前編
思い出なんてあっただろうか。
産まれてから、両親の愛もあったはずで友人にも恵まれていた。きっと、幸せだったはずだ。なのに、幸せってなんだろうって思っている自分はなんなんだろうか。
愛ってなんなんだろうか。
思い出が無くなっていく。
人間じゃ無くなっていく。
あぁ、もういいか。人間じゃなくても。
そうして、僕は人間を放棄した。
‥‥
次に目を覚ますと、緑に囲まれていた。
体を起こして見渡すとどうやら知らない森の中に倒れていた。
あの時確か自分は夕焼け空の中赤く染まったはず。つまり、死んだはずだ。
改めて見渡すも身に覚えがない風景だ。体の痛みもなくどこにも怪我ひとつない。
あの日着ていた身ぐるみのまま。白いパーカと黒いズボンはひとつとしてそのままで汚れてない。
立ち上がり、少し歩くと近くにあった湖に顔を覗かせると思わず自分の顔をペタペタと触った。
白い肌。髪色も黒髪だったのが白髪になっている。それに何より、驚いたのは瞳の色だった。深く青い湖の底のようなそんな色。
「これ、僕‥え‥?」
口を開いて見えた鋭い牙のような歯。
試しに触ってみれば、鋭いそれは肌を切り裂き、指先からぷっくりと赤が流れる。
垂れそうなのを見ると、なぜか勿体無いと思いそれを加える。
おかしい。全てがおかしい。容姿も自分の味覚も。
だって、血ってこんなに「おいしかった」だろうか。
そう思っているうちに、傷口は塞がっていた。
‥‥
何もかもが理解できない中、とにかくこの森を抜けて誰かに助けてもらおう。
深い森を歩いて歩いて。
頭の中は人に遭遇することしかなく、不思議と疲労感はなくて足を夜通し動かし続けてたどり着いたのは、小さな村だった。
やはり、この世界はおかしい。
現代に村。自分の知っている街はコンクリートでできた家や聳え立つビルばかりの風景。
なのに、この村は木でできた家に、村人が来ている服も質素なものだった。
村の様子を見れば、今は昼間の時間帯でまばらに人がいるのが見える。
ようやく自分以外の人間に会えたと、足を走らせて村に向かった。
村に入って近くで薪を運んでいた女性に話掛けた。
「あの」
「なぁに‥い、いやぁぁぁぁ!!!」
声をかけただけ、それだけで女性は持っていた薪を大きな音を立てて落として、尻餅をついた。
まるで化け物を見るようなその恐怖した顔。
そして、こちらを震える指で指して確かに女性は言った。
「ば、化け物!!化け物が出た!!」
その言葉に自分も驚いたが、その瞬間村の和やかな空気が緊迫したものに変わる。
村人の行動は素早かった。
声をかけた女性の旦那だろうか。その男性が女性を守るように抱きしめて、他の村人を見ると子供を家に引っ込める人々。
そして、何より驚いたのが村人が武器を手に此方に近づいて来ていたことだった。
「こ、この!化け物が早く出ていけ!」
「殺してやる!!」
殺気だったその空気は間違いなく自分に向けられたもので、足がすくんで動けない。
「ち、ちがっ、僕は‥化け物なんかじゃ‥」
弁明をするも村人の殺気だった空気は変わらずゆっくりとこちらに近づいて来ていた。
なんで、同じ人間じゃないのか。
そう思った瞬間に疑問が生まれた。
いや、本当にそうなのか。知らない世界。
何よりこの全てが変わってしまったこの容姿。周りを見ても同じ瞳を持つものも同じ髪色、牙を持つものなんていない。
本当に自分は人間か。
焦りの中で生まれる疑問の多くを考える余裕もなく、村人が武器を振り翳し思わず目を閉じた。
だが、痛みはいつまで経っても来ず恐る恐る目を開ければ、目の前の光景に驚く。
青く長い髪を持つ少年か少女か。よくある絵本で見る子供の洋風の振る舞いだった。同い年くらいの何者かが、村人の持っていた武器を受け止め、そのまま村人ごとさえ持ち上げ投げ飛ばした。
その光景に驚いていたのは、自分だけではなく村人とも同じだった。いや、村人の顔は更に恐怖に歪み後ろに後ずさっていくのがわかる。
「お、おい、あれって‥」
「あぁ、自らの同族も人も殺す吸血鬼‥!」
「出ていけ!この村から出ていけ!」
村人が何を言っても聞く耳持たずなのか、何者かは冷静だった。表情を変えず村人に近づいていく。
「俺に命令する者は誰だ?死にたいのなら、その願い叶えてやろう」
一人の村人の胸ぐらを持ち上げ言うが、その村人はその何者のかより何倍も大きいのに片手で持ち上げている。
