第29話 シリアス・デストロイヤー


 王宮の現状から目を逸らした私は大聖典を開いた。この大聖典はさすが秘蔵の書だけあって目次を使う必要がない。適当に開いただけで使用者が今一番必要としているものが浮かび上がってくるのだ。


 羊皮紙に表示されたのは一つの祝詞。神々を称えし聖なる歌だ。


「――六根清浄 急急如律令」


 疾く早く心身を清めよ。ってとこかな? 除霊する側の人間が汚れていたら意味ないし。ふふふ、前世からの中二病だから呪文には詳しいのだよ。


 え? なんで中世ファンタジー風な世界観で“神々を称えし聖なる歌”の始まりが陰陽師が使うような呪文なのかって? ……そんなこと、私が知るか。文句なら大聖典を書いた人に言ってくれ。


「――朱雀 玄武 白虎 勾陳 帝禹 文王 三台 玉女 青龍」


 これは確か前世で言うところの九字。

 意味はよく知らない。だって私は神官じゃないし。

 ただ、ゲームにおける未来の“聖女”である私が唱えたおかげか意味が分からないままでも十全の効果を発揮してくれた。


 リッチの足下に円陣と、その中に記された五芒星が浮かび上がる。五芒星の周りに記された文字はこの世界のものよりむしろ古文の授業で見た文体に近く……やはり陰陽師っぽい。


 そういえばソシャゲ版の職業に“陰陽師”があったな。中世ファンタジー風の世界観なのに。


 そんな知識を思い出している間に円陣が光り輝き、光の粒子がリッチの身体を包み込んでいく。浄化にして浄火の光だ。


『ばかな!? こんな小娘に! わが二十年の恨みが――』


 最後まで醜く。リッチとなった復讐者はあっさりとその物語を終えた。いやほんとにあっさりと。私でもビックリするほどに。ここは最後の力を振り絞って呪いでもかけてくる場面じゃないのかな?


「…………」


 背後でお爺さまが微妙な顔をしているのが分かる。見なくても分かる。そういえば知り合いっぽい感じでしたものね。空気読めなくてごめんなさい。


 さて。やらかしてしまったものはしょうがない。リッチのことは綺麗さっぱり忘れるとして……今は愛理さんのことを優先するか。


 この世界は幽霊に対してある程度寛大だ。地縛霊や浮遊霊などは魔物として分類され、害がないなら放置されるのが基本。というか王宮の大図書館の司書長はリッチであるという噂もある。


 だから愛理さんが望むなら幽霊として存在していてもいいし、成仏を望むならお手伝いもできる。この屋敷は解体するから地縛霊をやってもらうわけにもいかないけど、何だったら魔術を施しやすい宝石に他縛(・・)してしまって――


 私が今後の対応を考えていると、状況が動いた。


 私の後ろに隠れていた愛理さんが光の粒子に包まれ始めたのだ。

 ゆっくりと、まるで成仏するかのように天に昇っていく愛理さん。


 もしも愛理さんがこの世に止まっていた理由が地縛でも自縛でもなく、リッチによる他縛だった場合。そのリッチが成仏した以上愛理さんを縛り付けるものは何もなく。自然の摂理に従って魂が天に昇るのもおかしな話ではない。


 そう、おかしな話ではない。


 でも、それでいいの?

 自分の意志に関係なく成仏してしまうだなんて……。


 愛理さんは若くして死んだんだよ?

 もっと人生を謳歌したかったんじゃないの?


 二十年近くリッチに縛り付けられていたんだよ?

 解放されてすぐ成仏してしまうなんて……そんなのはおかしいとは思わない?


「…………」


 私は愛理さんと同じ時を過ごしたわけではない。親友だったのはあくまで前世の私であり、今世の私はその記憶を持っているというだけの話だ。


 でも、わたしは覚えている。


 夢を語った彼女の姿を。

 楽しそうに笑う彼女の姿を。

 失恋して泣いた彼女の姿を。


 時には希望に満ちあふれ、時には喜びを爆発させ、時には思い切り嘆き悲しんでいた――親友。


 わたしの親友は誰よりも素直に、誰よりもはっきりと感情を表現していた。


 そんな親友の姿をもう少し見ていたいと思うのは……我が儘だろうか?


 ……我が儘でもいい。


 私は子供なのだから、ちょっとくらいの我が儘は許してもらえるはず!


「愛理っ! ちょっと待っ――へぶ!?」


『へ!? 痛っ!?』



 ……ここで状況を説明しよう。




 ①天に昇る愛理さんをとりあえず引き留めようとして腕を引っ張った美少女リリアちゃん。


 ②急に引っ張られて体勢を崩した愛理さん。足場のない空中なのでそのまま倒れる。


 ③私の鼻と愛理さんの顎がごっつんこ。


 ④私、鼻血出す。




 幽霊なのに堅いってどうなんだろうね? おかげで油断して鼻血出しちゃったよ。どうしてこうなった……。


 結構な勢いで――それこそ鼻血が出るほどの勢いで――ぶつかってきた愛理さんは必然的に私に覆い被さるような格好となり、当たり前のように鼻血は愛理さんの身体にかかってしまって……。



『じゃじゃじゃじゃーん!』

『ここに血の契約は結ばれたー』

『妖精さんの名においてー』

『笹倉愛理をリリア・レナードの使い魔・・・として認めようー』

『だってその方が面白そうだしー』



 とんでもない爆弾発言を妖精さんーズがしてくれた。


 いや魔法使いが血を使って契約するのは普通だし、超常的な存在である妖精さんが従僕契約の立会人になるのもまぁわかる。それに、この世界では幽霊も魔物扱いだから理屈的には使い魔にできるのだろうけど……いやいや『面白そうだから』ってなによ!? せめてその本音はひた隠してくれてもいいんじゃないのかな!?


 私との契約でこの世界との繋がりができたおかげか愛理さんの昇天は止まった。彼女を取り巻いていた光の粒子も霧散する。


 一応、左目で愛理さんを鑑定してみる。



 名前 笹倉愛理

 年齢 18歳(享年)

 職業 リリア・レナードの使い魔



 あーらしっかりとステータスに登録されていますね。なぜか頭の中で璃々愛が大爆笑しているし。


 どうしてこうなった……。





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