第6話 氷魔法

 しかしながら、質問をするか悩んでいる私の視線に気がついた。本に向けてた黒の瞳が、持ち上げられて私を捕まえる。


 魔界イチの氷の魔法を操るだけある、気品漂う優雅な動きだ。丁寧に扱う手の動きや、美しく伸ばされた背筋のシルエット。どれも品の良さを感じさせる。



「なんだ?」

「えぇ〜と。なんで妖精を探してるのかなぁ? って思ったの」



 言ってもいいのかと迷うが、知りたい欲が勝ってしまう。私の質問に本をパタンと閉じて、ローテーブルの上に置かれる。白いすらっとした指が本から離れていき、フロストは立ち上がった。

 

 そして、窓を開いて空を見上げた。窓を開かれて、冷え切った外気が室内に入り込む。ほどよい田舎のここは、星空の瞬きは月の光に負けない輝きを放つ。



 その姿を私は目で追って、開かれた窓から侵入する風がで栗色の艶やかな髪を撫でていく。ひんやりとした感覚に、反射的に目を瞑ってしまう。



「満月は、まだだな」

「そうだね。来週あたりじゃないかな?」



 私は、スマホを手に取った。夕方には、ナイトモードになるので通知がならない仕様になっていた。

 大量の仕事仲間や友人からの通知を全て無視する。普段ならひとりである寂しさを埋めるように、すぐに返信をして誤魔化していた。



 しかし今日は、そんなものよりも目の前の彼と話を楽しむことが何よりも優先したい。




 慣れた手つきでタップをして、満月がいつなのかについて調べていく。すぐに月齢表が出て、いつ満月下まで明記されている。


 

 くるくると回るように描かれた月は、ちょうど今日を含めて3日後に満月の夜になるそうだ。きっとその3日なんてあっという間に来るのではないかと、私は想像した。

 この短い期間でもっと仲良くなれないかと、真剣なフロストとは対照的なことを考えていた。




「3日後に満月ということは、その時に森で?」

「あぁ。そういうことになるな」



 開いた窓から入り込む冷えた空気に、身震いをして私は身が冷えていく感覚に陥った。両腕で自分の身体を包み、二の腕を擦り暖をとる。



 フロストの手によって、サッと窓を閉められカーテンまできっちり合わせられた。

 ピッタリとカーテンまで閉められても一度冷えた部屋の気温は、なかなか上がらない。



 神話に関する本の話を終えた香澄たちは、またも静かさで部屋を満たしてしまう。何か話題をと考えている私と、いまだに何やら考えがまとまらないフロスト。

 お互いに考えている内容は相反するが、悩む色は変わらない。




「3日間、フロストはうちにいる?」

「……他に行くところもなくてな。助けてもらえると助かる」



 意外なほど清々しい返答だった。流石の3日は断られるか、はたまた眉を寄せられて一旦前の世界に戻るとでも言われると身構えていた。

 兎にも角にも、断られる前提での提案だったので目を見開き驚きのあまり瞬きさえも忘れてしまった。



「もちろん!」



 鞠が弾むような声を出して、返事を返す。薄い唇を閉じて微笑み、二重の瞼も細めて本当に嬉しそうな表情をしてみせた。私の周りには、華やかな花が咲いているように感じられる程の嬉しさだ。



「3日後、森に一緒に行こうね!」

「あぁ」



 朝、たまたま遭遇しただけの関係。それなのに、もうこんなにも距離が近く感じるのだ。

 それが嬉しくてたまらない。



 

 その返事に舞い踊るかの如く、私は目を閉じて歌い出した。川のせせらぎのように穏やかで、私の心の中にとどめられた言葉を乗せた。



「なんだその歌は?」

「あぁ、これ? これは、その本の中に書いてあるでしょう?」



 確かに今羅列された歌詞の言葉は、本の中にあったことだけだ。他に何という有益になる情報というのは、その曲からは得られなかった。



 なんだか歌いたくなっただけの私は、急な質問に一瞬だけ頭を捻らせてしまった。

 


 

 その本の言葉を抜粋されただけのお手玉曲。母と父は仕事で忙しく、おばあちゃんっ子として育った私は、少し古風な遊びをしていた。

 心のどこかで、亡きおばあちゃんの温もりを感じたいのかもしれない。何かあるとこの曲を口ずさんでしまうのだ。



 職場で口ずさんだ時には、『ノスタルジーに浸ってしまう』なんて言われたものだ。

 なんといっても年齢層の高めの職場なので、少し古風で歌い継がれるようなお手玉曲も懐かしいのだろう。



 特に意味があったわけではない。ただ、普段から口ずさんでしまう曲。皿洗い中に奏でた鼻歌も、この曲だった。




「特に意味はないと思うよ?」

「そうか」



 もう夜も遅く、私は立ち上がって風呂の準備をした。一番風呂をフロストに譲り、その間に来客用の布団を敷いておく。


 久しぶりの来客。――半ば、無理矢理だったことは最早忘れ去っている。

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