第27話 もうやめて
深呼吸して仕切り直し。
愛理さんに対する術式は目に巻かれた包帯だろう。
しかし、包帯を取り外しても意味はない。あの包帯は電化製品で言えば配電や基板のようなものであり、電源・あるいはバッテリーの役割を果たすものが他に存在するはずなのだ。それを破壊しなければ包帯もすぐに復活してしまうだろう。
そして、例に漏れずその電源相当の部分は魔術によって隠蔽されていた。独創文字による術式なので通常の解析方法では骨が折れそうだ。
そう、通常の解析方法では。
「…………」
左目に手をやり眼帯を取り払う。
前世の親友のためだ、少々疲れるが出し惜しみはしない。
「――
きっと今私の左目は金色に光り輝いているだろう。
全知全能にして世界を見渡す者であるオーディン。そのオーディンが知恵を身につける際に重要な役割を果たしたのがこの左目だ。
ゆえにこそ。この左目は
私はまだすべてを使いこなせているわけではないけれど……。
「――天の網は
あたまがいたい。
瞳の力が強大すぎて9歳の身体には負担が掛かりすぎるのだ。あまりの激痛に視神経がぶち切れそう。
まぁでも死にはしないから大丈夫。前世と前々世で死んだ経験がある私はこの程度でひるむことはない。死ぬよりマシだと考えれば大抵のことはできるものなのだ。
「一流を三流に」
「
「我が挑むは神の業」
一流の悲劇よりも三流の喜劇を。いいこと言うよね前世の私。まぁ元は小説から引用したみたいだけど。
……私もそっちがいい。
多少強引でも、多少無茶苦茶であったとしても。心に残る悲劇よりも笑い飛ばせる喜劇がいい。
そのためになら、ちょっとの無茶も許されるだろう。
「――
陽炎のように世界が一瞬揺らぎ――すべてが見えた。
愛理さんを取り巻く術式も、彼女が受けた苦しみも、術者のどす黒い感情も……。
……首元!
細白い首に巻かれた首輪。その中心に真っ赤な魔石がしつらえてある。その魔石が愛理さんの魔力を吸収し、目を覆う包帯の術式に対する
アレはおそらく隷従の首輪を改造したものだろう。確かソシャゲ版のアイテムでありこの世界では奴隷の自由意志を奪うために使用される。
もちろん、奴隷が禁止されているこの国においては所持することすら罪であり私も本でしか見たことはない。
隠蔽されていた場所が分かったのだからあとは隠蔽魔法の術式を解析するだけ。愛理さんの全身に分散させていた意識を首に集中できるのでそれ自体はすぐに終わる。
隠蔽魔法が消えた。
首輪が現れる。ガラスが割れるような音と共に。
「お爺さま!」
すべてを察したお爺さまが槍を構えなおした。
「――神穿天変」
槍の穂先が消えた。
消えてしまったと錯覚した。
左目の力を解放しているのに。
それでも、一瞬。槍の動きが
――神は殺せぬ。
かつてその常識を覆し、邪神を屠った一槍は。故にこそ常識に縛られぬ技へと昇華された。
槍の頂点。
武の極地。
神槍の名に偽りなし。
槍の穂先は寸分違わず――逃れようとする愛理さんの動きすら先読みして――正確無比に首輪の魔石を貫いた。
ついでとばかりに頭の包帯まで切り裂いてしまう腕前にはもうため息しか出てこない。
愛理さんの瞳が露わになる。
なつかしい、なつかしい漆黒の瞳だ。
『――あ、ああぁああぁああああっっ!』
悲痛な叫びが屋敷にこだました。苦しそうに愛理さんが頭をかきむしっている。
「うむ? どうしたのだ? 傷つけてはいないはずだが」
「おそらく長期の支配から解放されて頭が混乱しているのですわ、お爺さま」
あるいは自我を取り戻した際に自分の死に様がフラッシュバックしたか。私も寝起きに前世の死に様がフラッシュバックしたときは取り乱してしまったなぁ。あれ、今自分が生きているか死んでいるか分からなくなるんだよね……。
「頭を叩けば治るか?」
「お爺さまが叩いたら治るどころか割れてしまいますわ。自覚はないかもしれませんが魔石って槍の一撃で壊れるような代物じゃありませんよ?」
