第13話 卵焼き

 フロストの目の前にコトッと音を立てて、ご飯と甘めの卵焼きを出した。

 美しい黄色と、真っ白なキャンバスのご飯。対照的な色が隣り合わせに並んだ。



 お味噌汁もよそい、ザ、和食がローテーブルを占拠する。



「いただきますっ」



 私は、手をパチンと音を立てて合わせた。お箸を手に取ったときに、フロストに問われた。



「それは、なんだ?」

「それ?」


 何を言われてるのか分からない私は、首を横に傾げて問われた内容について考えた。



 握った箸かとも一瞬よぎるが、昨日の晩も上手になんとか支えていた。今更、そんな質問をするわけがない。

 考えてみてもいまいちピンとくるものは無かった。


 反対側に首を傾げて、どれのことか説明を望む仕草を見せた。




「その……いただきます? というやつだ」

「あぁ〜! こっちでは、食べる前に手を合わせて、食べ物に感謝をするの。いのちを、ということなの」



 私の説明に納得できたのか、首を縦に緩く振りフロストも同じように手を合わせた。

 少し低めの音で手を叩かれる。



「い、いただきます」



 少し躊躇いがありつつも、同じように手を合わせて香澄を真似た。その姿に、私は心が温まりにんまりと笑う。

 口に含む卵焼きが、甘さを増していくように感じる。


 

 不器用ながらフロストは、箸を使って口に運ぶ。必死に見えないのは、彼の上品さがゆえだろうか。

 私の大きな瞳がきらりと輝き、笑顔が一際大きな華を咲かせた。彼女のまわりには、可憐な花々が取り囲んでいるように感じさせる。



「今日のご飯もうまい」

「よかった〜」

「香澄は、なんでも上手にできるんだな」

「なんでもは、難しいよ?」



 フロストは、そんな彼女に疑いの視線を向ける。数回の瞬きをして、フロストの疑いを吹き飛ばそうとした。



「俺は、料理なんてできない」

「でもフロストは、魔法が使える!」



 私は、『魔法が使える』ということに憧れを抱いていた。そんな魔法を使えるフロストは羨ましい。


 

 羨ましさ半分、自分の身は自分で守れると思う気持ち半分と言った具合だ。



(自分も使えたら、あんな苦しい思いさせないのかな)



 今朝のあのフロストを思い出すと、胸が抉られる想いになる。でもその苦しさは、彼の気持ちの10分の1しかわからないのだろうと感じていた。



 自分よりも弱い立場の人を守らなくてはいけない。なんとも、どうにかしたくても出来ない。そんな状況で、胸を掻きむしりたくなる。



 自分がその弱い側なのだから、なんとかしなくてはいけない。

 "秘密の図書館"に行けるワクワクとした気持ちもあるが、自分も何かしら出来ることを増やせるのではと思っている。その気持ちが何より、楽しみだ。




「香澄は、魔法が使えてる」

「え?」



 私の聞き返しに対して、返事が返ってこない。絡んだ視線は解かれ、フロストは卵焼きに向いている。

 


 大きめに開かれる口も行儀の悪さもなく、うまく動かせてない箸ですら上品さを醸し出していた。

 その姿に見惚れつつも、香澄もお味噌汁で甘さを流し込む。



 外では、まだ賑やかに鳥が鳴いてたわむれている。寒々とした空気を温める太陽が、カーテンの隙間から部屋の中に差し込む。


 なんともほのぼのとした、優しさの滲む朝だろうか。



 ふたりは、もぐもぐと朝食を頬張った。

 返事が返ってこなくとも、それでもいい気がした。なんだかこの優しい空間が、心を満たしてくれて胸がいっぱいなのだ。





 食事が終わると、フロストは私の大切にしている本を手にした。ペラっと開くのは、今晩向かう予定の森のイラストのページ。



 美しい氷の鏡は、フロストの持っているものに似ている。それが、私はファンタジーではなくリアルであることを忘れてしまう。


 それがワクワク感を掻き立て、胸が高鳴った。




「今日の夜、扉を開くんだね……」

「あぁ。場所は、割り出したから問題ない」



 おそらく今夜、会うであろう妖精はイラストに描かれた髪の長い少女なのだろう。

 


 その妖精に会うことが待ち遠しい。浮き足だった足取りで、クローゼットを開いた。冬ではないが、春の夜はまだ冷える。暖かい格好がいいだろう。



 仕舞い込んだマフラーなんかも引っ張り出して、冬グッズを身にまとえるようにした。


 


 

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