三章

赤い夕焼けの景色。

きっと、僕はそれが大嫌いだった。

だって、それは一人の証のようなものだったから。

一人は嫌だ。その想いでいっぱいで飛び込んだ図書館の古びた一角にその本があった。

きっと気のせいかもしれないけどその本が青く光って呼んでいたような気がした。

そして、その「青の花嫁」に憧れて時間があれば、あの本に触れていた。

そして、小さな少年に出会って青薔薇の花嫁になった。

その瞬間の幸せを思い出した。

‥‥

目を開くといつもと違う天井が目に入った。

体を起こすとやけに豪華な天幕が掛かった広い青いベットで目覚めた。

まだ、状況を飲み込めずにいると隣で何か動く感覚がして思わず後ずさった。

「ん‥すぅ」

それは、布団の中で動いたと思えば寝息が聞こえる。

まさかと思い布団を捲ればいつも整っている髪がぐちゃぐちゃになって、服装も乱れているリマが健やかに眠っていた。

そのことに安心したが、リマの目元は赤く腫れていた。

目元に触れるとむず痒そうに顔を逸らして、再び布団の中に潜り込んでいった。

その姿相応の仕草を見れて口元が緩んだ。

ベットから降りて、立ちあがろうとするも体に力が入らず床に大きな音を立てて倒れ込む。

「っ‥痛っ」

なんとか這いつくばって何とか立ちあがろうと上を見ればベットの上から何処か驚いたようにリマがこちらを見下ろしてた。

「ごめん、起こしちゃったよ‥わ!」

ベットから降りてきたリマに勢いよく抱きつかれる。

力が強くて、離れられない。

「‥よかった‥目が覚めて‥、よかった」

動揺した心も、震えた声を聞いて冷静になってリマの頭を撫でる。

すると、ハッとしたように体を離したリマは、どこか恥ずかしそうに目を逸らした。そのまま無言で姫抱きに抱えられた。

「‥まだ、体が慣れてないんだろう。もう少し休んどけ」

説明を聞くと、どうやらリマは僕が青薔薇を身に宿していることを出会った時には知ってたらしい。

だが、それはまだ蕾で花開くことなかった青薔薇。それに興味を持ってそばに置いていたらしい。

「え?!何で言ってくれなかったの?!」

「聞かれていなかったからな」

壁に背を預けベットに座りながら驚きの事実を聞くも、リマは平然としていた。

まだ聞きたいことはたくさんあったが、そうさせてくれるはずもなくベットに横にさせられると布団をかけられ寝るように言った後、部屋を出ていってしまった。

改めて天井を見てぼーっと考える。

胸の内の幸せは溢れているのに、それを侵食するように嫌な記憶がある。

決して僕自身を見てくれなかった人たち。

いい子にして黙って頷いて、そうしていれば平和で人生こんなもんだって納得してた。

でも、リマと出会って「青の花嫁」になって本当にそれでいいのかと、でもいつかはリマも。と疑心暗鬼になってしまうのは、いけないことなのだろう。

寝返りを打って、布団の中にこもって目を閉じる。

もう、余計なことを考えないように。

‥‥

夕焼けが見える真っ赤に染まる夕焼け。

影より濃く見えて嫌になる。

両手には一人分の食事量の入った袋。

それがやけに重くて、重すぎて唇を強く噛んで家路へとノロノロと歩く。

友人たちはすでに暖かい家に帰った。

でも、僕の家にはどうせ誰もいない。

別に毎日それを望んだわけじゃない。時々でいい、ほんの少しだけでいい。暖かく僕だけを見てくれる温もりが欲しかった。

ただ、それだけも叶わないなんて。と思う僕はきっとわがままないけない子。

‥‥

次に目を覚ますと、変わらず同じ豪華な作りの天井。

嫌な夢を見たなとため息を吐き、体を起こす。

どうやら、まだリマは戻ってきてないらしい。

喉が渇いたなとベットから降りてゆっくりと立ち上がり、何とか壁伝いで震える足を動かして部屋を出る。

部屋を出ればキッチンまでそう遠くないことを知るもペースがいつもの倍より遅いことから、息が上がる。

あぁ、喉が渇いた。水を飲めばきっと大丈夫だろう。

