第28話 私ちょっと怒ってる


 愛理さんが少しは落ち着いたようなので私はこれまでの経緯を尋ねることにした。洋館風の建物の廊下にお互い示し合わせるでもなく正座してしまったのは元日本人としてのサガだろうか。


「それで、どうして愛理さんは異世界に?」


「え? えっと、私もよく分からないけど……こう、死んだぁ! と思ったらぐわわーん! ってなって、気付いたらリリアちゃんから黒歴史で言葉責めをされていたんだよ!」


 擬音たっぷりに今までの経緯を説明した愛理さん。うん、まったくわからん。あと言葉責め(?)をしたのは私じゃなくて璃々愛わたしであると声を大にして主張したい。


 う~む、愛理さんの説明から推測するに、死んだ直後にこちらの世界に来て、すぐ何者かに意識を奪われていたのかな? だからこそあの首輪を破壊された直後へと(愛理さんの主観では)時間が飛んだと。


 この世界が日本と同じ時間の流れかどうかは分からないが、もし同じだとしたら愛理さんは自分が死んでから璃々愛わたしが死んで転生するまでの10年ほど――いや、転生後にリリア・レナードとして9年生きているのだから+9年か。19年ほどを幽霊としてこの屋敷で過ごしていたことになる。


 ずっと。おそらくは首輪を付けられたまま。


「…………」


 私が誰にも聞こえないくらい小さな舌打ちをすると――まるでそれを聞きつけたかのように廊下の奥から一つの気配が近づいてきた。


 人にしては陰湿。魔物にしては荒々しさがない。何とも吐き気がする存在に向けて私は視線を動かした。


 ――骸骨がいた。


 いやスケルトンか。

 いやいやただのスケルトンがあんな禍々しい雰囲気を纏っているわけがないし……もしかして、アレが噂の“リッチ”というものだろうか? 高貴な人の幽霊じゃなくて魔法使いが不死になった方のね。


 骸骨(リッチ?)がカタカタと顎を動かした。


『よう、久しぶりだなぁガルド』


 お爺さまの知り合いかーい!

 さすがですわお爺さま、あんな一目見て悪役だと分かる方とお知り合いだなんて。いえむしろ気安い態度からして友人なのかしら?


「……てめぇは死んだはずだろうが。迷い出たのならもう一度殺してやるよ」


 対するお爺さまは不機嫌さMAX。元々荒々しくなっていた口調が完全に冒険者時代に戻っている。(もちろん私はそのころ生まれていないので話で聞いたことがあるだけだけど)


 しかし、私がいるのにお爺さまがあんな口調になるなんて……。いつ槍の一突きを繰り出しても不思議ではない。


 いや、すでに繰り出していた。


 おそらくは『殺してやるよ』と発言した直後。愛理さんと出会ったときから持ったままだった槍を文字通り目にもとまらぬ速さでリッチの心臓部に突き刺していたのだ。


 普通の人間なら刺されたことにすら気付かずに死ぬだろう。

 しかし、リッチはもはや普通の人間ではない。道を外れたバケモノなのだ。


 心臓に突き刺さった槍の穂先が黒ずんでいく。まるで呪いに犯されたかのように。

 いやあれは間違いなく呪いの類いだろう。


「……お爺さま。その槍は諦めた方がいいですわ」


 私の忠告を聞きお爺さまは槍を手放してくれた。直後、大業物であるはずの槍は漆黒の炎に包まれて燃えだした。

 その炎の勢いは術者の“怒り”そのものか。


『――死なないね。俺はこの腐った国に復讐せねばならんのだ』


 憎々しげな声が屋敷に響き渡る。声量は決して大きくはない。にもかかわらず窓は揺れ、気温が数度低くなったような気さえする。


「…………」


 きっとあのリッチには悲しい過去があるのだろう。

 涙を誘う物語があるのだろう。

 人としての姿を失ってもなお成し遂げようとする復讐だ、彼なりの正義が確かに存在しているはず。


 でもゴメン。

 興味ない。


 ここで本物のヒロインなら彼の心に救いをもたらすことができるのかもしれないのだけれどね。実際ゲーム本編にも似たようなイベントはあったし。

 しかし、残念ながら私はそこまで心優しくない。


 リッチがここにいると屋敷が解体できない。

 つまり、それだけナユハとの再会が遅れてしまう。

 私は骸骨の復讐よりも美少女との逢瀬を優先するよ。


 あ、でも成仏させる前に一つだけ聞いておこうかな。


「リッチさん、リッチさん。愛理さんはどうしてこんなところにいたのですか?」


 愛理さんはリッチが登場してから私の背中に隠れてしまっている。たぶん本能が警報を鳴らしているのだろう。


 私が子供であるせいかリッチは予想以上にあっさりと答えてくれた。


『あいり? あぁ、そこの幽霊か。異世界召喚の実験中に呼び出してな。甚大な魔力を有していたから隷従の首輪を嵌めておいたのだ。くくくっ、その女のおかげで俺は十分に力を蓄えることができた。今なら王城も楽に陥落させられるだろう』


