満月の扉に向かう
第18話 鉄仮面
食事を終え、私は食器を片付けた。皿にぶつかる水の音が部屋に響く。
キッチンの間の扉は、開けっぱなしになっていた。
ここでもまた私は、お手玉唄を歌う。そのリズム感に合わせて、洗った皿を水切りカゴに並べていく。
全ての皿を並び終えてから、リビングに戻った。
「あ! フロスト、何時に出るの?」
「遠いから、そろそろ出る」
フロストは、私がリビングに戻ってくるのを待っていたようで立ち上がった。
深く呼吸をとって、大きく一歩を私の方に歩み寄った。私は、少し近づいた彼の顔を見上げる。
瞬きを数回して、彼の口が開くのをじっと見つめた。フロストに手を差し伸べられて、
用意をあんなにしていたのに、そんな冬服に目もくれずその掌に自分の手を伸ばした。
――この手を取れば……きっと、その先の場所に行くのだろう。
気持ちが高まり、ボールが坂を下るようにどんどんと心拍が速くなっていく。
ゆっくりとした動きで、私はその手に触れた。
少し
手を握られて、片手を胸元から氷の鏡を取り出した。光を反射させて、
「あの、準備していた物はどうするんだ?」
「持っていく!」
握られた手を離されて、名残惜しさを感じながらも早く荷物を手にした。
「お待たせしました!」
敬礼なんてして、冒険隊の隊長にでも見立てている。どこまでも、冒険をする子ども染みたことをする。
フロストは鉄仮面のような無表情のまま、再度手を差し伸べた。このふたりの温度差で、風邪でも引いてしまいそうになるほどだ。
彼の片手に持っている鏡面が、瞬時に真っ白で塗りつぶされた。昨日見たときは、美しくこちらの世界を映し出していたのに。
私は、魔法を目の当たりにして鏡を覗き見た。
見たことのないものは、興味が惹かれる。この目で実際に捉えて、しっかりと正体を暴きたい。
しかし、魔法というのは正体も何もない。覗き込んだところで、何かというのはわからないのだ。
「え?」
ふわりと身体が宙に浮かんで、大きな掃除機に吸い込まれるかの如く勢いで鏡に引き込まれていく。
ぐっと引っ張られて、身体のバランスを崩しながら目の前が雪白の景色になった。
ほんの一瞬だけ、あたり一面が雪で覆われた森が視界に張ってきたのだ。
しかしそれも、文字通りひとつ瞬きをしたときには変わっていた。
次の瞬間には、森なのやら林なのかが目の前を覆う。回らない頭をなんとか叩き起こして、思考を繋いでいく。
場所も分からず、薄暗い世界に取り残されたようでバクバクと心臓が鳴る。
その一方でフロストは、周りを一瞥をして鏡をしまった。ここでも、温度差があるように感じさせる。
ただ、内心では焦りや不安があっても鉄仮面でうまく隠されて気持ちが出てきていないだけかもしれない。そんなことは、私には到底知り得ないことだった。
「ここは?」
私は、その余裕そうなフロストに尋ねてみた。答えを聞こうが、きっとこの状況は変わらない。
それに何よりも、この冒険を心待ちにしていたのだからその気持ちを引っ張り出せばいいだけだ。
「ここは、扉が開かれる森の近くだ」
「すごい! ワープみたいなことなの?」
「それに近い」
握られた手を再度離されて、黒のマントをはためかせて私に背を向けた。慌てて、私は彼の隣に並んで歩いた。真隣のフロストは、黒の禍々しいツノが前髪を掻き分けて上を向いている。ツンとしている様が、どうにも彼の雰囲気をツンとさせていく。
濁った目だけがまっすぐ見ていて、本人は前を見ているのに全てに意識を侍らせているように感じさせた。
私も、彼から目を離して周りをキョロキョロとしながら進んでいく。荷物をまとめた斜めかばんの、ショルダーストラップを無意識に握りしめてしまう。
こんな森の深くに足を入れたことのない香澄は、恐怖心に襲われていた。
どこからともなく冷たい風が頬を撫でていく。長いマロンカラーの髪が、風に沿って波を立てる。
その風までが、香澄の恐怖心を掻き立てる。
ついていた好奇心の炎に、水を上からかけられて消え入りそうになっていた。
それほどに血の気が引いていくのだ。
僅かに震える指をフロストは、見逃さなかった。
魔王たるもの、些細な言動で相手のウソを見抜けなければならない。
私は、フロストからすると喜怒哀楽がわかりやすく、裏も表も何もない素直な性格であることはバレている。
フロストでなくとも、私の性格は誰しもが分かることだろう。
「まだまだ歩くぞ」
「どのくらい? 何か出てくる、のかな?」
「さあ? そんなことは、俺でもわからない」
上空をカラスが飛び回り、木々を揺らしている。揺らされた木が、まだ青い葉を落としていく。
はらりと落ちてきた葉が、私の頭上に落ちてきた。
「ヒイイ!」
「……香澄」
「でた! でたぁ!?」
鉄仮面のフロストでも、思わず笑ってしまうのだ。
その笑い声に反応するようにして、私はうっすらと目を開けた。
指でつままれた綺麗な葉に、髪の毛一本一本まで熱が通りそうなほど沸騰した。
真っ赤になった顔のまま大きく目を開いて、唇を尖らせる。
「びっくりしただけだもん」
「何がでたんだ?」
「違う! 違う!」
沸騰してしまった私からは、否定の言葉しか出てこない。
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