第39話 ナユハを救う、そのために
お爺さまがおばあ様と一緒にさっそく国王陛下を強襲――じゃなくて名簿を探しに行ってくれたので、待っている間に他の準備をすることにした。まずはお父様の書斎に足を向ける。
『次は何をするの?』
隣でふよふよ浮いている愛理が尋ねてきたので、私は先ほど受け取ったばかりの金貨を手のひらに載せて愛理に見せた。
「とりあえず、お父様に会ってこの古い金貨を現行の金貨に両替してもらおう。で、それだけじゃ『計画』の資金には足りないから、王都のどこかに店舗を借りて写真屋さんをやろうかなって」
両替も店舗探しもレナード家当主であるお父様に相談すれば何とかなるはずだ。
幸い、カメラやフィルムは妖精さんに頼めば手に入ることだし。
発明家を目指す私的には自分で開発したカメラやフィルムを使いたい。けれど、そんなことをしていてはナユハが手遅れになってしまう可能性があるのでここは異世界の産物の力を借りることにする。
『貴族向けの写真館だっけ?』
「そうそう」
最初から一般庶民向けにやったって売れないだろうし、一般向けの安めの値段設定をしたら妖精さんが(フィルムの報酬となる私の血で)酔っ払い過ぎちゃうからね。まずは貴族向けに高めの値段設定で荒稼ぎしないと。
何年かすれば魔法技術で類似品が出回って、値段も下がるんじゃないのかな? 一般の方々にはそれまで我慢してもらおう。
『お見合い写真での需要って話だけどさ、お見合い用の肖像画って本物より美人に描くことが多いんでしょう? そのままの姿が映っちゃう写真って人気出るのかなぁ?』
「むしろ、男性側からは好評になると思うよ? 実際、『詐欺だこれ!』って叫びたくなるような肖像画が量産されているらしいし。見合い会場で騙されたことを知るくらいなら、本当の姿が映る写真の方がいいに決まってる。貴族女子だって、そのうち男性からの好感度が高い写真を選ぶようになるさ」
ただまぁそうなるには多少時間がかかるだろうから、まずは新しい物好きな貴族に売り込んだ方が早いだろうね。
新しいもの好きな貴族、で最初に思い浮かんだのは姉御ことキナ・リュンランド大神官だった。
細かいことを言えば姉御はもうリュンランド侯爵家を出ているのだけれども、姉御が大神官に任命されてからは侯爵家から実子と認められてそれなり以上のお小遣い(というか口止め料?)をもらっているらしいので貴族みたいなものだろう。
(さて、と)
お父様の書斎前に到着。扉をノックしながら私は今後の予定を漠然と考える。
(店舗の準備ができたら、まずは姉御に話を持って行こうかな。王宮教会の大神官として顔が広いらしいし、姉御が気に入れば他の貴族からも注目されるはず)
……噂をすれば影ということわざが前世にはあった。あるいは、曹操のことを話すと曹操がやってくる。
まぁつまり何が起こったかというと――
――書斎のドアを開けると、キナの姉御がいた。
しかも状況が中々に中々だ。
部屋の中に設置された執務机と椅子。そこに部屋の主であるお父様が座っているのは自然な光景だ。
ただし、その左腕をキナの姉御が抱きしめて、反対の右腕を赤毛の女性が引っ張っているという状況は中々に理解が難しい。
いや、普通に解釈すれば『お父様を取り合って二人の女性が争っている!』になるのだけれども……。その取り合っている女性の一人がキナの姉御というのが私から理解というものを遠ざけてしまっていた。
当然というか何というか、両手に華な状況だというのにお父様はいかにも胃が痛そうな顔をしていた。両手を美人二人にふさがれているので胃を押さえられないのが少々哀れですらある。
……あれ? おかしいな? ナユハを救うと決めて、お爺さまからも真面目なお願いをされたからにはシリアスな展開に突入したと思っていたのに……。緊迫した雰囲気がどこかに吹っ飛んでしまったような気が……。
『さすがシリアスブレイカーだねー』
『真面目な空気をぶっ壊せー』
『よっ、天然コメディ人間ー』
『シリアスが五分と持たない女ー』
どこからか現れた妖精さんにからかわれてしまう私である。今回シリアスをブレイクしたのはお父様だというのに、頭の中で璃々愛が大爆笑しているのが超ムカつく。
……ちなみに。姉御の反対側でお父様の腕を引っ張っているのは、お父様の秘書兼メイドであるシャーリーさん。学院を卒業後、うちで働き始めて一年ほど経つ19歳。緋色に近い赤髪が印象的な、少し地味ながらもメガネの似合う美人さんだ。
いや姉御が『金髪碧眼 & 巨乳 & シスター服』というかなり目立つ容姿なので結果的にシャーリーさんが地味に映ってしまうだけで、姉御がいなければシャーリーさんも町中の男の視線を独占するだろうハイレベル美人さんだ。
しかしまぁタイプが違うとはいえ絶世の美人二人に取り合い(?)されるとはねぇ……。
「……お父様もお盛んですわね」
私はいい笑顔で親指を立てた。前世で言うところのサムズアップ。もちろんこの世界にそんな文化はないのだけど、お父様は魂で意味を感じ取ったらしい。
「違うからね!?」
お父様は否定するが説得力は皆無である。
「いえいえわかっていますわお父様。お母様が亡くなられて6年ほど経ちますものね。慣習から見てもそろそろ後妻を迎えていい頃合いですわ。それにあまり長く独り身でいますと変な貴族から変な女を押しつけられるかもしれませんし」
「絶対わかってないよね!?」
「わかっていますわよ。リュンランド侯爵家の血を引くキナの姉御と、男爵家の娘ながらランクA の鑑定眼(アプレイゼル)持ちのシャーリーさん。えぇ、レナード家的にはどちらを選んでも問題ありませんわね。むしろ両方手籠めにしてしまっては?」
「理解の方向が間違っている!」
「……いえ、この状況では
まったくこれだから男ってやつは……と、呆れながら私がキナの姉御に視線を移すと、姉御はお父様の腕を抱きしめる力をさらに強めた。これがマンガならきっと『たゆん』とか『ぷるん』的な擬音が鳴っていることだろう。巨乳ってすげぇ。
「あぁ、ダクスの旦那にゃあリュンランド家を出奔して金がない時代に大変お世話になったからなー。受けた恩は返さなきゃならねぇ。なぁ旦那、独り身が寂しいってんなら慰めてやるのもやぶさかじゃねーですぜ?」
獲物を狙う肉食獣のように笑いながらそんなことを口走る姉御である。ほんとにもう黙ってさえいれば貞淑な聖職者にしか見えないのに、璃々愛とは違った意味での残念美人さんだ。
あ、ダクスというのはお父様の名前ね。
私が苦笑しながらお父様の左手側――シャーリーさんに視線を移すと、彼女はゆっくりと、しかし過剰なほど多く首を横に振ってみせた。
「違います。リリア様が邪推するような関係ではありません。ただ、リュンランド様の相手をしていては旦那様の仕事が滞り、旦那様の秘書でありメイドである私の仕事にも支障が出るのです。えぇ、ですからこの行動は仕事のためであり他に意味は微塵もございません」
何とも早口で釈明するシャーリーさん。そんな彼女を見て愛理は目を輝かせ、璃々愛は(私の頭の中で)『つ、ツンデレだー! まさかリアルでお目にかかれる日が来ようとは!』と大絶叫していた。たぶん愛理も似たようなことを考えているのだろう。
なんだか頭が痛くなってきたので前世組から意識を遠ざけ、改めてお父様たちに目を向ける。
「…………」
一方は若くして大神官に任命された金髪巨乳シスター。もう一方はまだ19歳の秘書兼メイド。そんな美人さんがお父様をめぐって(?)争っている。娘として、私にできることは一つしかなかった。
アイテムボックスからインスタントカメラを取りだし、パシャリと一枚。
うんうん、何かと注目されるレナード家の現当主が、王宮教会の大神官と若い秘書兼メイドを侍らせて(?)いる。こんな写真を貴族向けの新聞社に売り込んだらトップニュースになるんじゃないのかな?
絶対にいい値段で売れるよね。
人としてどうかと思うけど、いたいけな少女(ナユハ)を助けるための資金集めになるのだからしょうがない。うん、しょうがない。
「リリアそれは何かな!? なぜかとっても嫌な予感がするんだけど!?」
カメラの存在を知らないお父様だが、歴戦の経験で危機を感じ取ったらしい。ちょうどフィルムに画像が浮かび上がったのでお父様に手渡す――のは、美人二人に手がふさがれているので無理だったから執務机の上に置いた。
まるで世界を切り取ったかのようなリアルな『絵』を目にしてお父様だけではなく姉御とシャーリーさんも目を丸くしている。
「ほぅ! リリアなんだそれは!?」
予想通りというか何というか、新しいもの好きな姉御が食いついた。お父様からあっさりと手を離し、私が手にしたカメラを上から横から観察する。
「カメラという……魔導具みたいなものですわ。ちょっと緊急でお金が必要になりまして、これを使ってお金儲けをしようかと」
「ははぁん? ずいぶん穏やかじゃない話だな? それは後で詳しく聞くとしてだ、この『かめら』ってのはどう使うんだ?」
「ええっとですね……」
簡単に説明すると姉御は即座に理解したようだ。私を被写体にしてさっそく一枚撮影する。思わずピースサインをしてしまったのはご愛敬。
姉御はフィルムに画像が浮かび上がってくる様を目を輝かせながら見つめ、私と写真を比べながら全身で驚きと感動を表現していた。
うん、黙ってさえいれば清楚なシスターさんなんだけどね。やっぱり璃々愛とは別の意味での残念美人さんだ。
「すげーなー、まさしく生き写しじゃねぇか。リリア、この『しゃしん』ってヤツ貰ってもいいか?」
「……あー、いいですよ」
その写真の被写体は私なのでちょっと恥ずかしいのだけど、このままだと話が進まなそうだったので半ば諦めの境地で了承した私である。
気を取り直して。お父様と向き合った私は先ほど受け取ったばかりの金貨を机の上に置いた。
「このカメラで一儲けするにあたり、店舗を借りるために少々お金が必要でして。この金貨を現行のものへと両替して欲しいのです」
何かをするのに元手というものは必要だからね。
机上に広げられた金貨を見て真っ先に反応したのはお父様――じゃなくてシャーリーさんだった。
「そ、それはっ!?」
金貨の価値を知っているであろうシャーリーさんがお父様から手を離して身を乗り出してきた。
シャーリーさんはランクA の鑑定眼(アプレイゼル)持ち(だからこそ商人であるお父様の秘書をやっている、決してお父様が若い女が好きだからではない)なので鑑定士としての経験は豊富だ。それはもう一目見ただけでこの金貨の価値を見抜けるほどに。
「シャーリーさん。両替のために鑑定をお願いしたいのですけれど」
私が微笑みかけるとシャーリーさんはゴクリと喉を鳴らし、少し震える手で金貨を手に取った。
シャーリーさんの瞳が淡く煌めいた。この国にも十人程度しかいないランクA の鑑定眼(アプレイゼル)。
その鑑定結果を疑う必要はない。鑑定眼(アプレイゼル)持ちの鑑定士が鑑定結果を詐称すると二十年以上の懲役が科せられるし。
ちなみに私の左目は鑑定眼(アプレイゼル)としての機能もあるので、一応私も鑑定士としての資格を持っている。まぁ9歳の鑑定結果を誰が信頼するのかって話であり、資格を取っただけで特にお仕事をしているわけではないけれど。ときどきシャーリーさんでも判断に迷う鑑定を手伝うくらいで。
鑑定が終わったのかシャーリーさんが小さなため息をついた。
「……本物ですね。『巫国』、それも狂王ランドルフが鋳造した金貨。歴史的な価値を考えればこの一枚で現行金貨50枚分になるでしょう」
つまり日本円で500万円くらいかぁ。たしか前世のアンティークコインは3,000万円の値が付くものもあったらしいから、それに比べれば安い――いやいや十分高価だよね。ここにある3枚で1,500万円くらいだよ?
正直、私の想像よりも高価だった。写真館で一儲けする必要はなさそうだ。つまりそれだけ早くナユハを助けられるということ。
「ではお父様。現行金貨への両替をお願いできますか?」
胃が痛むのかお父様はわずかに頬をひくつかせた。
「……金庫を開ければそのくらい入っているだろうけど、一体何に使うのかな?」
「友達を救うためですわ」
友達のために金貨を手放すとはなんて素敵な友情だ! と、いう展開にはならなかった。
お父様がスッと目を細めた。いくつもの激戦をくぐり抜けてきた商人としての顔だ。
「リリア。友情に金銭を絡ませてはいけないよ。特にレナード家はお金持ちなのだからね」
「お父様。お金でしか解決できないことは確かにあります。……いいえ、時間をかけて誠心誠意お話をすれば納得していただけるかもしれませんが、彼女にはそんな時間もないのです」
私の言葉にお父様の顔がわずかに曇った。
「彼女とは、ナユハ・デーリンのことかな?」
「はい。私の友達です」
「……デーリン家は人身売買によって当主が処刑され、没落した。そのデーリン家の子供と友情関係を築くのはレナード家にとって大きなマイナスだ。それに、黒髪――」
「――わかっていますわ」
そう、わかっている。
「レナード家を守り発展させることが当主であるお父様の至上命題。デーリン家の娘を鉱山で働かせるくらいなら目をつぶるとしても、実子の友人にすることは許されない。敵対貴族からしてみれば絶好の口撃(・・)目標となりますものね。しかも黒髪黒目であるならば尚更ですわ。きっと商売にも影響が出ることでしょう」
わかっている。わかっているのだ。お父様は正しいし、大人として子供に現実というものを教えなければならないときもあることくらいは。
それでも、お父様の言葉を途中で止めてしまったのはマズかったから。
最後まで聞いてしまったら。
お父様の考えを理解していながらも、それでも許せなくなってしまうもの。
私は、お父様のことが好きなのだ。
好きなままでいたいのだ。
胸に手を当て、お父様の目を真っ直ぐに見つめる。
「……お父様。私はお父様にとても感謝しています。このような銀髪赤目で騒動ばかりを呼び込む私のことを娘として愛してくださっていますもの。お父様が胃を痛めながらも様々な注意助言をしてくださったからこそ、私はギリギリのところで人としての道を踏み外さず、貴族社会の一員として過ごすことができたのです」
「……私もだ。私は、リリアのことを誇りに思う」
少し悲しげな目をしたのはこの後の展開を予想したからか。
「私はお父様が好きです。お爺さまも、おばあ様方も、アルフも、この家で働く執事さんやメイドさんたちも好きです。まぁつまり私はレナード家が大好きなのです」
だからこそ。
「私の行動がレナード家に害をなすというのなら、致し方ありません。私はレナード家と縁を切り、それからナユハを救ってみせましょう」
どうしてこうなった、とは口にしない。
これは私が考え、私が決めた道なのだから。
私の宣言にお父様とシャーリーさんが何かを耐えるように拳を握りしめ、対照的に姉御は『よく言った!』とばかりに拳を握りしめていた。姉御も実家から出奔した経験があるものね。
そして――
――ちゅどーん、と。結構な大きさの爆発音が廊下から響いてきた。
続いてドアが開いた音がする。
思わず振り向くと、そこにいたのはリースおばあ様とアーテルおばあ様だった。リースおばあ様はどこか誇らしげに何度か頷き、アーテルおばあ様は嬉しそうに長い耳を揺らしている。
リースおばあ様がそれなりに上質な紙束を私に手渡してきた。――デーリン伯爵家による誘拐事件に関する報告書。これを見れば被害者の氏名もわかるのだろう。この世界にはまだ個人情報保護法なんてものはないので遠慮なく受け取る。
「リリア、よくぞ言いました。その通り。人を超える力を持つあなただからこそ、時には誰かのためにその力を使わなければなりません。一番大切なことを学んでいたようで安心しました」
と、リースおばあ様。
「えぇ。まったく、見事な啖呵でした。まるで若き日のガルド様を見ているかのよう。血のつながりこそありませんが、リリアが私の孫であることを誇りに思います」
と、アーテルおばあ様。
……なんだかとってもいい雰囲気を醸し出している二人ですけれど、あの、気絶して廊下に倒れているお爺さまは見て見ぬふりをするべきですか?
私の視線に気づいたのかリースおばあ様が解説してくれた。
「リリアが縁を切ると聞いてガルドが前後不覚に陥りまして。暴れられても面倒なので気絶させました」
“神槍”を気絶させるとかリースおばあ様もたいがいバケモノじみている。いやアーテルおばあ様も協力したんだろうけどさ。
「……といいますか、当然のように盗み聞きしていたんですね?」
「リリアの覚悟を確かめなければなりませんでしたから。人を一人救う。言葉にすれば簡単ですが、実行するにはそれなりの代価が必要な場合もあります。そして、リリアにはその代価を払う覚悟がありました。……孫が覚悟を示したのです、私も協力しなければならないでしょう」
リースおばあ様がアイテムボックスに手を伸ばし、取り出した革袋を私に手渡してきた。ずっしりと重い。銀行などで使われる定格の革袋なので、満杯なら現行金貨100枚が詰まっているはずだ。日本円にすると1,000万円くらい。
「もちろん私も協力しますよ。私だってリリアの祖母なのですから」
アーテルおばあ様からも同じ大きさの革袋を受け取る。これだけで金貨200枚。2,000万円ほどの価値がある。ちょっと手が震えてしまったのはしょうがないと思う。
そして、
「おっと、大御所二人が動くってのに、あたしが黙っているわけにゃあいきませんね。あたしはリリアの“姉御”なんですから」
キナの姉御が同様に三つ目の革袋を。なんだかもう前世が庶民だった身としては貴族の金銭感覚に笑うことしかできない。
あ、あとシャーリーさん。ねだったりしませんから悲しそうな顔で財布を見なくても大丈夫ですよ。金貨をぽんぽん手放せるこの三人がおかしいだけなんですから。
「よし、そうと決まりゃあ準備と行くか! リリアが何をするかは知らねぇが、あたしが力になれることもあるだろう! なんだったら経験者として上手な家出のやり方を教えてやるよ!」
姉御が私の背中をばんばんと叩いてから、私の右腕を抱きかかえるように掴んだ。
姉御がドアへと向かい、私が否応なく引っ張られはじめたところで――
「――待ってくれ」
お父様が静かに声をかけてきた。隣にいたシャーリーさんに小声で命令し、シャーリーさんが壁に備え付けられた金庫から革袋を三つ持ってくる。
「両替した分の金貨だ。受け取ってくれ」
おばあ様たちに渡されたものと同じ革袋が三つ。つまりは金貨300枚分。シャーリーさんの鑑定では3枚で現行金貨150枚分だったはずだから倍。いくら何でも多すぎる。
「……鑑定結果では150枚なのですが、よろしいのですか?」
「いいさ。心ない言葉でリリアを傷つけてしまったからね。せめてもの謝罪として受け取ってくれ」
お父様は意外と頑固で粘り強い(そうでもなければ私に根気よく助言や注意はできない)ので大人しく受け取っておくことにする。
ナユハを救うための資金はまだどれだけ必要かわからないし、もし余っても、私はレナード家を出るのだからお金はあった方がいいものね。姉御も家を出た直後はお金関係で苦労したらしいし。
と、私は自然な流れでレナード家からの出奔を覚悟していたのだけれども。お父様は最後に一つ、何でもないことのように付け加えた。
「あぁそれと、事が終わったらナユハちゃんを連れてきなさい。そうだね、ちょうどリリアの専属メイドがいないことだし、レナード家がメイドとして雇用しよう。彼女が望むなら養子に迎え入れてもいい」
「…………」
たぶん、お父様に驚かされたのはこれが初めてだと思う。いつもは私が驚かせてばかりだったからね。
「よ、よろしいのですか? ナユハはデーリン家の娘で、黒髪黒目ですが」
予想外の事態にそんなことを確認してしまう私である。
「いいさ。リリアがそこまでの覚悟をしているんだ。親として子供と、子供の友達を守るのは当然のことさ」
「お父様……」
「それに、レナード家の『敵』をいぶり出す絶好の機会だからね。新興の貴族というのは色々と大変なんだよ。お金持ちなら尚更だ」
「……あ、そうですか」
最後にさらっと恐いことを口にするお父様であった。さすがはレナード家現当主。甘いだけでは務まらないということか。
うん、それは理解するけど、でもね、途中までの私の感動を返してくれ。せっかくいい感じに話がまとまりそうだったのに……どうしてこうなった?
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