「ひっ!!や、やめっ!」
「何だ。威勢はどうした?おい、人間」
その村人は泣き喚いていて、何者かに生を懇願していた。
だが、何者かは何処までも冷静で今にも殺しそうなのは、わかった。
「ま、まって!その人を殺さないで!」
自分でも出ると思わなかった声に必死に、何者かに問いかけた。
すると、その何者かが振り向きその顔を見て驚いた。
同じ、湖の底のような青い瞳。そして、口元には鋭い牙。そして吸い込まれるような青のブローチが胸元についていた。
自分と同じだ。そして、同時に何か不思議な感覚を覚えた。
「お前は、俺と同族だろ。人間は劣等だ。殺して当然。そうだろう?」
「同族?かは、わからない。でも、殺さないで!お願い!」
同族。何を言っているのか全くわからない。だが、今は村人の命が危ない。
強く問い掛ければ、村人を一度見てため息を吐いて手を離した。
すると、村人は脱兎のごとく散り散りに逃げていく。
とにかく、村人は無事だ。そのことに安心して腰が抜けて座り込むと、何者かは此方に近づき見下ろした。
「同族は全員殺した。何故、お前は存在している?それに、その瞳‥」
顔を近づけられて、ジッと見られるも、同じ瞳を見つめるだけで不思議な気持ちになる。
何か動かされるような。引き寄せられるような不思議な感覚だ。
そうしてボッーと眺めてると、体がいきなり浮いたと思えば何者かに担ぎ上げられる。
「な、まって!」
「嫌だ」
そう言うと同時に、何者かの背中から黒い翼が生え空を飛んだ。
空を飛ぶのなんて初めてで、言葉も出ずそのままされるがままに担がれていた。
‥‥
気を失っていたのか、意識を飛ばしていたのか気づけば古びた屋敷の前に、落とされた。
「痛っ‥!」
「何だお前飛べないのか」
飛ぶ?そんなことできるわけない。まだ自分自身が何者かもわかってないのに。
またしても見下ろされ顔を近づけられたと思えば、人差し指で顎を持ち上げられる。
「まぁ、生かしてはやる。正直興味があるからな。俺はリマ。お前は?」
「‥ユウ」
そう名乗れば顎から人差し指が離れ、スタスタと屋敷の中に入っていく。
慌てて立ち上がり、リマの後をついていく。
そして、改めてその容姿を見る。整っている顔立ちというのはこういう顔なのだろう。
髪も少し癖毛だが表面は綺麗で、全てが綺麗で中性的だった。
「ねぇ、リマってどっち?」
「どっちとは?」
「えっと‥男か女か‥」
聞きづらいことを聞くと、リマは止まりそのリマの背中に鼻をぶつけて思わず抑える。
リマはため息をついて、手を取り胸に当てた。
「俺に胸はない。つまり、男だ」
「そ、そっか。うん、わかった」
そう言うとリマは再び歩き出し、ある一部屋に入った。
そこは殺風景も良いところで、窓際に机と椅子。部屋のすみにベットそれだけだった。
「ここを使わしてやる。自由にしろ」
それだけ言うと、リマの姿は消えていた。
周囲を見ても取り残された自分だけ。
部屋に恐る恐る入り、机を擦れば長く使われてないのか埃をかぶっていた。
これを見るにベットも同じだろう。来た時もあっちこっち埃をかぶっていて、蜘蛛の巣も張っていたことも思い出す。
とにかく、掃除からかな。と、不思議な生活の幕が開けた。
‥‥
数日経ってわかったことがある。
案外掃除は楽しいこと、そして当たり前だが、ここは元の世界とは別世界なこと。
一度、日本ではない別の国に何かあって飛ばされてなど考えたが、その可能性はすぐに消えた。
そもそも、何故森の中に捨てられたのか。
それに、この容姿の説明は、どうなるのか。
そして、最後の光景からするに間違いなく自分は死んでる。あそこから生き返って容姿も変わって別の国に、なんて考える方がおかしい。
元の世界に特別思い入れがある生活でもなかった。それに、なぜか記憶が断片的に思い出せない。多くの人に恵まれたはずなのに顔が思い出せない。声が思い出せない、歳は。性別は。そして、「ユウ」以外の自分のことも断片的だった。
そう考えつつ、窓を拭いていると最近仲良くなったコウモリさんが話しかけてくる。
「‥そんなことしなくても良いんだよ?」
「うん、でも。住まわせてもらってるし、それに掃除楽しいし」
コウモリさんは、どうやらリマの使い魔?と言う者らしく、自分を見守るために来てくれたようだった。
