第21話 石畳

 ヒヤリとする感覚に襲われる。

 それは、地面のグレー色の石畳が薄暗さを醸し出しているからだろう。視覚が体感温度をグッと押し下げていく。



 フロストの重たいブーツ音に続いて、私のスニーカーの音を立てて石畳に足をつける。恐る恐るといった具合に、私の足を一歩一歩進めていく。



 そうしてふたりの姿が入り切って、背後で満月の扉が大きな音を立てて閉じた。その大きな音に香澄の方は大きく跳ねる。



 緊張感が最高潮に達していて、小さな音でも驚いてしまうのに大きな音で、心臓が止まったように感じるほどだった。



「これって……私たち……外に出られるのかなぁ?」

「わからない。でも、進んでみるしかない」



 私は少しづつ進んで行きたいのに、フロストはどんどんと前に進んでいってしまう。

 お化け屋敷の中のように、置いてけぼりになるのはごめんだ。その速さになんとか追いつきながら、緊張感で固まる足を必死に動かしていく。




(はや……でも、これでも私に合わせてくれてるんだもんねっ)




 私のパタパタとした足音に気がついたようで、少し振り返った。ぎゅっと肩をすくませて、恐怖心を全身に纏わせた。




「暗いか?」

「え? あぁ〜そうだね〜」



 私は、一瞬だけ背を伸ばして答えてみた。だが、頬を撫でる空気が凍てつく感覚になり先ほどのように肩を丸めてしまう。



 斜め掛けのショルダーバンドを、握りしめて恐怖感に満ちた表情になっているだろう。


 返答も、どこか適当で話半分といったところだ。


(だって、怖いんだもん!)



 

シュトラーレン光の輝き



 彼のその言葉とともに金の湯気のような光のもやが、目の前を揺蕩たゆたう。星の輝きにも似た光に、目を開いて心を奪われてしまった。




 ライトのように辺りを照らし、一寸すらも見えないそんな景色が一変した。その光に、彼女は肩の力を抜いた。



 小さくホッと一息ついた。




「明るくなったね。少し怖くてね」

「敵に居場所を伝えることにもなりかねんが……まあ、周りが見えないのはそもそもだ」



 彼はその光で周囲を照らすような動きをみせて、確認をしているようだ。その動きに合わせて私も、顔を動かして同じように敵がいないか確認をした。



 特に、変わった様子はない。




 冷たい風が遠くで鳴る音にも似た、空気の共鳴。直感的に、これ以上進んではいけないと感じる。そう感じるよりもさきに、彼女の手はフロストの腕に巻き付いて首を全力で横に振っていた。





「進まなければ」

「ダメダメ!」

「……じゃあ、ここで待ってろ」



 その言葉が早いか、行動が早いか。巻き付いていた香澄の腕を軽々と引き離した。

 黒の光のない瞳に、魔法の灯りが反射した。そう思った時には、彼の背中がこちらに向いていた。




「い、行く! ひとりにしないで!」



 少し離れたフロストと、魔法のライトに寂しさを覚える。もちろん、暗くなる寂しさもあるが、何よりもこの空間に独りきりというのが耐えられない。




 耳鳴りさえしてきそうなそんな静けさに、閉じ込められた閉鎖的暗闇。温度のない冷たい床と壁だけのこの場所は、恐怖でしかない。



 ぴたりと足を止めて、彼は香澄が来るのを待った。小走りで隣に立った。



「お化け屋敷で、ひとりで先に行くなんてっ!」

「……おば、け?」

「知らないの?」



 こくりと小さく頷き、フロストは、彼の胸の高さ程しかない私を見下ろした。



 魔界のことではなく、『フロスト」のことが知れると心を躍らせていた。



「お化けっていうのは〜」



 白くて……と、ハロウィンで描かれるような可愛らしいお化けを想像させる単語を羅列した。

 話しているうちに少し楽しさを感じて、手振り身振りを加えて話をする。


「……そうか」

「お化けは、怖いんだから!」




 そんなことを話していると、目の前に私のお腹程度の高さの小さなテーブルがぽつんと置かれているところに出た。そのテーブルの上には、古びた地図が置かれている。

 触れると、破れてしまいそうな古さを感じさせる色合いだ。



 そのテーブルを挟むようにしてたち、その地図をじっとふたりは見た。香澄は、その地図の形に注目して見ていた。


 

 その形は見た事があるようなないような……自分の中に眠ってしまっている記憶の引き出しを引っ張り出す。


 頭を捻らせてみても、なかなか思い出せないでいた。フロストは、何に注目をしているのか私には分からない。それでも、同じように頭を悩ませていた。



「このイラストは何だ?」

「う〜ん。見たことないなぁ」



 地図を抱え込む骸骨のような女のイラストが描かれていた。その女の頭には、花冠が被せられて背中からは蝶の羽のようなものがが生えている。

 そのようなイラストは、私の記憶上にはない。



 知らない。と言い切れるほど、あの本でも見たことがなかった。



「この地図だけど。見たことある気がするんだよねぇ」


 

 私は、描かれている地形を優しく指でなぞった。撫でた後を追うようにして、地図についた埃が舞った。



 思い出せそうで、明確に見えない記憶にモヤモヤとしてきた。焦らないように、一度目を閉じた。


 

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