後編
それから、何となくリマに会うのが気まずくなって二人の隠れん坊生活が始まった。
「‥今日は此処か。無駄なことをする」
食器棚の間に隠れ、完全に息も止めたのに見つかった自分にリマはため息をついていた。
手を差し出され、おずおずと手を柔らかく握り食器棚の間から出る。
「‥あ、あはは見つかっちゃった‥」
何とか笑って見せるものの、内心全く冷静では居られなかった。
リマの手は冷たいのに柔らかくて心地いい。もっと繋いでいたいけど、呆気なく手を離されて少し残念に思いながらも心臓は激しく脈打っていた。
「?お前顔赤いぞ」
リマが顔に触れそうなところで、後退り避ける。不審そうにこちらを見るリマに何か言い訳をと考え口が動いた。
「あ、えっと!僕掃除!掃除終わってないから!」
慌てて横を通り過ぎようとすると、不意にその腕を掴まれて、振り返ると眉を寄せて明らかに不機嫌なリマがいた。
どうしよう。間違いなく怒ってる。
「来い」
それだけ言われて腕を引っ張られ、屋敷のある部屋に連れ込まれ腕を離されて部屋の中を見渡す。
本がたくさんある。学校に通っていた図書館も少ししか行ったこと無いが、そこよりたくさんの本があった。
「ユウ」
名前を呼ばれてそこに視線を向ければ、窓辺にある二つある椅子のうちの一つに腰掛けて、そこに座ったリマ自身の膝を叩いていた。
座れってことだろうか。でも、どうしよう緊張してだめだ。
リマには悪いが向かいの椅子に腰掛けた。
それに対して何も言うことなく、リマは窓の外を眺めていた。
対して顔も上げられず膝の上で拳をギュッと握ったりすることしかできない自分が情けない。
「怖くなったのか、俺が怖くなったんだろ」
その瞬間顔を上げてその姿を見る。
窓の外を眺めながら話すリマは、変わらず美しい。だけど、怒りのようにも感じる感情。いや、悲しみのように感じる。
感じた瞬間今までの情けない気持ちなんてどうでも良くて、立ち上がりまだ窓の外を眺めるリマを抱きしめる。
「おい、何をしてる」
「ごめん‥ごめんなさい。怖くなんて無い‥」
その先の言葉を紡ぐことができなくて何度も震える唇に力を入れる。
「僕は‥僕は、は、恥ずかしくて‥それで‥」
これ以上言葉にできず、リマの頭に顔を埋める。
しばらくそうしていると、突然体が浮いた。座ったままリマが抱き上げそのまま膝の上に向き合うように座らせられた。
「お前が何を恥ずかしがっているのかはわからないが、怖くは無いんだな?」
「う、うん!怖く無い!」
「そうか」
そのまま、リマに抱きしめられて何故か胸辺りがポカポカとして心地よかった。
‥‥
それから恥ずかしさを忍んで血を分けてもらい、リマは屋敷から去っていく。
今日も今日で、血を分けた後膝から降ろされ去っていくリマの服の裾を掴んだ。
「ま、まって!リマにお願いがあるんだ!」
首を傾げているリマを他所にコウモリさんから以前もらった本を見せる。
「これは、随分懐かしい物を」
「俺、本を読めるようになりたいんだ!でも、こっちの字読めなくて‥リマ!教えて!」
「使い魔のコウモリがいるだろ」
「コウモリさんもだけど‥リマがいいの!」
そう強く訴えると何処か視線を逸らし、ため息をついていた。
やはり、だめだろうか。あまり、わがままを言うのも嫌だったが離れていってしまうリマを繋ぎ止めたかった。
いつもリマはすぐに外に行ってしまう。あの日抱きしめてもらったあの時間が心地よくて忘れられなかった。
それに、この世界で同じ存在が二人きりなら仲良くなりたいと思ったのだ。
「‥少しくらいなら‥」
「!本当!やった!」
仕方なくと言う感じだが、嫌ではないようでそれはよかった。
すると、胸の内に何かモヤっとしたのを感じた。