ここ数日、このコウモリさんと自分だけしかこの屋敷にいなかった。
なぜかこの体になって疲労もなければ、眠くなるのもなくなり、ずっと起きてるがリマが帰ってきた痕跡はない。
コウモリさん曰く、このお屋敷はリマので間違えないようだが帰ることはほとんどないらしい。
一度どこで何をしているのか聞いてみたが、それはコウモリさんにもわからないらしく、わかっていたとしても固く口止めされているらしい。
「リマ様から自由に過ごして良いって言われてるなら、本とか読んでみる?」
「‥本か〜。読めるかわからないんだよな‥」
当たり前だがこの世界に来てから見る物触る物は、ほとんど名残がないものばかり。
そもそも、お屋敷に住んだことないってのも第一にあるけど、食器も家具も所々豪華なものが並んでいる。
恐れ多くて触れないから触ってないけど。
などと考えていると、コウモリさんが一冊の本を小さな体で飛んで持って来てくれた。
「ほら、これとか子供向けだよ」
受け取って試しにパラっと開いてみるもやはり、日本語ではなくこの世界の言語で書かれていた。
「‥ごめん、やっぱ読めないや。これも、勉強しないとな」
「なら、尚更この本の方がいいよ。読みやすいのはこの本くらいだから」
何処か寂しげに言うコウモリさんに首を傾げつつ本を改めて見れば、一人の少年が描かれていて。その少年もまた青をまとっていた。汚れないように近くの棚の上に置き窓拭きを再開する。
数時間磨いていれば、黒ずんでいた窓の一枚が透明感出る綺麗な窓になった。
「‥よしっ、つぎ‥は‥。あれ‥?」
次の窓の掃除に移ろうとすると、足から力が抜けて膝をついて体が床に打ち付けられる。
その反動で水の張ったバケツが大きな音を立てて溢れる。
その音に気づいたのだろうかコウモリさんが慌てて飛んで駆け寄って来てくれる。
「おい!大丈夫?!」
その言葉に応えたいのに、胸が苦しくて喉が渇いて話せない。
まるで、何日も水を飲んでいない感覚に似ている。
苦しくて苦しくて、何かを求めて床の上で丸くなるしかならなかった。強く自分を持っていないと何かに支配されてしまうそういう感覚。
コウモリさんが何か言っている。でも、わからなくて焦っていると丁度掃除が終わった窓の淵に誰かが腰掛けていた。
「騒々しいぞ」
目だけでその姿を捉えると、リマは掃除された窓のガラスに手を滑らせて満足げにしていた。
「なるほど、エネルギー切れか。まぁ、この窓1枚くらいの助けならしてやろう」
窓から降り立ち倒れた体を少し起こされる。頭を支えられる。
そうして、何をされるのかわからない中口元に柔らかな感触。そして、その柔らかなものから流れ出す美味なもの。
それが、欲しくて欲しくてたまらなくて自らも求めてしまう。
それが、体に入り込んでいくたびに自分が取り戻せていく感覚。
乾きが潤っていく感覚を味わった。
段々と視界がはっきりとしてきて視点が合うと、リマとキスをしてる状態だった。
思わず息が詰まる。それに気づいたのかリマが口を離すと肺に入ってきた空気によってむせかえる。
「ウッ!ゴホゴホッ‥!な、何して‥?!」
リマから少し離れて口元を指で触り、今の状況に顔から火が出そうなほど熱くなる。
だが、リマは心底不思議そうに首を傾げていた。
「何って、食事だろ?お前も俺も吸血鬼なのだから、血は飲まないとエネルギー切れになるのは、当たり前だ」
吸血鬼。その単語に思考を巡らす。
吸血鬼。人の血を吸い生きていく者。人間からは恐れられる生き物。
それを、今リマを自分と一緒だと言ったか。
「え‥?吸血鬼‥僕が?」
先ほどとは打って変わって体温が下がっていくのがわかる。
自分は人間ではなかった。だから、村人は震え恐怖に飲まれていたのか。
今後自分はどうなってしまうのか。それが、恐ろしくてたまらなかった。
「僕‥何も知らない‥!だって!あの時確かに死んで‥!人間だったんだ!その時まで!なのに‥!」
言葉がぐちゃぐちゃだった。
でも確かに自分は人間で、吸血鬼になってたなんて信じられなかった。
それに対してリマは珍しいものを見るように、顎に手を当てて何か考えているようだった。
「‥一度聞いたことがある。‥別世界から来るものがいると」
「!!?そう!そうなんだ!僕は、この世界を知らない!」
立ち上がり必死にリマに問いかけるも、至って冷静なだった。
