第22話 透かし文字
目を閉じたそのなかで、地図と繋がるであろう記憶を掘り返した。それは――
「思いだした」
それだけいうと私は、地図をひっくり返して両手で持った。切れ長の目を開いて、フロストは少し驚いているようだ。
地図が描かれている面を、彼の手にある光魔法に近づけた。透かして見ると、やはり想像していたものが浮かび上がる。
「やっぱり」
浮かび上がったものは、『ジィラン』という文字だった。表面には、全くこの文字は描かれていない。
昔、透かし文字というものにハマっていた時期があったのだ。特別な紙を使用するのだが、この紙質はよく似ていた。
そして、表の地図は昔に手にしたものにそっくりだった。透かし文字を見ている私に顔を寄せて、書かれた文字をフロストも同じように見た。
「これは?」
「透かし文字……針金とかを置いて手漉き和紙にするの。そうすると、こうやって透かした時に文字が出るんだよ」
「ほう」
「昔ね、おばあちゃんと一緒に遊んだの」
そして、その言葉を頭に叩き込んでから表面をテーブルの上に置いた。シナプスが繋がる感覚になり、相互関連性を感じる。嬉しさで身体の中の鐘が鳴り響くようだ。
その昔の地図は、今の地形とさほど大差はない。ただ、流れる川が人工的に動きを変えられていたりするのだ。
要はダムであったり、ため池であったりと人間が住むために必要なことに自然の形を変えているということ。
手元にあるこの地図は、そういったことがされていない過去のものだった。町探検で偶然発掘をして手にした事があり、それを記憶の箪笥にしまい込んでいた。
そんなお遊びの延長線の記憶は、忘れていてもおかしくない。そんな些細なものだった。
「ここの山のマークって……」
「今いる、ここだろうな」
確かにふたりは、森林の中にいた。しかしながら、山ではなく自然が多く残る場所なだけだった。
もちろん道のアップダウンはあれども、山ではなかった。それなのに、この地図には山のイラストが描かれているのだ。
地図から目を離して、私は周りをキョロキョロとしてみる。何かヒントは無いか、そんな思いだった。
空の雲を掴むようなそんな気分ではあるが、ヒントが転がり落ちていることもある。
(灯台下暗し……なにか、無いかな)
私が何か探し始めたと思い、彼も光魔法を別の壁にあてているようだ。その光が、時折りこちらにも差し込んでくる。
光が壁に当たって、きらりと光を跳ね返された。その光は、ダイアモンドスパークのような鋭い光の跳ね返しだった。
私はフロストの肩を叩いて、その光を反射した壁を指をさした。彼はその指先を辿り、壁に光魔法を近づける。
その壁には、絵本に描かれていた長い髪を床に垂らしている妖精のイラストだった。宝石が埋め込まれているようで、シャンデリアのような輝きを感じさせる。
「これは!」
「おそらくここの妖精なんだろう」
光魔法が宝石に、乱反射して7色に光を放つ。まばゆい光に、暗さに慣れきっている目は眩んでしまいそうだ。
長い髪に埋め込まれたエメラルドの宝石が、この妖精の髪の色が
絵本は、モノクロで描かれており色合いまでは分からなかった。従って、頭で想像しているイメージでしかなかった。
それがこうして、エメラルドの輝きと共に色合いが再現されているのが、彼女にとって感動なのだ。目を輝かせて、その壁面を見つめていた。
「どうやったら……妖精は出てくるんだろう?」
「この地図が、鍵なんだろうな」
やはり、この地図の謎を解かなくてはいけないようだ。だがなんとなく彼女の頭には、ひとつの答えが浮かび上がっていた。
「ジィラン……ってこの妖精の名前なんじゃ?」
「呼べば現れるのか?」
発見をしたような顔で、香澄はフロストを見上げた。それも一瞬で、すぐにイラストが描かれている壁面に視線を向ける。
そして、口元に手を持ってきて大きな声を遠くに届けるようにしている。
「ジィラン!!」
彼女の大きなこえが冷たい石畳に反響して、耳を響かせる。叫ぶに近いほどの痛くなるほどの大きな声にもかかわらず、なんの反応も返ってこない。
軽く首を傾げて、香澄は納得がいかなさそうにしている。くるんと上がったまつ毛に光魔法のライトが当たって、影を落としていた。その影が、彼女の悩んでいる様を浮かび上がらせているように感じさせる。
(うん? なんの反応もない?)
反芻した声が消えて、静かさが戻ってきた。
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