第3話 ウィザードパンク! 3

 無秩序で無思慮な超都市化は、平凡な田舎町を五十年余りで世界有数の大都市へと変貌させた。

 その都市に昼夜はなく、地獄と現世の区別もなく、チリの一つすら魔術的意味を持つ。


 巨大企業にマフィアはおろか、路上の物乞いですらも他人を利用しようと目を光らせ、誰もかれもが都市に渦巻く欲望に巻き込まれ魅了される。

 その都市の名前はヘカトリオス。


 都市を埋め尽くす巨大構造体メガストラクチャーはその破片一つで竜を殺しうる。




 ヘカトリオスの郊外と言う名の荒野から都市へと逃げ込んだナイヴは、車を捨てると「カルフォルニアってどこだよぉ」と腕にまとわりつく少女を連れて、目に付いたダイナーに入った。

 当然ながら食事をとる為ではない。このエルフの少女から事情を聴くべきだと思ったからだ。とにかく何かがおかしい。


 事情を確認しなければ確実に致命傷になる。

 裕福層向けの商業施設が立ち並ぶ商業地区と、貧困層向けの住宅である巨大構造体メガストラクチャーがひしめく貧困地区との境目にあるダイナーは、中途半端な時間だったせいか客はナイヴだけだった。


 ここでなら少しは落ち着いて話せるだろう。

 そう考えながらナイヴは注文を取りに来たウェイターにコーヒーを頼む。


 さっさと事情を聴きださねば、そう思って対面に押し込むように座らせた少女に視線を向けた瞬間に相手が叫んだ。


「凄い! ゾンビの店員だ! 初めて見た!」


 貧困層ではゾンビは良く使われる。ゴーレムよりも安く、メンテも簡単だからだ。裕福層向けになると人間もしくはホムンクルスになる。

 貴族種エルフの少女は当然ながら見るのも初めてだろう。


「食いたい物があったらさっさと注文しろ、奢ってやるから」


 ナイヴは溜息を押し殺しながら「プロテインは一日何グラム必要なの?」、「プロテインは動物由来?植物由来?何でもいいの?」と、ゾンビには答えられない質問を投げまくる少女に言った。俺が奢ってやるなんて激レアだぞ。

 じゃあこの体に悪そうな色のパンケーキ! 何が楽しいのか毒々しい色のクリームがのったパンケーキの写真を指差し少女が笑う。


 ナイヴはこんな事で溜息なぞ吐いてやるかと、溜息を飲み込み言う。


「とりあえず自己紹介だ」


 つい先ほど死にかけたとは思えない顔の少女を見る。


「俺の名前はナイヴ・ライフス。見たら分かると思うが独立調停官だ」


 ナイヴはジャケットの右胸を指さす。独立調停官、傭停ようていである事を示す、正方形が二つ重なったエンブレムが彫られたバッチ。色が銀色なのでギルドに所属していない独立フリーの調停官だと分かる。


「お前の名前は?」


 ゾンビが持ってきた、薄いコーヒーと不健康そうなパンケーキを興味深げに見ていた少女が顔を上げる。


「私の名前はリィン・アールタイ・コンスター」


 少女が困ったような笑みを浮かべ、ナイヴは絶句した。


「その顔は分かっているみたいだけど、都市議会議員の娘だよ」


「今日だけで何回溜息を吐かせる気だ畜生」


 我慢しきれず溜息を吐きながらナイヴは愚痴をこぼす。まさかのヘカトリオス都市議会の重鎮の娘だ。厄介と碌でもないが目の前でスクラムを組んでいる。


「溜息を吐くと何か問題があるのかい?」


 リィンが興味深げに訊いてくる。


「溜息を吐くと幸せが逃げていくんだよ」


 薄いコーヒーを啜りながらナイヴが応える、現実逃避とも言う。深く考えたくなかった。


「面白いね、それは魔術かい?」


 ただのマジナイだよ、そう質問に答えながら頭をかく。いつまでも現実から目を背けているわけにはいかない、それに巻き込まれている最中は特に。

 人工精霊には適当に目立つように車を走らせろと命令したが、そんな物がいつまで持つか分からない。


 溜息が出る。


「お前、親に命を狙われているのか?」


 それは疑問形だったが、確信の籠った声だった。

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