第4話 ウィザードパンク! 4

 質問を投げられた少女は困ったような笑みを浮かべると、あーとかうーとか言葉を探した後に、やっぱり困ったような笑みを浮かべて言った。


「どうもそうみたいだね」


 ナイヴは思わず舌打ちしそうになった。感情が前世の記憶に引きずられ憤りを感じる。

 何もかもが気に入らない、子供を殺そうとする親も、それに困った笑みを浮かべる子供も。


 何より自分をそれに利用しようとした事が。


「つまりは何か?」


 ナイヴは自分が巻き込まれている碌でもない事態を推測する。


「都市議会の議員様が? 自分の子供を殺す為に? 誘拐を偽装して? 助けようとしたと体面を保つために? 傭停ようていを雇って? 魔術技巧ウィズテクマフィアに突っ込ませて? 娘もろとも殺して万々歳?」


「どうして疑問形?」


「全部が全部、気に食わねぇからだよ」


 コイツの親は記者会見で話す為の台本も用意してるに違いない。


「えっと、ナイヴさんを巻き込む形になってしまってすまない」


「ナイヴで良い。あとお前のせいじゃねぇから謝るな不愉快だ」


 どんな間抜けな都市議員でも、自分の娘が誘拐されて、それがただのチンピラの仕業だと誤認する奴はいない。

 いてたまるかとナイヴは思う。


 畢竟ひっきょう、碌でもない結論に辿り着く。

 リィンの父親であり、都市議会の重鎮であるアラゴ・アールタイ・コンスターは娘を殺そうとしている。間違いなく。


「理由は? 思い当たる事はあるのか?」


 ナイヴに不愉快だから謝るなと言われた事がショックだったのか、ションボリした顔のリィンにナイヴは問う。


「知ればナイヴも巻き込まれるよ?」


「今更だ、どうせ俺も殺す気だ」


 というより俺を殺さないとストーリーが完結しない、迷惑な配役だ。

 ナイヴはこちらを伺うような表情から、成る程と表情をコロコロ変えるリィンを眺めながら内心で愚痴る。ナイヴはリィンのその態度にも腹が立つ。


 自分の命がまるで他人事だ。


「それで?」


 声に苛立ちが混じるのを自覚する。


「お前はどうしたいんだ?」


 リィンの困ったような曖昧な笑み。舌打ちと溜息を我慢する。


「生きたいと言っていいのかな?」


 本当に碌でもねぇな!

 ナイヴはテーブルを飛び越えてリィンの襟首に掴みかかった。




 リィン・アールタイ・コンスター、十三歳になったばかりの少女は――自分を助け出した傭停ようていのナイヴ・ライフスが、突然テーブルを飛び越えて自分に掴みかかってきた時、どうやって謝ったら許してくれるだろうか? と考えた。

 自分の何かが彼を激怒させてしまったのだろう。怒らせてしまったのは仕方がないが、せめて謝る事で彼の不愉快さを減じたい。


 親に死ねと言われて、どうしたいのかも分からない自分が出来る事なんて人を不愉快にさせないぐらいだろう。

 ダイナーの床に引き倒されながら、リィンは次に来るだろう衝撃に備え、そんな事を考えた。


「ホンっと碌でもねぇな!」


 思っていた衝撃は来ず、代わりにナイヴの怒声と自分の頭を抱え込む腕の温もりを感じた。あとガラス片と砕けたソファとか色々降ってきた。

 息つく暇も無くナイヴに襟首を掴まれ床を引きずられる。


 そうするように設計されているのだろう、ゾンビのウェイターがこちらの安否を確認しに駆け寄ってきた所に店の外から投げ込まれた二輪車が激突し血と肉をまき散らす。

 うわぁ。


「なんでバレた? 欺瞞霊体デコイはキッチリ二体ああクソ、都市管理精霊のログを見たのか!都市議員の後ろ盾があれば何でもアリだな畜生!」


 放り投げるに近い感覚で乱雑かつ乱暴に肩に担がれ、ナイヴがカウンターを飛び越え調理場へと走る。

 揺れるリィンの視界の中、大男が窓を突き破ってダイナミック入店。


「ゾンビでもドアの使い方ぐらい知ってるよ?」


「口を閉じてろ、皮肉で下を噛むとか馬鹿のやる事だぞ!」


 思わず口にした皮肉をナイヴに窘められる。

 確かにそれは馬鹿っぽい。


 調理場への侵入者を止めようとするコックゾンビをナイヴが押しのけ、押しのけられたゾンビが次の瞬間に破裂した。調理場の壁に二輪車のタイヤがめり込んでいる。

 ナイヴは裏口の扉を文字通り蹴り開けると一瞬だけ迷ってから走り出す。


「こっちは直線で逃げにくいと思うんだけど?」


 疑問が口から出た、生きて良いのかと悩む癖に。

 商業地区に続く道は小奇麗な直線で障害物は何もない。その反対方向はゴミゴミしていて逃げるに適しているように見えたからだ。


 生きるべきかと悩む自分はともかくナイヴからすると重要な点だろう。


「無関係な人間が死ぬだろうが! 目覚めが悪い!」


 そう言ってナイヴがジャケットの内から何かを放り投げると、路上に雷雲が広がる。


「杖も触媒も無しに天候系魔法とは! 凄い!」


 裏口を吹き飛ばすように出てきた大男が雷雲に怯み立ち止まる。


「残念、ただの音と光だけだ」


 リィンはそれでも凄いと思う。ナイヴは何かを放り投げたがそれ以外は殆どノーコストだ。投げたのは魔道具ウィッチクラフトか何かだろう。ここまで出来るのなら自分が手を加えたらもっと良い物が出来るかもしれないと思う。

 思った瞬間、リィンは慌てて両手で口を塞いだ。


 なんてこった! 気が付いたら無理だった、両目から涙が溢れて止まらない。

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