なんだろう。別に何も嫌なこともモヤモヤすることも思ってないのに。
思わず首を傾げるも、既にリマは再びベットに腰掛けて膝に座るように促された。
そこで、ぴたっと止まり考え込む。
「どうした?早くしろ」
「ねぇ、なんでリマは、膝の上に俺を乗せるの?別に隣で座るのでもよくない?」
「なんだ、嫌なのか?」
前々から思っていた。なぜ、膝の上なのか。あの日もそうだった。確かに、血をもらうときは膝の上が丁度いいが、会話や本なら隣同士でもよくないか。そう思うも鋭い目つきに囚われ、何か感じ取って黙って膝の上に座ることにした。
そのまま、絵本を開きリマはゆっくりと教えてくれた。
どうやら物語は孤独な吸血鬼の話。赤に囲まれた青の吸血鬼。それをおかしく思った、赤の吸血鬼たちは青を「笑い」「罵った」。
それでも、青い吸血鬼は歩み寄ろうと輪に入ろうと努力した。それでも、青い吸血鬼は仲間になれず孤独だった。
そして、続きが気になりページを捲れば破られており続きのページがなくなっていた。
「あれ?おしまい‥?」
「ないってことは、そういうことだろ」
リマは至って変わらず表情を変えずに淡々と言った。
この続きが気になる。そう思っていると、また胸の内がおかしくなる。次は何かに刺されるように痛くて悲しい気持ちになる。なぜだろう、この話はただの物語に捉えられなかった。まるで、誰かの身に起こったことが描かれたような。
すると、痛みからか悲しみからか涙が溢れ出し絵本のページに涙がポツポツと落ちた。
「おい、なぜ泣いてる?」
「わかんない‥。でもなんでだろう‥悲しくて、痛くて‥。ねぇ?リマもそうじゃない?」
すると、リマは瞳を見開き驚いた顔をしていた。そっと、リマの頬に手を添える。何故か見えない涙が見えるようだった。それを撫でようとした時、大きな音を立てて手を振り払われた。
「‥痛くもないし、悲しくもない。今日は終わりだ。じゃあな」
そのまま、姿を消し再び一人きりになってしまった。絵本に視線を戻すとやはり、その青い吸血鬼が他人事のようには思えず心が痛んだ。
‥‥
それから、リマは血を分けに帰ってはくるが、前より距離を感じるようになった。
何か声をかけようとすれば睨まれて暗黙の了解でリマに従うしかなかった。
今日も血を分け与えて、声をかけようとした時には姿がなかった。
それに対して気分が落ちているとコウモリさんが入ってきた。
「僕、リマを怒らせちゃったのかな‥」
「‥リマ様のお心をわかったように語ったからだな‥」
その言葉にさらにシュンとなる。
でも、このままじゃダメだといつも通りに掃除しながら考える。
「ねぇ、リマの好きなものって何?」
「リマ様はお美しい物が好き」
「それって、宝石とか?」
それに対してコウモリさんが頷くと「うーん」と悩んだ。
仲良くなりたいけど、流石に宝石は取ってこれないし。
「‥あとは、甘い物とか」
甘い物。それなら、自分でなんとかできるかもしれない。
今日の分の掃除を急いで終わらせて、キッチンへ急ぐ。
この屋敷には冷蔵庫も無ければ電子レンジもなく、棚に何かが入ってる瓶がズラッと並んでいた。
「ねぇ、これって食べられる物?」
「当たり前。菓子の粉とかいろいろとリマ様がお集めになられたもの」
なるほど。字は読めないけどコウモリさんに教えて貰えば問題ないだろう。
すると、キッチンの窓から丁度裏庭が見えて背伸びして見るとそこには、果物の木があった。
「あれは、リマ様がお育ってになってる」
「勝手に使ったら、怒られるかな‥」
悩んでいると、コウモリさんが窓をすり抜けて一つの実を齧って取ってきた。
それは、赤くてりんごのような実。ただ、りんごよりすごく赤く血のように深い赤い実。
「一つくらい大丈夫」
「‥!ありがとう!」
試しに切って見ると中も赤くドロっとした蜜が出てきてそれを恐る恐る舐めた。
「!?甘い!」
それは、思ってたより甘くお菓子の材料に使えそうだった。
それから、コウモリさんから材料が入ってる瓶を聞き取り出して、朧げな記憶の中作っていく。
電子レンジやオーブンはなかったが、かまどがありコウモリさんに教えてもらいながらお菓子を焼いていく。
焦げないか不安の中見守っていると、キッチンの扉が開く音がして慌てて振り向くと、そこには出かけたはずのリマが居た。
「なにをしてる?」
「えっと‥」
勝手に果実を使ってるしキッチンも許可なく使ってしまった。怒られてしまうと。言葉を考えていると、コウモリさんがリマの前に出た。
「菓子を作っておられるのです。」
「菓子?」
すると、怒られると思ったがリマはキッチンにある木の椅子に座り足を組んだ。
そして、テーブルに肘をつき何かを待っているようだった。
それを、じっと見ていると少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「早くしろ」
まともに話ができたのはいつぶりだろうか。
それが嬉しくて早く焼けないかと、かまどを覗くと丁度焼き上がりで取り出して皿に移した。
出来上がったのはあちらの世界でいう、アップルパイ。ただ、果実が予想以上に甘いのでアップルパイと呼べるかどうか。
少し冷まして、食べやすいように一切れ切り小さな皿に乗せてフォークを横に置いて出した。
それを、リマは物珍しそうに見てフォークを綺麗に使い一口食べた。
そのまま、もぐもぐと食べている瞬間が緊張が走った。
「‥おいしい‥。お前は菓子が作れたんだな」
「うん!昔から、よく作ってて」
「そうか」
そっけないその言葉だけど、リマの一つ一つの言葉が嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。
そのまま、あっという間に一切れを食べ切ってしまったリマは、大皿をそのまま近くに持ってきて食べ始めた。
どうやら、甘い物好きは本当らしい。
無言で食べているリマが、何処か子供ぽっい一面が見れて再び思わず頬が緩む。
「なんだその顔は」
「いや、リマが可愛いなぁって」
「貶してるのか?」
「してないよ!普通に可愛いなぁって思っただけだよ!」
すると、いつ間にか食べ切っていたリマは立ち上がり再び姿を消してしまった。
食べてくれたのは嬉しかったし、嫌がってなくてよかった。
けど、何故かそれだけじゃ満足できない自分がいる。
なんだろう、この気持ちは。欲に塗れているこの気持ちが苦しい。
皿の端に残った実を口にするとそれは甘かった。
‥‥
それから、リマが帰ってくるたびに甘いものを必ず準備した。朧げな記憶から作ったものや、文字を少し読めるようになったのでこの屋敷からレシピ本を見たりと考えて作った。そして他の本やこの世界のことについて教えてもらったりとした。
話てはくれるが、それだけ。淡々と話す姿は、そっけなく少し心が痛んだ。
毎度頑張って作ったお菓子を完食をしてくれるのは嬉しいけど。
「り、リマ!もう、行っちゃうの?」
「あぁ。当分戻らない」
そう言って再び姿を消してしまった。
それから、屋敷の掃除も疎かになり部屋に閉じこもるようになった。
コウモリさんにも何度も声をかけられてるが、一人にして欲しいことを伝えた。
ベットに座り膝を抱えて顔を埋める。
朧げな記憶が蘇る。
一人ぼっちで食べる食事。
一人ぼっちで眠る夜。
一人ぼっちで買い物に行って、それから。
それから、そこが思い出せなかった。
自分は笑えていたのだろうか。
幸せとはなんだっただろうか。
もう、どうでもいいけど。どっちにしろ、自分はどこに行っても一人ぼっち。結果は変わらない。