その想いでキッチンに行き灯りをつけて、コップに水を注ぐ。

そこで、体力の限界で冷たい床に座り込んで水を煽るも喉の渇きは再び戻ってくる。

でも、何処かもうどうでもよくなってきて顔を俯かせる。

そんなふうに思ってると、慌てたような足音が聞こえて顔をゆっくりあげると息を切らしたリマがそこにいた。

「どうしたの?そんなに慌てて」

いい子で居なければ。そんなふうに思っていつも通りの笑顔を浮かべて言えば、リマに抱え上げられる。

「り、リマ?僕歩けるよ?」

「安静にしてろと言っただろう。戻るぞ」

それに対して何も言えず、黙ってベットに戻される。

その間ずっと沈黙で何か話さないとと、話題を探す。

「えっと‥、僕自分の部屋あるしそこで大丈夫だよ?ここ、リマの部屋だよね?リマも休んだ方がいいよ!」

そう言うと、リマが隣に入ってきてそっと抱きしめられて横になる。

『アタタカイデモダメダ』

そんな声が聞こえて思わずリマの体を突き離す。

息がしにくい。息を切らしながら自分の体を抱きしめて唇を噛む。

「ユウ、大丈夫だ。だから、こっちを見ろ」

恐る恐る見るも、体は拒否して頬に触れるリマの手にさえ震えてしまう。

何かを察してリマがいつも通り口付けで血を飲ませてくれようとするも顔を逸らしてしまう。

「り、リマ!僕は大丈夫だから!ほら!寝てたら治るし!」

震える口角を無理やり上げて言葉を紡ぐも、うまく「いい子」ができない。

だめだ。違う。リマは両親でも友人たちでもない。でも、もし同じになってしまったらどうしよう。

息苦しい。喉が渇いて仕方ない。

「はぁはぁ‥っ!んむっ!?」

息を整えようとすると、リマの人差し指を口に突っ込まれ思わず声を上げてしまう。

いきなり何をされるのかと思えば、口の中に血の味が広がる。

拒否したいのに、その美味しさに「ちゅうちゅう」と音を立てて吸ってしまう。

「ゆっくり飲め。俺はお前のことを捨てたりも見放したりもしない」

血を吸うので精一杯で何か言っているリマの声はよくわからなかった。

だけど、体を通うリマの血は暖かくて涙が溢れた。

‥‥

隣のぬくもりが暖かい。

前に吸血鬼には体温なんてほぼないようなものだと聞いたけど、どうしてこんなに暖かいのか。

昨日泣いたせいか、頭が痛くて目元も触れば少し腫れている感覚があった。

ベットから体を起こせば、さらに頭痛がする。

「痛っ‥!」

思わず出てしまった声に手で口を塞ぐも遅く、リマがゆっくりと体を起こした。

「頭が痛むのか?」

その問いかけに口を噤んだ。

いや、どう答えるべきか悩んだ。

だって、「いい子の僕」ならきっと「大丈夫」って言う。でも、ここに来て、リマと出会って少しわがままになった自分が存在していることに気づいた。

「‥大丈夫だよ」

噤んだ口元を上げて笑みを浮かべて言った。

それが正解だ。だって、こうしたら皆喜んだから。

「そうか」

そうして、ベットから降りて部屋を出ていってしまったリマの後ろ姿を見ながらも我儘な自分が顔を出そうとして押さえ込む。

これでいい。これでいいと言い聞かせる。

すると、そんな時間は経たずにリマはある小瓶を持って戻って来た。

ベットの上に座ったリマは膝を叩いた。

それに、ゆっくりと体を動かし膝の上に乗ると小瓶を手に渡される。

「これは、俺のおまじないみたいなものだ。特別にユウにもあげよう」

そう言って取り出されたのは丸い綺麗な青い飴玉だった。

まるで、宝石みたいで綺麗で魅入ってしまう。

「で、でも、リマの大事なものでしょ?僕は大丈夫だよ?」

「良い。ほら、口を開けろ」

唇に飴玉を押し付けられて、仕方なく口を開けて飴玉を口の中で転がす。

「っ!!?‥美味しい」

それは、不思議な味がして、薔薇の香りがした。

飴玉を口で転がしてると暖かくて先ほどまでの憂鬱さや頭の痛みが和らいでいった。

隣を見るといつのまにか同じく飴玉を口の中で転がすリマが居て、思わず笑ってしまった。

