第19話 謎のイラスト

 こほんと咳払いをして、香澄は話に区切りをつけた。いつまでも恥ずかしさを引きずりたくはない。



「目的地は、どの辺りなんだろう?」

「まだ先だ」


 

 険しいほどの木々で覆われたその先に、扉が現れる場所があるのだという。私は、不安感に蓋をしてワクワクとした楽しみさだけを引っ張りだした。



 進める足が、少し軽やかになる。私よりも幾分と高い身長の持ち主であるフロストは、踏み出す足のテンポを遅くして合わせてくれていた。

 私の歩くスピードが速まり、それに合わせるように歩を進める。




 彼の重たいブーツの音と、落ち葉を踏み締める音だけがこだまする。カラスの群れから離れてきたのか、上空のやかましさが半減していた。



 風も吹かない、落ち着いた静か森となった。辛うじて周りの見えるほどの薄暗さは、太陽が空の主役であることからその明るさを保っていた。

 春とはいえ、まだ日中が短い。すぐに月が空をメインを飾るだろう。

 


 灯のない森の中を想像すると、身震いしてしまいそうになる。私はそんな悪いことを考えるのは辞めて、空気が澄んで美しい夜空を思い浮かべて気を紛らわせた。




 そのとき、ふたりはある物を見つけて足を同時に止めた。

 先にその場所に駆け寄ったのは、私だった。しゃがみ込み、興味津々にしている。彼女の好奇心旺盛さは、子供さながら気になるものに飛びついてしまう傾向にある。




「なにこれ!」

「触るなよ。何が起こるか、まだ分からないからな」



 軽く手を伸ばしていた私は、的確にやろうとしていることを言い当てられてしまった。バツが悪そうにサッと立ち上がり、腕を下ろして触らないことをアピールするために後ろで手を組む。



 本人としては、そんな子どもぽくない。と言い張るのだ。しかし、はたから見ると私の言動は幼く感じられる。



 職場でも年上ばかりで、私のことを甘やかしてしまう。そもそも彼女は、おやつで釣られたりもするのだ。両手をあげて喜ぶ様は、誰がどう見ても子供っぽい。それを必死に否定するのは、さらにそう見せていた。

 

 

 そんな環境下で暖かな暖をとっている私は、どうしても都会で働くような同い年の子と比べるとその差は歴然だった。子どもぽさは、元より周りの環境が私をそうさせる。


 

 彼女は、それを否定するようにフロストに念押しのつもりで話しかけた。



「触らないよぉ」

「……これは」


 一瞬だけ彼は私を見るが、すぐに目の前の不思議なものを見る。そこには、カラフルな色で描かれた道が現れたのだ。赤や青、黄色といった華やかな色とりどりのマークは奇妙さを醸し出す。

 グルグルと渦巻いたものや花のイラストなど、意味を成していそうで意味を問いたくなる。



 不思議なマークに踏み入れるべきか躊躇ってしまうようで、彼はその場で立ち尽くしていた。そんな彼の肩に触れて、胸を張った。




「これはきっと、扉の場所に繋がる道だよ!」

「だったとして……何か罠とかあるかもしれないだろう」

「だ〜いじょうぶ!」



 それだけを言って、私はスキップをするかの如く軽やかな足取りで踏み出した。それを静止しようにも、素早い動きの私を止める術はなかった。彼の伸ばされた手は、宙をすき取るだけだった。



 赤い色で描かれたイラストの上に立ち彼の方に振り返り、手を腰に当てて問題ないことを証明しようとした。

 にこやかな笑みを浮かべた私は、鼻を軽くならしてみる。その堂々たる姿は、私の意気揚々とした心がまる見えだろう。私としては、彼を安心させるためでもあったのだ。




「ほら!」

「今回は、良くても……」

「さあ、早く行こう!」



 話を最後まで聞かず、フロストの言葉を遮って手招きをする。この森についた時の不安さは、どこかへ飛んで行ったみたいだ。彼は、マークに触れればエンカウントすると思っていたようで注意深くなっていた。



 しかし、明らかに罠があると言われていそうなもの。誰でも、この道に踏み込むのは躊躇いが起きるだろう。


 それでも私は、気になるが勝ってしまったのだ。それに、結果オーライというものになるだろう。



 ため息を漏らしながらもフロストは、背中を向けた私を追う形でついていく。段々と暗くなり、カラフルな道をあけるようにしてそびえ立つ木々の隙間からは太陽の光がほとんど届かなくなっていた。



 足元の星のイラストが輝きを放ち、炎のイラストは煌々と燃えるように火の粉を飛ばす勢いで灯ったのだ。




 様々な光り方をして、この道が彼等の行先を照らす。この道を早く進めと言われているような気分になる。



 この先に扉が待っている。そう考えると、心臓の鼓動が早まり蝶が乱舞を舞うような気持ちになり浮き上がった。



「本当に、この先なのかな?」

「ああ」


 

 どこまでも続く道をひたすらに進んでいく。

 気持ちの高鳴りとは裏腹に、歩いてもその先の見えない別の不安が顔を現しはじめた。

 



 

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