第6話 貴方に捧げる最後の歌

数分前の〖リゴレット劇場中央〗


「クソッ! あの〖護衛人(ガード)〗ルイ・ギルドと互角渡り合っているだと? こんな事、想定外だ! 想定外にも程がある! かくなるうえは、オークションなど無視して妹を‥‥〖歌唱人形・アリア〗をアーマルドオーナーの元に持って行くしかないか‥‥こっちに来い! アリア! お前はこれから‥‥」


「‥‥ギシッ‥‥御断りします。御兄様。私はここで大切な‥‥ギシッ‥‥方をお待ちしなければなりませんから」


「‥‥何? アリア、貴様。現シュトロノムの当主の私に向かって、今なんと言った?」


「‥‥ですから‥‥ギシッ‥‥私はここで大切な方を待ちます‥‥ギシッ‥‥あの方に私の最後の歌を捧げる為に‥‥」


「アリア‥‥貴様! 人形に成り下がった分際で、この私に逆らう気か?」


「‥‥‥‥」


「アリアの人形化に加担した奴が良く言えたものだな? アルバ・シュトロノム」


「貴様は?‥‥クリス・ドルイス。何故、貴様がここに居る? オークション会場の会長室に居る筈ではなかったのか?」


「‥‥クリス様」


「‥‥大丈夫だ。アリア。もう直ぐ、この馬鹿げた奇劇は幕を閉じる。俺を信じてそこで大人しく見ていろ」


「‥‥ギシッ‥‥ハイ!‥‥クリス様」


「クリス・ドルイス‥‥まさか、貴様。私の妹を、アリアをと仕返しに来たというのか?」


「当たり前だろう。アリアは俺の愛する婚約者だ」


「ふざけるな。そんな事、できるわけが無い。アリアは今日のオークションの出品の品だ。落札者に落札されれば、その所有権は落札者に一人前されて‥‥」


「その落札を最後に妨害したのは〖リスリラ社〗のアーマルド・リスリラだろう。公の場での武装、貴族への殺害未遂行為‥‥これだけやれば〖政庁〗の審問課も動き出す。そして、アルバ・シュトロノム。お前がやってきた悪巧みも世の中へと知れ渡る事になるな? この親族○し‥‥いや、アークス教団の信徒〖アルバ〗」


「き、貴様、まさか私の秘密を全て知ったうえで、今回のオークションを開催したのか? 私を嵌める為に?」


「相変わらず。自尊心が高い奴だな。別に俺はお前なんかに一切興味が無い。俺が想う者は後にも先にもコイツだけ‥‥アリアだけだ。アルバ・シュトロノム。お前になど一切興味などないわ」


クリスさんはそっとアリアに近づき抱き寄せる。


「‥‥クリス‥‥様‥‥ギシッ‥‥」


「‥‥オペラの貴公子と呼ばれる。この私に興味が無いだと?‥‥ふざけるな! 私は、私は天才歌手・アルバ・シュトロノムなのだぞ!」


ここでアルバはオークションの司会者が持っていた木槌が自身の近くに落ちている事に気付き拾いあげ、後ろ姿で無防備になっているクリス目掛けて振り上げた。


「‥‥ギシッ‥‥クリス様!‥‥あ、危ない‥‥ギシッ‥‥です‥‥」


「アリア?! 何をしている? や、止めろ!」


ガシャーン!


そして、アリアさんは‥‥歌唱人形・アリアさんはクリスさんを庇うようにクリスさんの前へと立ち、兄、アルバさんが勢い良く振り下ろした木槌に当たり身体の半分が壊れてしまった。


「‥‥アリア」


「‥‥ハハハ‥‥私は悪くないぞ? 私を嵌めたお前やアリアが悪い‥‥そうだ。私は悪くない! 悪くないんだ! そもそも私は、今日、アリアを売り、巨万の富を得る筈だった。それを邪魔したお前やあの白い翼の男が悪いんだ‥‥」


「アルバ・シュトロノム!!」


ドガッ!