向こうの世界に友達もいた筈だけど、何故かリマといる方が楽しくて幸せのような気がする。
そっけなくても、冷たくてもいい。そばにいて欲しい。
「そばに‥いてよ‥。」
気づけば涙がポロポロと流れる。
『アイシテホシイ』
何処からとなく聞こえたその言葉にようやく納得した。このドロドロとした欲望は、「愛して欲しかった」んだ。
誰からももらったことのない「愛」が欲しくてたまらない。
本当は両親にも「行かないで」と言いたかった。
友人にも本当の自分を見せてそれでもなお仲良くしてほしかった。
いろんな思いがせめぎ合い、同時に涙も止まらず一人で泣きじゃくった。
声をあげても、涙を流しても満たされなくて苦しくて仕方がなかった。
もう、いなくなりたい。そう思った瞬間何かに包まれた。
「‥え」
顔をゆっくり顔を上げればそこには求めていたリマの姿があり、何処か悲痛そうな顔をしていた。
そして何より驚いたのは、リマが泣いていることだった。
「なんで‥泣いてるの‥?」
手で頬を撫でて、指で涙を拭ってあげる。
すると、リマは唇を口元に合わせた。つまり、キスされた。
いつもの血分けでもなく、何度も何度も口元を合わせられるキスをされる。
それが、とても気持ちよくて自分からもリマを求めた。
そのまま、ベットに押し倒されてリマの顔が赤いのがわかる。
そのまま、抱きつかれて耳元で小さな声で呟く。
「痛い。お前が痛いと痛い。お前が悲しいと悲しい」
顔は見えないが、きっと泣いているのだろう。肩口がしめっていく感じがする。
同じだったのかもしれない。リマも自分も。同じ想いを持っていたのかもしれない。
「ねぇ、リマは俺が好き?愛してくれる?」
そういうと、リマは顔を上げて腫らした目が見えた。
「それは、よくわからないが‥お前がそばにいるならそれでいい」
すると、首元を舐められ変な声が出るも、次の瞬間リマの牙が首元にかぶりついた。
痛い。痛いはずなのに。それが、気持ちよくて愛おしくて吸われる感覚に快楽を感じる。
「あ、り、リマ‥!」
声をあげれば、リマの牙が首元を離れて首元に溢れ出した血が伝う。
それを舐め取られている間、リマの首元に目が行き「食べたい」という欲に支配される。
何故か、その欲が抑えられなくて体を少し起こして、リマの首に噛み付く。
それは、今まで感じたことのない食事に満足する感覚。傷をつけること、痛い想いをさせるのは嫌だったのに。何故か、今噛みついて想いが変わった。自分のものにしたい。自分だけを見て欲しい。その欲に満たされていた。
血が口の中を流れ、牙を深く深く噛みつけば欲が満たされていく。
痛いはずなのに、リマは声をあげず頭を撫でて宥めてくれる。
段々と落ち着き牙を抜けば、リマの首元は赤く腫れてしまっていた。
「リマ!ご、ごめん‥僕」
「いい。お前がつけた跡だ治さずに取っておこう」
コウモリさんが、ガーゼを持ってきてくれてそれを当てて、手当していった。
手当を終えるといつも通りリマは、膝の上に乗せてくれた。
なんだか、ふわふわとする感覚にリマに寄りかかる。あぁ、リマの鼓動が聞こえる。この鼓動さえも自分のものにしたい。そして、リマも同じ気持ちでいて欲しいと願った。
「‥お前はおかしなやつだ。俺は同族を殺しそれ以外も殺して来た。そんなやつにどうして、こうも構う」
前にコウモリさんからも聞いた話。リマは同族の吸血鬼を全員殺し人間を蔑み殺し常に一人なお方だと。
だが、それを聞いて不思議と恐ろしいと思わなかった。だって、それをしなければいけない理由がきっとあった筈だから。
根拠なんて、最近見た夢でしかないけど。
最近夢で泣いているリマを見る。
小さくて弱いリマ。
今と比べたら全然想像ができないリマ。
