第38話

ナユハを救う、そのために。




 ナユハを暴漢から救い出してから三日。愛理と一緒に『第二回・美少女ナユハを救おう会』を開催した私は、大体の方針を決めると共に、どうしても大人の協力が必要だと痛感した。


 いくら魔法の才能があるとはいえ、私はまだ9歳の子供。大人じゃないとできないこともたくさんある。


 と、いうわけで。私と愛理はお爺さまの元へと突撃した。発掘した金貨についても話を聞かなきゃいけないしね。


「……リリアか。丁度いいところに来たね」


 出迎えてくれたのは30代前半くらいに見えるお爺さま。実年齢からしてみれば若作りだけど、銀髪持ちで老化の遅いリースおばあ様や、エルフであるアーテルおばあ様に比べると十分“人間らしい”若々しさだと思う。


 愛理が隣にいたせいか予想した『リリアちゃ~ん!』抱きつきはなかった。一安心。


 口ぶりからお爺さまも私に用事があったみたいなので、まずはお爺さまの話を聞くことにする。


 お爺さまの用件とは鉱山で私たちが見つけた金貨の山についてだった。すでにお爺さまとの話し合いで、金貨の取り扱いについては鉱山権利所有者であるレナード家に一任してある。


 金貨は今発掘作業の最中で、とりあえず鑑定のためにおばあ様が革袋一つ分を(用事を終えて王都に帰ってくるついでに)持ってきたらしい。


 そんな説明をしながらお爺さまが机の上に広げた金貨はおよそ100枚。現行のものに比べると少々作りが雑だ。


 それもそのはず。この金貨は前王朝で使われていたものだから約1,000年前のもの。金貨よりは歴史的遺物としての価値が高い、らしい。


 お爺さまとお父様たちが話し合った結果、発見した金貨の九割は王国に寄付して、残りの一割を土地所有者のレナード家が受け取って鉱山の労働環境改善に使うことになったそうだ。


 そして、レナード家が手にした一割の金貨のうち、発見者である私の取り分は金貨三枚。前世の基準で考えれば発見者は五割もらえたはずなので、それを考えれば少なすぎる割合となる。


 けれど、最近魔物の出没が急増して国家財政が危機的状況であると言われれば九割寄付にも納得するしかない。あの鉱山はかつて王領地だったらしいし、発掘した金貨も元々は国家の資産であったと考えれば順当とすら言えるんじゃないかな?


 それと鉱山の労働環境改善も、ナユハという鉱山労働者の友達ができた私としては大賛成。私がナユハを救い出しても、鉱山労働者がいなくなるわけではない。落盤事故などの危険を減らせるならどんどん使って欲しいくらいだ。


 ……とは、言うものの。

 正直、ナユハを救うために今私がやろうとしていることには『資金』が必要となる。ワガママを言って金貨をもっと分けてもらいたいのが本音だ。


 でも、それをしたら魔物被害に苦しむ人々や鉱山労働者の労働環境改善に回るお金が減ることになる。そんなことは絶対に許されないし、何より私がナユハに合わせる顔がなくなってしまう。


(急いては事をし損じる)


 前世のことわざを思い出しつつ、私は何度か深呼吸をした。こちらの取り分である金貨3枚を受け取って、今度は私の用件をお爺さまに説明する。


「……お爺さま。デーリン伯爵家の誘拐被害者名簿のようなものはありますでしょうか? あるようでしたら是非とも私に貸し出していただきたいのですけれど」


「誘拐被害者名簿?」


「えぇ、そうです。お爺さまなら手に入れられると思いまして」


「……国王陛下(リージェンス)に頼めば、担当部署に残された資料を探し出してくれるだろうが……。なんでまたそんなものを欲しがるんだい?」


「ナユハを救うためですわ」


「……いいだろう。リージェンスに頼んでおこう」


「よろしいのですか? まだ詳細の説明をしていませんが」


「成功すればそれでよし。失敗しても、それはリリアの人生にとって糧になるだろう。――それに、俺はナユハを救おうとして何度も失敗したからな。リリアの作戦を偉そうに批判できる立場にはない」


 口調が冒険者時代に戻っているのは、それだけ心に余裕がないからか。

 お爺さまは私に近づいてきて、私の両肩を強い力で掴んできた。


 槍を振るい続けてきた武人の手。

 金貨の山を動かす商人の腕。


 私では想像すらできないほど波瀾万丈の人生を歩んできた一人の男が、深く、深く頭を下げた。


「アインリヒ――、ナユハの父親は、俺が教師役をやっていた。学生の頃はよく一緒にバカなことをやってな……。最後はああなってしまったが、俺は今でもあいつのことを嫌いにはなりきれん。だから、頼んだ。あいつの娘を、罪のないナユハを救ってやってくれ」


「当然ですわ。お爺さまの事情は正直どうでもいいですが、ナユハは私の友達ですもの」


「……リリアらしいな」


 力なく微笑んだお爺さまはこのときだけ年相応の老け方をしているように見えた。


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