第2話 ウィザードパンク! 2

 自分が何者であるのかを自覚した時、ナイヴ・ライフスは戸惑いよりも納得感が先に立ったのをよく覚えている。

 普通ならまず自分の正気を疑うような、自分は異世界から転生してきたという自覚をすんなり受け入れたのもそのせいだ。


 パズルのピースを嵌めるように、今まで自分が感じてきた違和感の正体が露わになっていく感覚。それは全能感にも似ていたが、それと同時に九歳だったナイヴを暗澹あんたんたる気分にさせた。

 世界がちょっと酷すぎた。


 前世の記憶から引っ張ってきた言葉で言うなら、サイバーパンクな世界だった。

 それも碌でもない方の。


 雨とかネオンとか巨大な高層ビルに、巨大企業が世界を牛耳っていて超が付く格差社会で、ニヒルな笑みを浮かべて「この街では誰も信じるな、それが鉄則だ」みたいな台詞が似合いそうな、そんな世界だった。

 唯一、違う点をあげるとするならば、電脳サイバーではなく、魔術ウィザードをそのテクノロジーの根幹としていた事だった。


 九歳のナイヴ・ライフスからすれば、大した違いでは無かったが。




 

 侵襲魔術ハッキング、前世の記憶を使ったナイヴの奥の手は追手の大男に効果覿面だった。

 ターミネーター元カルフォルニア州知事みたいな勢いで走っていた大男は、体を不自然に硬直させると車道をその体重で削りながらスっ転ぶ。常人なら死んでもおかしくない勢いで転んだ男だったが、執念深く地面から剥がしたその顔はハッキリと自分を睨みつけているのがナイヴには分かった。


 おっかねぇ。

 今にも追撃がきそうだったので、殺しきれないのを承知で魔術を使ったが、正解だったとナイヴは安堵した。殺しきれなかったのが残念だが、欲をかいていれば死んでいたのは自分の方だった。

 

 人造魔人ウィズボーグ相手なら、コストを無視すれば自分はそこそこ戦える。自分の自信が間違っていない事を再確認しつつ、急遽路上でオープンカーに改造された車内に引っ込む。

 どっと疲れが押し寄せてくる。


 碌でもない異世界の、碌でもない街の、碌でもない産まれ《孤児》で、碌なチートも無かった。

 チートも身分も何もないからと、生きる為になった傭停ようてい、独立調停官だが、ナイヴは首をさする。


 ここまで滅茶苦茶なのは久しぶりだった。

 ナイヴは後部座席にグッタリと座りながら口から出そうになる溜息を堪える。


 バー『無駄働き』のオーナーは金に汚いし性格も口も悪いが、自分が世話をしている傭停に嘘を教える程には終わってない。

 だとしたら依頼主が最初から嘘をついていた事になる。


 なるのだが、依頼主が誘拐された娘の親である、というのは裏を取っている。

 依頼主が、誘拐犯が魔術技巧ウィズテクマフィアである事を知らなかった? そんな馬鹿な話があるか? あの大男は少なくとも第三位階以上の人造魔人ウィズボーグだぞ?


 ちょっとした魔術技巧ウィズテクを体に移植しただけの第一位階の半端ものチンピラじゃない。

移植率10%以下の第一位階はともかく、移植率30%を超える第三位階は組織にとっても重要な戦力だ。

 ただの誘拐事件で出てくるようなコマじゃない。


 ああ、糞。ナイヴは喉元までせり上がってくる溜息を必死で飲み干す。

だがまぁ、この街ではいつもの事なのだ。

 誰かが誰かを利用しようとし、今回はその最終的なツケを払うのが俺というだけなのだ。


 そんな生活から抜け出す為にナイヴは傭停をやっているのだ。

時には街の伝説になり、馬鹿と馬鹿の間を飛び回り跳ね転がり、騙され、血を吐き、腹に穴がいたり、悪魔の生贄にされそうになったりしながら。

 ナイヴは思わず顔を覆った、全て身に覚えがあった。


 碌でもねぇ仕事をしてるな俺、本当に碌でもない。

 いつかは金を貯めて自分の事務所を立てて人を雇って悠々自適な平穏な生活をするという夢の為に。


 誰でもなれて、誰でも一攫千金の夢がある傭停をやっているが、自分は何かヒドイ間違いをおかしているのではないかと、ナイヴは深刻な疑問が湧く。

 その考えを断ち切ったのは――貴族種エルフの少女の声だった。


「ねぇ! カルフォルニアって何なの!?」


 その声に、もっと言うのならば隠す気のない好奇心でギラギラと光る瞳を見て。

 この状況でよくもまぁそんな疑問が出てくるもんだと、ナイヴは我慢に我慢を重ねた溜息を吐いた。

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