第16話 ワンパンレシピ
私は、躊躇った気持ちのまま押し黙ることしかできない。じっとフロストを見上げて、彼の口よりも力んだ唇を開いた。
「でも、今のって氷の魔法だよね?」
「ああ」
「それなら!」
「ただの基本魔法にしか過ぎない。呪文も唱えなくとも、何もせずとも出来る。その程度の基本魔法だ」
ばさりと言い切った彼の目には、悲しみに満ち溢れていた。表情と纏うオーラが、氷の如く冷たさを感じさせる。
2度にわたって出てきた『基本魔法』。強調をされていることから、フロストの偉大な力を殺されているのだと訴えている。私には、そう感じた。
自分の本来ある力を出せないのは、さぞ辛いだろう。
「あ、私が使える魔法って?」
「……」
話をなんとか明るい方向に持っていきたかった。ただ、戦う以上は戦力になりうる全てを知っておきたい。足手纏いになるなんてごめんだ。
差し伸べられた糸は、蜘蛛の糸であったって何がなんでも掴んでやる。
手のひらがその糸で血まみれになろうとも、フロストのその傷に比べれば大したことない。
先ほど広げていた両手を今度は握りしめて、意気揚々としているのだ。
――魔法なんて言われたよなぁ。なんて呑気な事を考えていた。
「あ〜」
「うん? ……使えるって言ったじゃん!」
フロストは、膝を折っていた場所で腰を下ろしゆっくりとした所作で
そして、両膝の上に手のひらをそれぞれ乗せて坐禅のように背をまっすぐ伸ばす。
それに釣られるようにして、私も正座の形を取ろうと思った。ようやく力を入れることに成功し、背筋を伸ばして膝を正して話を静かに聞き入れようとした。
「
「……え?」
「ただそれだけだ。魔法が使える、のではない」
「だって! ……そうやって……」
もはや正した姿勢は崩れて、ほぼ立ち上がりかける勢いだ。私は、前のめりになり手のひらをフローリングにつけてグッと身を寄せた。
しかし、近づいた距離にドギマギとして身を引いた。視線を彷徨わせてしまう。ソファーベッドの近くに壁掛けにされた時計で、時刻を確認した。
まだ昼を過ぎたところだった。時刻を確認した途端に、お腹が昼食の合図を鳴らす。なんだかお腹が、待ってましたとばかりに自分の出番を音で知らせているようにも思えてくる。
今し方、ご飯の話をしていたことも相まってお腹の音はいつもよりも大きな音に恥ずかしさを覚える。
――朝ごはんから寝ていただけなのに、お腹はどこまでも正直だ。
「まぁ、そうだよね。私の使える魔法でお昼ご飯でも作りましょうかね〜」
どこか嫌味ぽい言い方なのに、そう聞こえないのは明るく弾むように言ったからかもしれない。彼からしたら、嫌味ったらしいと思われていてもおかしくは無い。
キッチンのフックにかけられた、黄色の花柄が散りばめられたエプロンを身につけた。それだけで、気持ちが華やぐ気がする。
マロンカラーの長い髪が、肩下で揺れる。フライパンを取り出して、調理の準備をはじめた。
私は淡々とした手捌きで、カチカチと音を立ててコンロに火を点けた。
「でも」
唐突に、フロストは口を開いたのだ。コンロの音を遮るようなそんな声に慌てて、私はフローリングの上に座ったままのフロストを見た。
今度は、私が立っているので彼を見下ろす形だ。背の高い彼の頭を上から見るのは、何度目かでも慣れない。
「え?」
「魔法は、呪文である程度使える」
「そうなの!? それは、私でもなのかな」
突き落とされたところから、糸を垂れ落とされた気分になる。その垂らした人物が、フロストならば安心この上ない。それをぎゅっと握れば、崖の上に登り出られる。
そう願いを込めるような想いで、少し考えに浸る。自分の使える魔法、そんなの空想上の話だ。どんなものがあるのかファンタジーの世界から引っ張り出して、私が使うのだからワクワクしない方が難しい。
思わず笑みを漏らし、コンロの火をつけていたことすら忘れてしまっていた。
フライパンの中のご飯がじゅわっと音を立てて、味付けされるのを心待ちにしている。踊らせもさせらず、同じ部分だけが火を浴びて焦げはじめた。
「あ! チャーハンが!」
醤油を垂らしかけて、水分が熱に当たり飛び跳ねる。茶色のドレスを
昼ご飯は、サクッと出来るレベルで済ませたくなる。ワンパンレシピと呼ばれるような、一つのフライパンだけでできるチャーハンは、楽ちん且つ美味しいという素晴らしいメニューなのだ。
悦に浸るようにして、目を瞑り頷いてしまう。
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