いつもその小さなリマに手を伸ばすところで目を覚ますけど、それはただの夢だとも感じられず手を伸ばすことを諦めない。
「怖くないよ。だって、リマだもん。リマは優しいよ?」
鼓動の音を聞きながら返せば、何故かホッとしたような気持ちになる。
「‥お前のことを殺したいと言ってもか?」
「うん、リマならきっと愛して殺してくれるでしょ?だから、いいよ」
きっと、リマなら愛しながら殺してくれる。何故かそういう信頼があった。
「それに、僕の命は永遠なんでしょ?なら、ずっとリマと一緒にいれるよね」
死んでも死んでも一緒にいられるのなら、リマが優しく殺してくれるのならそれならなんでもよかった。
あぁ、これが求めていたものなんだ。
その時初めて愛を知った。
‥‥
それから、リマは毎日帰って来てくれるようになった。
毎日帰ってくるリマに甘いものを作って二人で食べて、夜通し本について語り合った。
ただ、一つ気になるのはあの絵本について話そうとするとリマは決まって黙り込んでしまう。
何か、痛くて悲しくてとてもとても深い傷のようなそんな気持ちになる。
今日は夜はリマは出かけている。
だから、部屋に戻りこっそり絵本を開く。字が読めるようになってその絵に目を向けることも余裕が出てきた。
本の中の青い吸血鬼。この子がどうしても引っかかってしまう。知っている。この子のことを。この世界に来る前から。
目を閉じてその絵に触れる。すると、景色が変わり赤いバラに囲まれていた。
そして、手には青い薔薇を持っていた。
『‥い‥わる‥』
雑音のように聞こえるそれが聞き取れない。だけど、段々とはっきりと聞こえてくる周りの赤いバラの言葉が。
『気持ち悪い』
『早く死んで仕舞えばいいのに』
『忌子だ』
『いなくなれ』
『いなくなれ』
段々と近づいてきた赤い薔薇は鋭い棘で、体を刺される。
痛くてたまらない。でも、この手の中にある青薔薇は守らないと。この青薔薇はこの子は何も悪く無いんだから。
「だい‥じょう‥ぶ」
青薔薇を胸に大事に抱え、赤薔薇たちをかき分けて逃げて逃げて気づけば、途方もない暗闇にいた。
乱れた息を整えて青薔薇いや、小さなその子供を見る。
「あぁ、そうだったんだね。君がそうだったんだ」
その子供は夢に出てきたリマに似ていた。いや、きっと本人だろう。髪は短くて弱々しいがわかる。この青い瞳がわからせてくれる。
「もう、大丈夫。ごめんね、もっと早くに来れたらよかったのに」
それが、悔しくて涙が止まらない。何度も「ごめん」と口にして小さなリマを抱きしめる。
すると、小さな手が涙を拭ってくれる。
顔を見ると見たこと無いくらいの笑顔で慰めてくれた。
「‥ありがとう」
‥‥
次に目を覚ますと、自室のベットで眠っていた。
あの後寝落ちしてしまったのだろうか。
でも、あれは夢なんかじゃ無い。現実と幻覚が見せたもの。
「おい」
ベットから体を起こして目を擦っていると、ぼやけ目でその姿を捉える。
そして、急に感じる胸の内に感じるグチャグチャとした感情に思わず胸を抑える。
怒り、悲しみ、憎しみ。そして、絶望。
改めてリマを捉えると最初にあった頃村人に向けた冷めた目線でこちらを見ていた。
「リマ?」
「何故、干渉してきた?何故、俺を守った?哀れみのつもりか?」
まさか、リマは全て知っていて。
そう口に出す前に胸ぐらを掴まれて、息ができない。
「やはり、殺しておくんだった。蔑んできたやつも!哀れんできたやつも!全部!全部!」
こんなに大声で叫ぶリマは、初めてだ。声が震えている。きっと、泣いてる。まだ、リマは赤バラから解放されていない。
その瞬間、頭の中で朧げな記憶が流れる。
その記憶の中で、あの絵本を広げて最後のページを見て幸せな気持ちな自分がいた。
