交流
カルセドニーが来て数日が経過した。
ブリュンヒルドには、ライオスとガムジンがどういう知り合いなのかわからないし、お仕事で家を出ているが何をしているのかわからない。
エイルはカルセドニーを屋敷の図書室に誘い、シグルーンは散歩やままごとに付き合わせていた。
なので、ブリュンヒルドは『特に不自由してなさそうだし、自分が何かしてやることはない』と、カルセドニーとは特に関わらず、自室で読書をしていた。
そんなある日のことだった。
「え? カルセドニー様が?」
メイドのマリエラが、カルセドニーが一人で外にいることを伝えに来た。
兄エイルは勉強のため、一時的に母と領地へ行ってしまった。
妹シグルーンは、体調を崩し今は寝ている。髪を洗った後に乾かさず遊んでいたそうだ。
なので、カルセドニーの相手をできるのは、ブリュンヒルドしかいない。
「……仕方ないわね。でも、何をすればいいのかしら」
「そうですね……でしたら、お天気もいいですし、外でお茶でもどうです? 庭園の赤薔薇、青薔薇が綺麗に咲いていましたので」
「いいわね。でも……何を話せばいいのかしら」
「そ、そうですねぇ……好きな物とか、趣味とか?」
「ふむ」
同い年の、しかも異性との茶……ブリュンヒルドにとっては初めてのこと。
とりあえず、ドレスに着替え、カルセドニーのいる外へ出る。
中庭にカルセドニーはいた……が。
「───……」
そこにいたのは、木剣を振るうカルセドニーだった。
流麗な、六歳とは思えない美しい剣捌き。
流れるような、水のような剣の動きを見ていると、カルセドニーが剣を止める。
「あ……も、申し訳ない。アルストロメリア令嬢……お見苦しい姿を」
「いえ、構いません。それと、ブリュンヒルドで構いませんわ」
「では、ぼくもカルセドニーで」
カルセドニーは汗をぬぐい、木剣を近くの樽に差す。
ブリュンヒルドは言う。
「お茶のご用意をしたので、ご一緒にいかがでしょうか」
「ありがとうございます。では、着替えてから伺いますので」
ブリュンヒルドは中庭へ。
それから間もなくして、カルセドニーもやって来た。
席に座り、マリエラがお茶を出す。
「ちょうど、喉が渇いてまして……シグルーン様のご体調はいかがです?」
「大丈夫です。あの子、お風呂上りに髪を乾かさずに遊んでいるから……」
「ははは、そうなんですね……」
屈託のない笑顔だった。
自分とは違う。
ブリュンヒルドは、六歳とは思えないほど無機質だった。生まれつきといってもいい。
カルセドニーは、ブリュンヒルドをジッと見る。
「……何か?」
「いえ。その、お美しい髪と瞳ですね。父上から、アルストロメリア公爵家の特徴とお伺いしました」
「ええ。兄と妹は母の、私だけがアルストロメリア公爵家の銀髪赤眼を受け継ぎましたの」
ブリュンヒルドは、この髪色と瞳は好きだった。
それを語る時だけ笑顔を浮かべてしまうことに、まだ気付いていない。
会話が終わってしまし、しばし紅茶を飲み……ブリュンヒルドは聞いてみた。
「カルセドニー様。ところで……父とはどのようなご関係で?」
「ぼくも詳しいことはわかりませんが、アルストロメリア公爵家と、マルセイユ子爵家は代々、師弟の関係にあるそうです」
「師弟……?」
「ええ。ぼくも昨日聞いたのですが、父上は公爵閣下の剣の師であり、友人だそうです」
「……剣の、師」
「ええ。ご存じですか? アルストロメリア公爵閣下は、イクシア帝国最強の剣士でもあると」
それは知らなかった。そもそも、ブリュンヒルドは処刑執行人としての父、公爵としての父しか知らない。もしかしたら、表ではそれが当たり前の話なのかもしれない。
「その……代々師弟関係ということで、エイル様に父が剣を教えることになると思われます。同時に、私も一緒に剣を習うことになるかと」
「つまり……ここに、長期滞在を?」
「え、ええ。その、それともう一つ」
「……?」