そして何か苦い顔をして舌打ちをした後人差し指で指される。
「お前は吸血鬼として生まれ変わった。そして、その命は永遠。稀な吸血鬼としてな。異世界以外の条件が俺と一緒だ」
もう、人間には戻れない。それは、間違えないだろう。それに永遠の命って。ずっと、生きていかないといけない生が途方が遠く想像もできず絶望した。
一人ぼっちなんだ。
涙が、瞳から溢れて拭うが拭っても拭っても溢れて止まらない。
「そんなに泣くことはないだろう。劣等から優秀な生き物に生まれ変われたんだ。もっと、喜ぶべきだ」
「ち‥違うよ‥全然‥うれしくない‥!だって‥だって!一人ぼっちじゃないか!これからずっと、ここで!!」
リマは何も悪くないのに。八つ当たりのように言葉を吐けば自分の胸の内も痛み、リマは驚いたように瞳を見開いていた。
あぁ、涙が止まらない。この悲しさ、寂しさを癒してくれるのは誰なんだろうか。
永遠にこの気持ちを持って生きていかないといけないだろうか。
それが、堪らなく痛くて苦しい。
そういえば、昔も確か。と思い出していると勢いよく手を引かれる。
そのまま、リマは軽い力で抱きしめて、慣れなてないのか頭を撫でてくれる。
「一人では‥ないだろ。俺がいる」
「でも、帰って来ないじゃないか」
そう言えば、図星を突かれたのかリマは黙ってしまった。
でも、抱きしめている手は離さず、涙で服を汚してるのに。
「‥わかった‥。少しは、帰ってくるようにする」
その言葉。その言葉だけで、何故か胸の内が温まっていく。
それが、嬉しくて次は嬉し涙が溢れて、声を出して泣いてしまう。
「なぜ、さっきよりも泣くんだ‥」
少しげんなりしたリマの声が聞こえるが、それがなぜか嬉しくて涙が止まらなかった。
‥‥
それから、数週間に一度リマは帰ってくるようになった。
そして、血を分けてくれる。ただ、それが緊張して緊張しすぎてどうしたものかとなやんでいる。
そして、今日もベットに腰掛けたリマの膝に乗った体制になる。
「ねぇ、リマ。本当にこの方法しかないのか?」
「お前が牙立てたくないって言っんだろ?じゃあ、これでいいじゃないか」
それは、そうなのだが。
だって、今までで一度も人に噛みついたことなければ、牙なんて立てたことない。
痛そうだし。痛い思いして欲しくないっていうのが理由だ。なぜか、リマには特別何かを持つようになった。
だけど、それ以外で方法となると最初のようにキスとなるはそれはそれで思うこともあるわけで。
前に何処かで見たことあるくらいでしかない。実際死んで変わらないと言うのなら自分はまだ、10歳なのだ。そもそも、男同士。リマは嫌じゃないのか。
キスなんてまだ経験すらないのに。
「リ、リマは、よく‥その‥するの?男の人とキスとか‥」
「?男色の趣味はあまりないからな。あまりしない。しても、これの行為の必要性がわからない。ほら、早くしろ。また、倒れるぞ」
男色。その言葉の意味がわからないが何故かモヤっとした。そうも考えてる間にも顔を固定されて、顔が近付いてきて唇がくっつく。すると、以前感じた美味たる物が口の中に流れこの状態を忘れて必死に吸う。
何度も口を離して息を吸い、再び口づけて血を吸った。
今までのどの食事よりも美味し。
そして、何よりこの状態はリマを近くで見れて好きだ。長いまつ毛に同じ青い瞳。透き通った白く透明のような肌。少し感じる温もり。
残りの血まで舐め終わると、口元を離されて自分の顔が熱い。
やっぱり、恥ずかしい。先ほどまで感じていた唇の柔らかさ、息づかい全てを思い出すと爆発しそうだ。
「お前はよくわからないな。いつまで経っても慣れん」
「‥だ、だって‥恥ずかしいじゃん!僕はあまり、こういうことしない。というか、したことない!」
キスの経験もなければ恋愛経験すらない。いや、よくよく考えて欲しい。まだ、子供の自分には早すぎるというか、わからないことばかりなんだ。こうなって当然ではないのか。
対してリマは益々よくわからないと言う顔をされて、自分だけのこの感情に腹が立つ。
まぁ、でもリマにとってこれは食事として当たり前と言ってたし、当たり前のことなのかもしれない。
とにかく早く慣れなくては。決意するも心臓の高鳴りは治まりそうになかった。
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