 そう言ってリッチは左手の中指に装備した指輪を掲げて見せた。太陽を掴もうとするがごとく。


 魔力は電気とは違って長期間劣化させずに保管させることができる。

 たとえば、宝石。純度や透明度が高ければ高いほど魔力を充填させやすく、その意味では水晶が(この世界では)高価になっている。


 たとえば、髪の毛。長い年月をかけて成長し、なおかつ血管=魔力の循環からも切り離されているそれは充電器ならぬ充魔器として女性の魔法使いによく用いられている。自分の身体の一部だから貯めやすいし。だから女性の魔法使いはほぼ例外なく長髪だ。


 もちろんそれとは別に『貴族女性は髪を伸ばすべき』という価値観もあるから長髪の女性が即魔法使いとは限らないのだけど。


 閑話休題。

 つまりこのリッチは愛理さんを利用して力を蓄えていたわけだ。あの指輪の宝石へと。自分自身の復讐に使うために。


 はい有罪。

 はい私刑。

 判決は強制成仏となりました。


「――貪り喰らうものグレイプニル


 光り輝く紐が廊下から生えてきてリッチの身体を拘束した。


『ほぅ、どの系統の魔法とも違うな。稟質魔法(リタツト)とは珍しい。だがこの程度の拘束では二十年力を蓄え続けた俺を――なに? な、なぜだ!? なぜ破壊できない!?』


 リッチが最初は余裕ぶり、最後の方は慌てふためき抵抗する。拘束を解くためにあらゆる魔術を行使しているが貪り喰らうものグレイプニルはびくともしない。窓は吹き飛び、壁は焼かれ、あるいは凍り、あるいは引き裂かれる中――、お爺さまの槍を燃やした黒き呪いでさえ貪り喰らうものグレイプニルには一切の効果をもたらさなかった。


 そりゃそうだ。

 あの紐は幻想より出でしもの。主神にして全知全能の神であるオーディンすら一飲みにするフェンリルを縛した唯一の存在。そして何より――神話において、かのフェンリルすら貪り喰らうものグレイプニルを破壊することはできなかったのだ。


 神々の黄昏ラグナロクの際には『すべての封印は消えた』とあるので、神々の黄昏が来ればどうにかなるかもね。

 ただしもう神々の黄昏は終わっている。私の前々世がオーディンなのがいい例だ。オーディンは神々の黄昏のときフェンリルに飲み込まれて死んでしまうからね。


 原典ですら破壊されなかった神の紐を、亡霊ごときがどうにかできるはずも無し。


 しかし拘束しただけで成仏させることはできない。いや貪り喰らうものグレイプニルの『力とパワー』で骨をへし折ってしまうのは簡単だ。けれども、それだけでは消えてはくれないだろう。


 だからこそ。

 アイテムボックスに手を伸ばし一冊の本を取り出す。


「たららたったら~! 大聖典~!」


 初代ドラ○もんの声真似をしながら取り出したのはこの世界の聖なる書。国家宗教である“大聖教”が編纂したもので、神々の言葉やら祝詞やらが記されているらしい。


 大聖典の登場にリッチは目を見開いて驚いていた。たぶん。瞼や眼球がないので目を見開いてというのは想像だけど。


『ば、ばかな!? 大聖典だと!? 聖教の秘蔵書をなぜお前のような子供が持っている!? それを下賜されるのは大神官以上でなければならないはずだ! ――まさか、貴様があの神童なのか!? 弱冠8歳で大神官に任命されたという!』


 長々とした説明ありがとうございました。

 もちろん私は神官などではない。あんなストイックな生活(一部の破戒官は除く)をしたら私のスローライフ心が死んでしまう。もしもファンディスクの修道院ルートに入ったら隣国あたりに逃亡しよう。

 あぁ、そういう意味でもお金を稼いで貯金しておかなきゃね。


 それはともかくとして。この大聖典は半年くらい前、姉御と呼び慕う女性から『これ、リリアにやるわ。こんなもん使うよりもメイスでぶん殴った方が早ぇえし。本を武器にするとすぐに壊れっからなぁ』という流れで押しつけられ――もとい、譲り受けたものなのだ。


 姉御、あの口ぶりだと本で幽霊をぶん殴ったことがあるよね……。


 しかし、これって簡単に譲られた気がするけど、本来は下賜されたものなの? 下賜ってことは高貴な方から与えられたものだから……陛下か神召長からかは分からないが……そんな大事なものを人にあげちゃうような破戒官が王宮内の教会で大神官をやっていて大丈夫なのだろうか?


 ちなみに王宮教会の大神官ともなれば国王陛下にも意見できる立場らしい。なにせ未来の神官長筆頭候補だ。


 ますます不安。姉御、陛下に神官の飲酒許可を求めたりしないだろうか……。というか姉御が王宮で真面目に仕事をしている姿が想像できない。酔っ払って近衛騎士に絡んでいる姿はありありと浮かんでくるのに。


 …………。


 ま、王宮のことはお偉いさんが考えればいいよね! 子爵家令嬢には関係のない話だ。登城する機会なんて一生に一度、デビュタントの時くらいだろうし。

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