やけに言い淀むカルセドニー。ブリュンヒルドが首をかしげると、カルセドニーはブリュンヒルドに聞こえるほど大きく「ゴクリ」と唾をのみ込み、顔を赤くして言う。
「その、ぼくの婚約者として、ブリュンヒルド様か、シグルーン様が選ばれると……ち、父が言っていました」
「…………」
そんなことか、とブリュンヒルドは表情を変えなかった。
それなら、決まっている。
処刑執行人としての人生が決まっているブリュンヒルドは、結婚をすることはない。
なら、妹のシグルーンで決まり。
それに、シグルーンはカルセドニーに懐いている。きっと喜ぶだろう。
ブリュンヒルドは特に返事をせず、にっこり笑ってお茶のおかわりをするのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日、ブリュンヒルドはライオスに呼び出された。
ライオスの執務室には、ガムジンもいた。
「お父様、お呼びでしょうか」
「ああ。本日より、お前が『処刑執行人』となるために必要なことを教える」
ブリュンヒルドは、ガムジンを見た。
「ガムジンは知っている。というより……お前に『首切り』の作法を教えるのは、ガムジンだ」
「そういうことだ。アルストロメリアの処刑剣技……それを仕込むのは、アルストロメリア分家であるマルセイユ子爵家の役目だ」
「え……しかし、マルセイユ子爵家は、ヘルメス王国の貴族では?」
「そうだ。これはそもそもこの処刑制度は、王国と帝国が共同で行っていたのだ」
「だが、王国は処刑制度を斬首ではなく首吊りにしたことで、この共同制度も消えた。で、未だに斬首刑のあるイクシア帝国だけが、マルセイユ子爵家から剣技を習う風習が残ってるわけだ」
ブリュンヒルドは初耳だった。
イクシア帝国、そしてヘルメス王国では、処刑人は両国の中間地にある国境の町で斬首を執り行っていたらしい。
イクシア帝国は処刑人を、ヘルメス王国は斬首の技術を。それぞれの技術を合わせ、両国の罪人を裁いていた……おかしな話だが、処刑が両国の友好の証、ともいえる儀式の一つだったそうだ。
だが、百年以上前にその制度は消えた。ヘルメス王国が斬首ではなく、罪人の処刑を首吊りに変更したからだ。
そして、未だに斬首刑のあるイクシア帝国に、マルセイユ子爵家が剣技を教える……という形だけが残っている。
「マルセイユ子爵家も、元々は公爵位だったんだがな。罪人を斬る剣技ってのがどうも鼻についたのか、降格させられたんだ……まあ、オレの爺さんの代でだけどな」
「なるほど……ですが、国家間の制約などなしに、斬首の技術を教えてよろしいのですか?」
「ああ。まあ、名目は視察団で、本来の目的は友人に会うため……そして、裏の目的がブリュンヒルド。お前に処刑の剣を教えるためだ」
「……私に」
「ああ。銀髪、赤眼。アルストロメリアの血を継ぐお前にな」
ガムジンは真剣な表情だった。ブリュンヒルドも頷く。
「ガムジン。カルセドニーには教えたのか?」
「馬鹿。まだ六歳だぞ? ブリュンヒルドは大丈夫なんて言うから半信半疑だったが……確かに、眼を見て確信したぜ。こいつは筋金入りだ」
「そういうことだ」
「カルセドニーには、折を見て話す。親自慢じゃねぇが、カルセドニーはマルセイユ子爵家始まって以来の天才だ。あいつならこの事実もすんなり受け入れ、ブリュンヒルドの次の処刑執行人に、首斬りの技術を伝えられるだろうさ」
ガムジンは「がはは」と笑った。
ライオスは言う。
「ブリュンヒルド。お前にはこれから、人体についての座学、そしてガムジンより剣を習うことになる。覚悟をしておけ」
「わかりました、お父様」
こうして、六歳にして……ブリュンヒルドの『処刑執行人』としての人生が始まるのだった。
次の更新予定
銀血姫ブリュンヒルド~処刑執行人の恋~ さとう @satou5832
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