「そうだったかな?」
本気で首をかしげるお爺さまにはとても任せられない。せっかく助けた愛理さんの頭がザクロのように割れるとか笑えない。
しかし、かといって私も混乱した人間を落ち着かせる方法は知らなかった。とりあえず
……と、頭の中で前世の私が語りかけてきた。
「え? これを言えばいいの?」
よく分からないけど前世の私が頭の中で喋った言葉をそのまま口にする。
「え~っと、――学校に推しキャラの抱き枕を持ってきて没収された『R18抱き枕事件』?」
『ぐはっ!?』
愛理さんが心臓を射貫かれたみたいに身じろぎした。
「――修学旅行の時にBでLな同人誌を買ってお説教された『京都でアニ○イト事件』」
『かはっ!?』
「――新入生歓迎会の時に全校生徒の前で15分以上妄想を語ってしまった『漫研勧誘事件』」
『ひでぶっ!』
もうやめて 愛理さんの らいふは ぜろよ
私の懇願に璃々愛(前世の私)はやっと黒歴史の披露を止めてくれた。いやそのまま語っちゃった私も悪いんだけどね?
愛理さんは椅子に力なく座り、真っ白に燃え尽きたボクサーのようにうなだれていた。ここ廊下なんだけどその椅子はどこから持ってきたんだろうね? あまりの不憫さに思わず
『こ、この切れたナイフ――じゃなくて心に突き刺さる言葉のナイフは……璃々愛?』
よろよろと顔を上げた愛理さんに私は親指を立てた。
「いえす、あい、あむ。まぁ正確に言えば生まれ変わりで、記憶があるってだけで本人ではありませんけれど」
頭の中に璃々愛の意識は存在する。でもそれを話し始めるとややこしくなってしまうからまた後日。時間が取れるときにゆっくりお話ししたいと思う。
あと言葉のナイフ云々について詳しく聞きたい。前世の私ってそんなに毒舌だったの?
私の顔を見た愛理さんは目を丸くしていた。どうやら私が乙女ゲームのキャラクターであると気付いたらしい
『り、リリアちゃん? あ、いえ、リリア・レナードさんですか? え? ボク☆オトのヒロインの?』
一応敬語で問いかけられたので私も相応の態度で答えよう――としたけれど、一般人である愛理さんに対してそんなかしこまらなくても大丈夫だよね? 記憶のせいか他人の気がしないし。
「はじめまして、でいいかな? 私はリリア・レナード。愛理さんが思っているとおり乙女ゲームのヒロインです」
敵意はありませんよーと示すためににっこりと笑いかける。ファンディスクルートの悪役令嬢だと勘違いされたら大変だものね。人間、第一印象がとても大事。
と、私が9歳にしては立派な対応をしているというのになぜか愛理さんは頭を抱えてしまった。
「なにこの人なつっこい笑顔! 超可愛いけど私の知ってるリリアちゃんじゃない! リリアちゃんはクールで優しくてふとした瞬間に見せるデレが可愛いボクッ子で――初対面の人間には塩対応してくれなきゃダメなのよーっ!」
何とも失礼なことを叫ばれてしまった。腹の底から。王宮にまで届くんじゃないかってくらいの大声で。これは間違いなく
いや~、うん、私も一応ゲームの知識はもらっているからさ。ゲームでの私が心許した相手以外には笑いかけないキャラだってのは理解しているけど……。現実的に考えて、社交性が重視される貴族令嬢がそんな態度を取れるわけないじゃん? いや逆ハーレムルートがあるゲームに常識とか現実を当てはめても意味はないだろうけど。
というか、この性格になったのは(元々こうではあったけど悪化したのは)前世の記憶を思い出したことも一因で、つまりはあなたの親友さんにも責任があると思うのですが……。絶望したように『orz』している愛理さんを見ているともう何も言えなくなってしまった。
う~ん、どうしてこうなった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます