第12話 夢の海
布団から出てきたフロストは、ゴソゴソと音を立てて準備をしているようだ。鳥の声とフロストの立てる音に、半分夢心地の私は夢の海から引き上げられた。
まだ身体は夢の海に濡れていて、完全に抜け出せてないでいる。それでも、頭をなんとか覚醒に向かっていて周りの状況を把握するように瞳を開いた。
真っ白な視界に何度か瞬きをしてクリアにしていく。まだ重たいままの身体をどうにか起こして、隣を見るとフロストがもうすでに立ち上がっていた。
そして、じっと自分の手のひらを見つめている。
私は、不思議な思いでそのフロストの様子を見守った。その表情は、背中向きになっておりしっかりと確認ができない。
それでもその背中から、哀愁を漂わせ悲しさを感じないのだ。寝ぼけ
声をかければ良いものなのに、何故か寂しげな背中をさすって元気づけたいと思うのだ。
本当であれば、どうしてそんな悲しそうなのかを聞きたい。手を伸ばしかけた私は、手を下ろしかけて声をかけるだけにとどめた。
「フロスト、おはよう!」
なるべく明るい声で、下ろしかけた手でまだ半分は寝ている瞼をこする。なるべく自然に見えるように。
眠気と戦って、足に力を入れて足を踏み出した。少しためらいがちに、一歩踏み出して唇を結んだ。
その背中がくるりとこちらに向いて、悲しさを帯びた瞳で見据えられた。その瞳は、揺れていてこちらまでぎゅっと胸を締め付けられる。
なんと声をかけるべきか、擦った手を胸で握りしめて固まった。
「俺は、魔王としてやっていかなくてはいけない」
「うん」
間をかなり空けて、ごくりと彼は喉を鳴らす。朝のひんやりとしたフローリングに、私の足先から冷たくなっていく。
私は、急かすわけでもなく優しくもう一度こくりと頷いてみせる。
(話しても大丈夫だよ)
そんな想いを乗せて、この気持ちが伝わることを祈って手のひらを握りしめた。少し口角を上げて、見つめ返す。
「妖精を手にしたい。でも香澄は、魔法が使えない」
「自分の身は、自分で守る……だよね」
私は、彼の気持ちを汲み取ってそのままの表情で真っ直ぐに見据える。
フロストの手がゆっくりと動き、肩に優しく置かれた。目線を合わせるように、腰を屈める。
「何かあったら、俺のことを置いて逃げるんだ」
「え、でも……」
「逃げるんだ」
もう、有無を言わせない圧だ。気圧されてしまい、声が出せない。
グッと喉を鳴らして、瞬きを意識的にして肯定する。
『わかった』とも『うん』とも言いたくないのだ。きっと、この心の中はフロストにはお見通しだろう。
しかし、声に出さないだけマシだと思って欲しい。
念押しの如く、肩を2度叩かれる。
(念押しされても……そんな、悲しいことできっこないよ)
そう思ってても、この男は香澄を守るためにと身を投げ打ってくれるのではないか。そう甘い考えがよぎる。
そんなフロストは、見たくはない。
それならば、全身全霊で走り去り逃げに徹するべきかもしれない。
――その時にならなければ、まだわからないんだ。
この圧も、自分のために想ってくれてのこと。そう思うも、圧なんて全く感じなくなる。
そもそもはじめから、彼から放たれていた圧力なんて跳ね除けていたのだ。私には無効の圧。
一度肌で感じた時ですら、一瞬のことだった。
ふっと浅い呼吸をとって、私は気持ちを切り替える。このままずるずると引きずりたくはないのだ。
「フロスト、朝ごはん何がいいかな?」
「卵焼き。甘い卵焼きが好きだ」
意外ながらも卵焼きは、甘い派なよう。私自身も、甘めの卵焼きが好きなので共通の好きがあるのも嬉しい。
それに、好きなものを言ってくれた事に舞い上がってしまう。
「私も!」
眠かった事なんて当の前に忘れてしまった。短い返事だけを残して、ヒタヒタと足音を立ててキッチン側に向かう。
普段なら寒くて、モコモコ靴下を履くのに。そんなことすらも忘れてしまっている。
それほどに、好きな物を教えてもらったことが嬉しいのだ。
冷蔵庫から卵を2つ取り出した。
朝の冷たい空間よりも冷えた卵を割り、砂糖と白だしを加えて菜箸でかき混ぜた。
丁寧にかき混ぜて、フロストの笑顔を思い出していた。
(あの笑顔をもう一度)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます