第17話 チャーハン

 醤油で香りづけされたチャーハンは、最近のお気に入りだ。芳ばしい香りが、食欲を掻き立てる。

 その香りに誘われてなのか、座り込んできたフロストも立ち上がった。




 私がチャーハンを盛り付けた、白の皿を見つめる。またしても彼にとっては未知の食べ物のようだ。

 何かわからないと言った表情だが、爛々らんらんたる目をしている。普段、光を帯びない黒目がどこか輝く。


 それが自分のできるなのだとしたら、それはそれで嬉しい。



 本当の魔法は、使えないのであればそれでもいいかもしれないとさえ思えてくる。

 もちろん、戦いになれば無力でしかないので魔法を使えるに越したことはないが。



 そんな気持ちを持ったまま、私はチャーハンを盛り付けた白の皿を手に取った。ホワホワと出来立ての湯気をたてている。


 

 手が塞がっているのでローテーブルを出すように、フロストにお願いをした。返事の代わりに頷きが返ってきた。

 この小さなやりとりにも、私は親しい間柄のように感じて嬉しく感じる。



 フロストは、テキパキと畳まれた脚を出してテーブルにする。その身のこなしは、ただテーブルの脚を出すだけなのに綺麗な所作なのだ。


 

 要所要所で、見かける彼の丁寧さと家柄の良さを感じる。そのひとつは、食事だ。

 魔界では使わないであろう箸でさえ、香澄の持ち方を真似て綺麗に食べる。背筋を伸ばして、皿に米のひと粒も残さない。



 作り手からすると、なんとも作りがいのあることか。綺麗に食べるその姿勢は、一緒に食べていても気持ちがいい。



 出してもらったローテーブルの上に、両手の皿を並べていく。皿の隣に、銀のスプーンを置いた。

 きらりと光るスプーンが、視界の端で揺れる。



「いただきますっ」

「……いただきます」




 さらには、郷に入っては郷に従うという精神の持ち主だ。手を合わせてから食べ始めるというのは、彼の好感度を上げていく。



 最初は、『見た目』だけだったはずなのにどんどんと中身を知りたくなっていく。もちろん初めからその気持ちは、少なからずあった。それでも、今はどんどんと高まっていくのだ。



「これは?」

「チャーハンだよ! 醤油の味が、少し和風テイストでね。私はこの味付けが好きなの!」

「ちゃー……はん」



 やはり、こちらの食べ物は魔界には存在しないようだ。私は、ここでふと疑問に思った。彼は、何を食べて生きているのだろうかと。



 美しい所作で食べることから食事をしていることは、明らかだ。しかし、オムライスにチャーハン……知らないものが多すぎる気がする。


 今朝の卵焼きは知っていたようだが、知らないメニューが多くて気になってくる。一度気になると、知りたくてうずうずするのは人間の性だろうか。




「フロストたちは、普段はどんな食事をするの?」

「香澄の作るような凝ったものは食べない」

「凝ったものではないけどね。卵焼きは、知ってたよね?」



 銀のスプーンをきらりとさせて口に運び、フロストは頷いた。大きく開いた口に、パクりと吸い込まれていく。

 食べ進める彼の皿の中は、半分以下になっていた。



「他には?」

「魔界の食事は、とりあえず腹の足しになればそれでいい。と考えられている」

「え! そんなのつまらないじゃない! 美味しいものを鱈腹たらふく食べて……甘いデザートも必須!」




 食べることが好きな私からすると、なんて勿体無いことなのか。と信じられない気持ちだ。しかし、フロストはウソをつかないだろう。


 毎回のように『美味しい』と反応をするのだ。よほど魔界の食事は、重要視されていないのだと分かる。

 それを知っていれば、こんな簡単メニューではなく手の込んだものにするべきだった。



 

(フロストは、何が他に好きなんだろう? まだ知らないことばかりだ)

 



 カランと音を立てて、綺麗に食べ終えた皿と銀のスプーンが乗せられた。



「うまかった」

「それは、良かった!」



 本当にそのひとことで、美味しさが増す。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る