最後のページ。それさえ見えれば。
だが、記憶は途絶えて気づけばリマに首を絞められていた。
「リ‥マ‥」
「うるさい!黙れ!俺が俺が正しいんだ!」
意識が途絶えそうな中、リマの頭に手を伸ばして頭を撫でる。
「だい‥じょうぶ。‥怖がらないで‥」
うまく笑えたかわからないが、そう言うとリマの手の力が緩められ離される。思わず咳き込んでしまいながらも、リマを見ると泣いていた。
その気持ちがわかるようにリマの気持ちが流れ込んでくる。
悲しみと寂しさ。
まだ、動きにくい体で抱きしめる。
「ごめんね、僕は聞こえてたのに見えてたのに遅くなってごめん」
すると、リマは声を上げて抱きしめ返し泣いた。
それは、まるで初めてこの子が「助けて」を言えた瞬間のように、大きな声で。
‥‥
しばらくして泣き止んだリマの顔は見たこと無いくらいに目を腫らして赤く、声もガサガサだった。
「ふふ、リマかわいい」
「‥わらうな‥」
そう言うと、リマはそっぽ向いてしまった。恥ずかしそうに耳まで赤く染めて。
あぁ、少しでもこの子の力になれただろうか。
「あ、れ?」
突然力が体から抜けて、地面に倒れ込んでしまう瞬間がスローモーションのように感じた。
それに気づいたリマが慌てたように体を揺さぶるのが見える。
あぁ、だめだよ。リマ。もう、泣かないで。
‥‥
命が終わろうとしているのが不思議とわかる気がした。
あの絵本のページの最後。
青の花嫁が青薔薇の幸せを願って命を投げ捨てる。
それが、僕は羨ましいと思ったんだ。
命を投げ捨てられるような相手に出会いたい。そのくらいの愛と幸せがほしい。命なんていらないから。
絵本を読んで僕はそう願ったんだ。
「幸せだったなぁ、死にたく無いなぁ‥」
どんなに願ってももう遅いことなのに、涙が溢れて止まらない。
掃除をした日々も、甘いものを一緒に食べた日も、本を読み明かした日も。
血を分けあいお互いを感じた日も。
全て愛おしい大切な宝物。
それを抱えて青の花嫁は眠りにつく。
あぁ、瞼が重いもうダメだと思ったその瞬間に熱いものが体を何度も流れていくのを感じる。
『‥ろ!‥‥いき‥!生きろ!』
強く聞こえるその声を頼りに意識を覚ますと、リマの必死の形相が見えた。
「り‥ま?」
「ユウ!」
口元が真っ赤だ。きっとたくさんの血を分け与えてくれたんだろう。
でも、それでも僕の鼓動は小さくなっていく。
それに気づいてるリマは泣きながらも血を何度も分けてくれる。
「‥リマ、ありがとう‥もう、大丈夫だから‥」
「!!嫌だ!嫌だ嫌だ!俺から離れるな!俺は‥俺は!お前を愛してるんだ!!」
その言葉に涙が溢れる。
その言葉がずっと欲しかった。その想いがずっと欲しくて欲しくて手を伸ばした。
最後に最高の贈り物。
「‥ありがとう‥僕も愛してる」
すると、その瞬間鼓動が打つ。何かが強く熱く胸の内で力強く生きようとしてる。
記憶が戻ってくる。
赤い夕焼け、一人きりの家、ひとりぼっちの僕。
いや違う。一人じゃなかった。
小さい頃一度だけ夢に見た景色。青薔薇の中で一輪の青薔薇をもらった。
『俺のお嫁さんになってよ』
そうだ。あの小さな子はずっと僕の中に、あの青薔薇は確か。
胸のところが青くひかり部屋中に青薔薇が咲き誇る。
その状況にリマも驚いて辺りを見渡している。
鼓動が再び動き始める。
青く光る部屋の中で体をゆっくり起こして、まだ状況が飲み込めてないリマの唇に口付けをする。
「ありがとう、僕ひとりぼっちじゃなかったよ。これから、よろしくね旦那さん?」
青く咲き誇る「奇跡」の中で誓い合った。
end
青く咲き誇る ルイ @5862adr
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