クリスさんはアルバさんの顔面を右手で力強く殴り飛ばす。


「ガァハッ?!‥‥こ、こんな馬鹿な‥‥私の富と名声が‥‥」バタッ‥‥


「アリア! 確りしろ!俺は‥‥僕は‥‥」


「ク‥‥リス‥‥様‥‥威厳をお保ちになって‥‥昔、みたいに僕って‥‥言っていますよ」


「そんな事はどうでも良い‥‥今は急いでお前の手当てを‥‥いや、修理を‥‥しなければ‥‥」


「‥‥この傷じゃあ‥‥長くありませんわ‥‥最後に貴方の‥‥クリス様の為に捧げる‥‥歌を‥‥歌わせて‥‥ラー‥‥ラー‥‥ララー‥‥ララ‥‥ラー‥‥」ギシッ!


「アリア‥‥あぁ、そんな‥‥こんな事が何故、起こる‥‥」


「聴いて‥‥下さい‥‥クリス様‥‥」


「あぁ‥‥君は最後まで‥‥僕の為に歌ってくれるのかい?‥‥こんな僕の為に‥‥君は‥‥」


「‥‥えぇ、だって私は貴方の為に捧げる‥‥このう歌を‥‥〖貴方(クリス)に捧げる私(アリア)の歌〗を‥‥」パキンッ!‥‥‥‥




「何ですか? この状況は‥‥」


驚愕の表情を浮かべている。リク先生。いえ、この私も今、同じ表情をしている。


「‥‥ラー‥‥ラーラー‥‥」パキンッ!


「‥‥アリア」


美声の歌とアリアさんの身体の破損した場所から響き渡るひび割れの音。


「‥‥これは‥‥これでは助からない。あまりにも傷が深すぎている‥‥」


リク先生はクリスさんとアリアさんにゆっくりと近づき、アリアの破損した傷を見て、そう告げた。


「‥‥そんな‥‥腹部が壊れているなんて‥‥」


それに続いて私もアリアさんの傷を見て絶望する。破損箇所が広がり過ぎて潤滑油(エール)や魔機が可笑しな状態に変形している。正直、あまり直視できないまでに。


そして、私は一つの決断をしなければいけない。


戻るか、救うかの決断を。


私は胸元から先程開いた〖ユグドラの万能薬〗の小瓶を取り出した。


「‥‥マリアさん。それは‥‥」


「リク先生。多分、この〖ユグドラの万能薬〗はこの時の為に運ばれて来たんですよ。この日、この時の為に‥‥アリアさんを救う為に下の世界から運ばれて来たんです」


私はリク先生に向かってそう告げた。


「‥‥ですが。仮にそれをアリアさんに飲ませ助かります‥‥ですが変わりにマリアさん。貴方が人形から人へ戻れなくなります‥‥それでも宜しいんですか? マリアさん」


「はい! リク先生。私はそれが正しい結末。正しい未来だと信じます。だって‥‥だって、目の前で死に別れをしそうになっている恋人通しを、放っておいてどうして私、自身が幸せになれなんて思いませんから」


「そうですか‥‥では、僕も貴女の‥‥マリアさんの判断を信じましょう。〖ユグドラの万能薬〗をこちらに‥‥」


「はい。リク先生!」


私はそう言って、クリス様達の近くに立つ。リク先生に〖ユグドラの万能薬〗を手渡した。


「テリクス‥‥お前。それ‥‥〖ユグドラの万能薬〗じゃあ?」


「えぇ、感謝を述べるなら、マリアさんにして下さいね。クリス君」


「いや、待て‥‥確かにそれを使えば、アリアは助ける事はできるが‥‥それじゃあ、お前の大切なマリア・シュリルは‥‥」


「マリアさんがそれで言いと言ったんですよ。だからこの〖ユグドラの万能薬〗はアリアさんに使います‥‥だから助かりますよ。クリス君。君の大切な婚約者、アリアさんは」


リク先生はそう告げるとアリアさんに〖ユグドラの万能薬〗を飲ませる。

するとアリアさんの身体は白く輝きだして‥‥元の人へと‥‥〖歌姫アリア〗の姿を取り戻した。




マキナ公国・首都〖リアシア〗


カラ~ン!カラ~ン!カラ~ン!


