第23話 ジィラン
静かな空間に戻り、再度大きな声を出そうとした。何度かやってみれば、一度くらいは成功するだろう。と言う精神だ。
だが、そんな事はいとも簡単に止められた。
「
光を持つ右手はそのままにして、左手を空気を切るように動かした。彼の流れるような呪文に、目をパチクリとさせる。
ゴゴゴオオォ……
大きな音を立てて、イラストの描かれていた壁面が動き出した。左右に分かれて、道を造られるようだ。
その道の先からは、閃光に目の前が真っ白になった。
彼女の大きな声でびくともしなかったのに、フロストの呟きのような呪文には反応を見せた。
それが、どうしても納得いかない。自分では、ダメだと言われているように感じる。
そんなことはなく、呪文でしか現れないのだろうことは頭の中で理解している。それでも、私のなかでは飲み込めないでいた。
むすっとしたまま、出来上がった道を進んでいく。
(もう、覚えたもん。“ライ・ジィラン”って言えばいいのね)
自分に言い聞かせ、今度こそはできると気持ちを切り替えた。
パンっと両手で頬を挟んで、気合を入れ直した。その先に待ち受けてるものが何かがわからない。気合いを入れ直して進まなければ、大事なことの見落としをしてしまいそうだ。
眩しさにも慣れた瞳を開いて、道となった場所へ
私の足首ほどの高さしかないキノコの上に、エメラルドグリーンの長い髪を垂らした妖精が座っていた。
その周りを取り囲むようにして、花畑が一面に広がっている。私の手のひらサイズの小さな妖精は、手を伸ばして周りを浮遊する金色の蝶と戯れている。
その様子から、こちらには気がついていないように感じられた。
ファンタジーの世界を切り取った絵を見ていたい、そんな気持ちにすらなってくる。ふわつく気持ちを無理やり着地させて、視界の隅を動く黒のマントに気がついた。
「……フロスト」
なるべく声をひそめて、囁く声で呼び止める。ゆっくりとした動きで私の方に振り返った。
「なんだ?」
「あれが、妖精?」
少ない会話で済ませようと、彼は頷くだけで返事をする。私は、彼の動きを待つ。
本当は、動きたくてウズウズとしている。それでも、今回の旅は彼のためのもの。それを忘れてはいない。
私の目は、フロストの動向を確認することにシフトしていた。この角度からでは、表情をしっかりと捉えられないが、彼のノドが上下に動くのがわかった。
緊張をしているのだ、と分かった時には彼の右手が天に向けられた。先ほどまで照らすために光を出していた手のひらは、光はすでに消えていた。
「
その呪文と共に、氷の鏡と同様の透明度合いの高い美しい氷の剣が姿を現した。
その剣の柄を握り、剣先を妖精に向ける。
妖精はというと、そんな敵意剥き出しのフロストのことは完全にスルーしていた。先ほどまでのように、金の光を放つ蝶と戯れ合っている。
ヒヤリとした汗が、私の背中を伝う。
妖精の華やかさとフロストのモノクロームが、白い紙を塗りつぶし合って陣地取り合戦をしている。取り合い合戦をしているのは、彼の一方的な攻撃なようにも見るが。
(これは、止めるべき?)
私は、イジイジと指を遊ばせて悩ませる。彼の動きに合わせて、自分の行動を共にしようと思っていたはずなのに。ここへきて、なぜか悩み始めてしまう。
私の目には、妖精が攻撃を仕掛けてくるようにはどうにも見えない。それならば、穏便な方法を取るべきだと思うのだ。
しかしながら、その
さらには、ぬくぬくとしたこたつで温まっている人間が、外で凍えている人を想像できないように。私もまた、争いから随分と遠いところに身を置いている。
そんな私には、到底この答えは導き出せないのだ。
「ジィラン」
大きな彼の声に、妖精が肩を揺らす。翠色の長い髪を揺らして、妖精はようやくこちらをみた。
ここで初めて、私たちを認識をしたようだ。
というのも大きな変化は見受けられないが、キノコに両手をついて身をこちらに乗り出している。
「あたしの名前、よく分かったのね」
周りを浮遊していた金の蝶を手で追い払って、キノコから飛び降りた。
「あたしを呼び出したってことは……分かってるのよね?」
それだけ言うと、ジィランの周りの草花が背を伸ばして空を覆い尽くした。鳥籠のような形になり、私たちを閉じ込めた。
「分かっている」
「そうなのね。じゃあ、遠慮なく」
フロストは、握りしめた氷の剣を低い位置の妖精に照準を合わせた。
「
妖精が呪文を唱えるや否や、地震が起る。大きく突き上げるような動きで、地面が激しく動き出す。ただの地震の揺れでは無い。
魔法による地震なのだ。自然のものよりも大きく、且つ長い時間揺れる。
「きゃああ」
私では耐えられず、飛ばされてしまった。そのまま草花で出来た、鳥籠に背中を強打した。
身体中に走る激痛に、身体を自分の腕で抱きしめて痛みを逃そうとした。動けば痛み、止まったとて呼吸での微々たる動きでもギシギシと痛む。
骨が砕け散ったような、そんな痛みだ。
「香澄!?」
「……ぅう。フロ、スト。気にし、ないッ。で」
そう言うのが精一杯だった。苦しげな声で紡がれたその言葉に、眉を寄せて深い皺を生み出した。
しかしながら、それ以上声を香澄には出す力も残っていない。うめき声を出さぬように、小さく痛まないように慎重に呼吸をして耐えた。
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