代魔法をこちらに寄越せ」
「そんな簡単にやられないわ。
積もった剣を大きな岩の手が左右にどかして、すき間から無傷のジィランがゆらりと立っているのが見える。
それについても想定内とでも言いたいのか、眉ひとつの動きもフロストは見せない。
岩の手が、振りかぶってフロストを叩き潰そうとする。もう一度、フロストは氷の剣を取り出した。
その剣先を今度は、落ちてくる岩の手に向ける。そんな剣では、到底敵わなそうなサイズ差だ。
私は、どうにか身体を捩って何かできることはないかと考える。この鳥籠の中で、唯一の負傷者だと言うのに。
自分の傷よりも、フロストの安否を優先しようとしていた。
きっと彼からすれば、おとなしくじっとしていて欲しいだろう。
しかし動かない身体に、出せない声。どうすることもできず、フロストが叩き潰されるところは見たくない思いで目を固く閉じることしか出来ない。
――ガンッ
鈍い音に続いて、石がぶつかるような音が連続的に聞こえてくる。その想像していなかったような音に、恐る恐る目を開けた。
そこには、氷の剣を掲げているフロストの姿があった。岩の手は、彼の剣によってボロボロと壊れて崩れているのだ。
石がぶつかる鈍い音は、岩の手が崩れている音だった。
(すごい、あの大きさの岩の手を……)
「
妖精も私と同じように、壊せるとは思っていなかったという驚きの表情をしていた。口をあんぐりと開けて、言葉にならない声を微かに漏らすだけだった。
そんな妖精に今度は、氷の粒が鋭い攻撃を仕向けていく。竜巻のように妖精の周りに渦を描くように風がまわり出し、風の中には氷の粒があるのだ。
風が氷の粒を勢いよく運ぶ。ぶつかるとかなりの威力がある。小さな氷の粒だと侮ってはいけない。
その渦中に、ジィランは取り残されていた。驚きのあまりか、身動きひとつしない。
「なかなか……やるわね……」
敗者の遠吠えのように、負け惜しみの言葉を吐き捨てる妖精の身体はエメラルドの宝石となって散り散りになった。竜巻の中に、細かいエメラルドの宝石が混じる。
彼は、重たいブーツ音を鳴らして竜巻に近づいた。
「古代魔法を」
「分かったわ」
フロストは返事の代わりに、竜巻の動きを止める。散り散りになったエメラルドが、キレイな音色を奏でて落ちた。ブーツのあたりに細かく散っているエメラルドを、丁寧にかき集めている。
「あたしは、次に行く場所を指し示すの。……ジィランの古代魔法」
エメラルドになった妖精が、独り言のように小さくつぶやく。するとかき集められたエメラルドが、コンパスに変化した。
フロストは、そのコンパスをポケットの中にしまい込んだ。鳥籠の壁際で
「
痛みがスウッと引いていく。万全では無いが、飛んでも跳ねてもどうと言うことはなさそうだ。
そんなことは、許されないだろうがすっかり良くなったので自力でもぞもぞと動きだした。
腕を捲ってみたりして、傷がないことを確認した。
「治った!」
「いや、簡単な治癒魔法だ。完治はしていない」
エスコートでもするかの如く、フロストは私に手を差し伸べた。血の巡りのなさそうな、真っ白の手を取って立ち上がった。
上空を覆っていた鳥籠は、消えて元いた森の中に投げ出されていた。地面に描かれたイラストも無い。
先ほどいた場所は、本の中の世界での出来事かのようだ。一気に現実に引っ張り出された、そんな気分だ。
しかし、目の前にいるフロストでさえファンタジーの中での人物。大きな黒いツノが、前髪を掻き分けて上を向いている。
見慣れてしまっているのか、私は少し麻痺してきていた。
「またあの道を歩いて、家に帰るの?」
「一度帰って、次に備えてもいい」
選択は委ねるとしているかのように見えて、彼からの提案だ。恩があるからなのか、私の怪我が気になっているように感じる。
一旦家に帰って、しっかり準備をするべきだということに落ち着いた。
少し歩いただけなのに、直ぐに森を抜けてしまった。更には、見慣れた自宅アパートの前に着いた。
歩いてきた道を振り返ると、そこには森なんてものは跡形もなく消えてしまっている。普段見慣れた無機質な風景が、そこには広がっているだけだった。
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