「なぜ、笑う」

「‥ふふ、だってリマほっぺに飴玉寄せてるから丸くて可愛い」

思わずそこを突けば飴玉の丸い部分は消えて再びコロコロという音が聞こえる。

しばらく、飴玉を転がしていれば飴玉は溶けて無くなった。

「さて、もう一眠りするか」

「え、でも、リマ外に行かなくて良いの?」

外に行くのが好きなリマはよく出かけることが多い。でも、僕が体調を崩してからは外に行かず付きっきりだ。

「良い。お前と眠るのも悪くない」

腕を引っ張られて横にさせられ抱きしめられる。

あぁ、幸せだ。暖かくて。

心からそう思った。

‥‥

それから、リマと過ごして少しずつ回復して歩けるようになった。

幸せで、これからが楽しみで、浮かれていた。

だから油断をしていたんだ。

ある日リマが居ない間に水が飲みたくなって部屋を出た。

「そういえば、何で全部閉まってるんだろう」

廊下を歩いていて初めて気づいた。屋敷のカーテンが全て閉まっていること。

灯が灯されてるから不便なことはないが、前まで開けっぱなしだったのにと不思議に思った。

久しぶりに外を見たいなとカーテンに手をかけた。

すると、眩しくて思わず目をつぶって恐る恐る再び瞼を上げる。

その瞬間瞳に差し込んだのは、赤とオレンジの光。

「あ」

赤とオレンジ。

それが、段々と真っ赤に見えてカーテンから手を離して後ずさる。

「い、や。‥嫌だ」

そのままその場に尻餅をついてぐちゃぐちゃな頭の中を抑えるように頭を抱えた。

赤く染まる景色に一人きり。

あぁ、そうだ、学校に行って、公園に行って走って走って逃げたんだ。

一生懸命逃げて逃げて、家に戻ったんだ。

そしたら、家の中は真っ暗で。いつも通りのはずなのにいつもより家は真っ暗に見えて。

その日思い知ったんだ。

『ヒトリボッチ』

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

声が出る限り叫んだ。叫んで、流れてくる涙がなんの意味を成しているのかわからなくて叫び続けた。

その瞬間、何かに抱きしめられる感覚を感じる。

「大丈夫だ。落ち着け、大丈夫。俺がいる」

それは、リマで薔薇のいい匂いに落ち着くのと同時に安心して涙がさらに溢れる。

「ご、めん。ごめんなさい‥!僕は、僕は!」

謝った。「いい子」でいられない自分を晒してしまったことに。

訴えた。今までの思いを。

それでも、リマは怒りも泣きもせず抱きしめて続けてくれた。

‥‥

それからという日々は地獄のようだった。

何度も夕焼けの景色。

逃げる自分。

一人重い足取りで家路に着く夢。

その夢を見るだけで眠れなくて、一人布団に籠る生活になっていた。

「ユウ、今日はどうだ」

あの日、自室に戻ると言った僕の言葉はだけは許してくれなかった。だからずっと、リマの部屋で過ごしていた。

布団の中にこもっている僕の近くに来て最近ずっと頭を撫でてくれる。

あの日晒してしまった姿を見て、リマは嫌いになったんじゃないかと怖くてずっと布団に篭り続けている。

すると、何やら音がしていい匂いがする。

「コウモリが作ったんだ。お前と俺に食べて欲しいと」

布団から少しだけ顔を出すとそこには、初めてリマにと作ったアップルパイがあった。

パイを切るとあの果実の蜜が溢れてくるのが見えた。

でも、今はとてもじゃないが食べる気分になれず布団の中に篭り直す。

この体になってから、空腹はないし基本睡眠もいらない。だから、楽なはずなのになぜこうも体は憂鬱で気怠いのか。

目を閉じればあの景色が浮かんくる。だからずっと目を開けて布団の中に籠る。

すると、急に暗かった視界が明るくなり目を細める。

布団を全部剥ぎ取られリマが一切れのアップルパイが乗った皿をてに仁王立ちしていた。

「少しは、食え。血も飲んでないんだ、食べるまで見張り続けるぞ」

逃れられないと思い体を起こしてベットに腰掛けてパイの乗った皿を受け取る。