〖青の鐘(ラファエル・カリヨン)〗が〖エクシルス通り〗に響き渡る。


「号外!号外だよ~!有名歌手アルバ・シュトロノム及び〖リスリラ社〗オーナー、アーマルド・リスリラがクリス商会で武装事件を引き起こした! それだけじゃない! なんとこの二人は例のアークス教団と共に人を人形へと‥‥」


リアシア新聞社が配る号外新聞が宙を舞っている。そして、その一枚をフードを被った青年が掴み取った。


「よっと! シュトロノム家は当分は〖政庁〗の監視下に置かれた後、アリア・シュトロノムを正式な当主にするか‥‥そして、アークス教団と繋がりが世間にばれた〖リスリラ社〗は解体とはねぇ。こりゃあ、暫くは〖マキナ〗公国を含んだ隣国が騒然となるか‥‥参ったねぇ~、全く」


その青年の前に一台の魔機車(スチーム)が静かに止まる。


「ルイ王子。こちらにいらっしゃいましたか‥‥貴方に言われた通り。今日、お迎えに上がりました」


「おぉ、執事君。久しぶり~、凄いね。時間通りに来てくるとはね。んじゃあ帰りますか。久しぶりの自分の家へと‥‥しかし、あれが噂に聴いた〖シュリル家の令嬢〗か。一目観れて良かった。では、また別の機会があればお会いしよう。マリア・シュリル様」

隣国〖ギルドナ王国 時期国王 ルイ・ギルドナ〗


そうして、青年は魔機車(スチーム)に乗り、マキナ公国を静かに後にした。




オークションから数日後の〖クリス商会・商談室〗


オークション襲撃事件から数日後、私、リク先生、ロロギアさんの三人はクリスさんにクリス商会へと来る様に連絡があり、クリスさん自慢の商談室に招かれた。


「マリア様。テリクス様。ロロギア様。今回の件、本当にありがとうございました。私が今、この場に居られるのも皆様のおかげです」


「‥‥あぁ、本当に感謝する。特にマリア・シュリル‥‥本当に済まない。本来なら〖ユグドラの万能薬〗はマリア・シュリルを治す為の報酬だった。なのにアリアを救う為に使わせるとは‥‥本当に済まなかった」


クリスさんはそう叫ぶと頭を下げ、目の前の固そうなテーブルに頭をぶつけた。


「い、いえ、あの時は、あの判断が一番正しいと考えて行動しただけですから、頭を上げて下さい。それに〖ユグドラの万能薬〗を使えば、人形から人へと戻れる事が分かりましたので、私としても安心したんです」


「‥‥そうか。それなら良いんだが‥‥もし、今後、俺に何か手伝える事があったら何でも言ってくれ! マリア・シュリル! 俺ができる限りの事ならば何でも協力すると誓おう」

「はい。私も同じくです! クリス様」


「あぁ、アリア」


クリスさんとアリアさんは手を強く繋ぎ、見つめ合う。

その場面を見て、私は本当にあの時、あの決断が出来て良かったと、心の中で強く思った。


この二人が死に別れせずに済んで、今、目の前で愛し合える事ができて本当に良かったと‥‥




〖三人から少し離れた場所〗


「しかし、リクよう。本当に良かったのかよ? マリーが人に戻れるチャンスだったんだろう?」


「‥‥えぇ、まぁ‥‥」


「それなら、何とか説得して飲ませ‥‥いや、マリーならそんな選択絶対選ばねえか」


「そうですとも。マリアさんはそんな決断は絶対にしません‥‥彼女は優しい。それ故にあの時は、あの選択が最善でした‥‥」


「それと引き換えに、マリーは人形のままだけどな? どうするんだ? 〖アークス教団〗の本部がある例の場所‥‥探るか?」


「‥‥いえ、それは最後の手段として考えています」


「なら? 他にマリーを人に戻す手段何てあるのか?」


「いえまだ手掛かりはあります。〖帰還者〗‥‥幻神鳥(ハーピィー)を探し、下の世界の情報を聞き出します」


「〖帰還者〗? あぁ、まだその手があったか」


「えぇ、〖ユグドラの万能薬〗を持ち帰った。謎の人物〖帰還者〗です‥‥」



《アリアの歌を貴方に捧げ》終幕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る