隣に、リマが腰掛けて同じく皿を手にしながらこちらをじっと見ている。

恐る恐る口を開けてゆっくりとパイを口にする。

「っ!!?うっ‥なに、これ」

パイを食べた瞬間に果実の甘さと何やら苦い、しょっぱいなどの味を感じて思わず口元を抑えながら、精一杯飲み込む。

隣を見れば、リマは青い顔をしながらパイを含んでプルプルと震えていた。

「こ、これは、なぜ‥」

疑問に首を傾げている姿が面白くて口元が緩んでしまう。

「ふっ、ふふふ。あははは!」

声を上げて久しぶりに笑ってしまった。

呆然とこちらをみてるリマを気にせずお腹を抱えて笑ってしまう。

「ふふ‥リマ、ありがとう。これ作ったのリマでしょ?」

「‥違う」

そのまま、ムッとしたまま顔を背けてしまったリマが可愛くて愛おしくて仕方ない。 

その肩を指先でトントンとすると、ゆっくりとこちらを向いたリマの唇に口付ける。

すると、再びムッと顔を顰めた唇から離す。

「‥まずい」

「ふふ、それリマが作ったやつだからでしょ」

「‥違う‥俺は作ってない」

どうしても認めたくないようで、あることを思いついて口にしてみる。

「じゃあ、コウモリさんと一緒に今度二人きりで作ってみようかな」

少し意地悪そうに言えば、ほお膨らましたリマが「俺は仲間はずれか」と言いたげな目でじっと見てくる。

そんな、リマの肩に頭を乗せて幸せに浸りながら、この世界に来る前のことを独り言のように話す。

「僕は、幸せだったんだ。家族がいて友達もいてきっと幸せだったんだ。なのに、僕は‥」

そこで言葉に詰まってしまう。

赤くそまるあの空が怖くて、どこに行っても誰も居なくて。

結局諦めて、その赤に追われる毎日に影だけ濃く残った日々。

息が詰まりそうだ。

そう思った時、リマの手が優しく頭を撫でてくれる。

「だが、そこにお前の幸せはなかったんだろ。

それは、お前が、ユウが幸せだと思ってる奴らに同調してただけだ。

それは、ユウの気持ちじゃない。」

その瞬間、あの日の自分が欲しかったその言葉が届いた気がした。

視界が歪んで瞳から雫がポロポロと溢れ出してリマに抱きつく。

「すごいなぁ、リマは‥なんでもわかっちゃうんだ。それでも、僕を嫌いにならないの?」

「何を言ってる、俺たちは番だ。そして、お前は俺が選んだ花嫁。その‥‥あいして、るに決まってるだろ」

堂々と言ってくれるあなたが好き。

愛の言葉を言い慣れてなくて恥ずかしくなるあなたが好き。

あぁ、食べてしまいたい。

自然と体が、リマの首筋へと行き舌でその白くて美味しそうな肌を舐める。

「ん‥遠慮せず食え」

「‥うん」

熱い吐息を感じて益々おいしそうな首筋。

口を開けてその首筋に鋭い牙で噛み付く。

あぁ、おいしい。リマの血。暖かくて全身に巡っていくのが幸福だ。

体が熱い。幸せでおかしくなってしまうほどに熱い。

牙を首筋から抜き流れてくる血も残さず舐めとる。

「そろそろ、離れろくすぐったい」

「ん‥でもまだ‥もったいない」

ポケットからハンカチを取り出したリマはそれで、首筋を抑えた。

もう、終わりだということだろう。

それに少しいや、大分不服で次はこちらがほおを膨らませた。

「そんな顔するな。ん、大分顔色も良くなったな」

顔を見て安心したように笑みを浮かべていた。

その顔がカッコ良すぎて、未だ慣れないその顔に恥ずかしくなって、勢いよくリマに抱きついた。そのまま二人でベットに倒れ込んだ。

その後、残されたパイを放って二人で久しぶりに暖かく幸せの中眠れた。









































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青く咲き誇る ルイ @5862adr

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