第26話 オバケ屋敷へ


 隣の屋敷に足を踏み入れる。ゴースト程度ならお爺さまの槍一本で退治可能(幽霊には物理攻撃の効果が薄まるはずだって? お爺さまの非常識さを舐めてはいけない)なのでお気楽な道中である。


 外は晴れているというのに屋敷内は薄暗く、じめじめとしていた。いかにも幽霊が出そうな雰囲気。ちょっと空気が重く感じるのは……幽霊がいるのだから当たり前か。


「う~ん……」


 玄関ホール中央に位置する階段の先、二階の方からいや~な空気が流れてきているからとりあえず二階を目指そうかな。


 階段を上りながら、ふと玄関ホールを振り返った。建物の大きさは伯爵家かそれ以上の規模があるというのに装飾品は最低限しかない。床の絨毯も、壁の燭台も、天上のシャンデリアすらも撤去されている。


 引っ越しの時に持って行った……にしても壁の燭台やシャンデリアは置いて行くだろうし。泥棒にでも入られたのではないかと疑ってしまう。


「ずいぶん質素ですね」


「ここに住んでいたのは平民で、魔法研究家だったからな。貴族らしい装飾品に興味はなかったのだろう」


 魔法研究家か発明家になりたい私としては興味をそそられる話である。


「平民でこんな屋敷に住めるとは……。よほど優秀な研究家だったのですね?」


 貴族の邸宅が中古で売りに出されていても普通の平民では絶対手が出ないお値段のはずだものね。


「そうだな。ヤツは常識こそなかったが優秀ではあってな。宮廷魔術師への道を蹴って自由気ままな研究家になった変わり者なのだ」


 なるほどお爺さまの同類か。

 という感想は胸の中に仕舞っておく賢いリリアちゃんである。


 しかし幽霊探しをしているのに緊張感がまるでないね。神官が逃げ出したのだからもうちょっとキャーキャーしてもいいはずなのに。

 まぁ物理攻撃ならお爺さまは最強クラスだし、魔法に関してはヒロイン・チートな私がいるのでさもありなん。


 というかナユハの稟質魔法リタットでも怖がらなかった私をビックリさせるにはよほどのグロテスクか意外性が必要だと思う。そこのところは黒髪幽霊さんに是非とも頑張って欲しい。期待しながら私とお爺さまは二階の廊下に到達した。


「お?」


 噂をすれば、というわけではないけれど。幽霊のことを考えたら幽霊さんが姿を現した。最初はぼんやりと、次第に輪郭がはっきりしてくる。

 闇に浮かび上がるという表現が最適かな?


 後ろを向いているので幽霊の顔は分からない。背中まで伸びた黒い長髪と、黒い服。名実ともに闇の世界の住人といった感じだ。


 というか、あれ、セーラー服だよね? 異世界にセーラー服って……。あ、いや、カメラや日本刀がある時点で今さらなツッコミか。


 しかし黒髪黒セーラーとは何という萌えの暴力。もうキャラデザだけで勝ったようなものじゃないか。後ろ姿だけで超美人。


 ……いや、油断は禁物だ。

 後ろから見て美人でも前から見たら落ち武者でした~とかゾンビ系でした~なんてパターンもあるかもしれない。私の人生には(前世も含めて)とにかく『どうしてこうなった!?』と叫びたくなる展開が多いので十分あり得る話だ。


 よっしゃ来い! 落ち武者だろうがゾンビだろうがぶん殴ってやるぜ! あぁでも顔にウジ虫が湧いている系は勘弁な!

 私が通常とは違う意味で身構えていると幽霊が振り返った。


『――っ、でて、いけ……』


 地獄の底から響いてきたような低い声。

 出て行け、という意味だろうか?


 その幽霊の様子に私は思わず眉をひそめた。

 まず意識を引かれるのは両目を覆った包帯だ。それなりに魔術の勉強をしている私でも読めないのでおそらくは神代文字か、あるいは術者(・・)の独創文字だろう。


 魔術師の中には自身の研究結果が他者に漏れることを恐れて自分にしか分からない言語を使う者がいるのだ。


 ちなみに魔法使いと魔術師、魔法と魔術の使い分けに明確な基準はない。公のために活動するのが魔法使いで自己のために魔法を使うのが魔術師であると区分するのが一般的かな。公式文章でも魔法と魔術の表記は揺れている。

 師匠の生まれた時代には明確な基準があったらしいけどね。


 さて。あんな文字が記された包帯を巻かれているのだ。おそらくあの幽霊には何らかの魔術的な“縛り”が施されているのだろう。たとえば自我の喪失とか、絶対服従とか――


「っ!?」


 あたまがいたい。

 頭の中で、前世の私が叫んでいた。

 一方的に、必死さを込めて。ひとつの想いが流れ込んでくる。



 ――あの子を、助けてあげて。



 記憶が流れ込んでくる。

 昔々の、前世の物語。

 大切な ともだち・・・・との思い出が。



(……は~、やっぱりまだ隠し事していたよ前世の私)


 昨夜の夢は幸せな一場面だけを切り取ったものだったらしい。

 ただまぁある程度は仕方ないか。一番の親友が学生のうちに 不慮の死・・・・を迎えてしまっただなんて9歳児にわざわざ教えるような話題でもないのだから。


(……なるほど、あの幽霊さんの正体は前世の親友さんであると)


 彼女の名前は笹倉愛理。享年18歳。死因は――


 しかし、愛理さんはなんでまた異世界で幽霊をやっているんだろうね?

 疑問に思う私の横、お爺さまが一歩を踏み出した。わぁすごい覇気。こっちの肌が焼け焦げそう。幽霊退治する気満々だ。きっと孫娘にいいところを見せようとしているんだね。


『――っ!』


 お爺さまの覇気に幽霊……いや愛理さんが反応した。小手調べとばかりに魔力をそのまま暴風としてこちらに叩きつけてくる。魔法に変換されていないので殺傷能力はないけれど、私は思わず数歩後ずさりしてしまった。反射的に結界を展開したにもかかわらず、だ。


(うぉお凄い魔力量! 魔法として発動させなくてこれとか、もし魔法を使ったらどんな破壊力になるんだろうね?)


 その魔力量、あるいはわたしチートに匹敵するかも。

 武力はともかく魔力はそれほどでもないお爺さまは大丈夫かな? 私がお爺さまを横目で確認すると――、立っていた。一歩たりとも動くことなく。むしろ踏ん張っている様子すらない。私ですら結界を張った上で後ずさりしてしまったというのに……。


 バケモノか。

 どん引きした私を見てお爺さまはやれやれと肩をすくめた。


「やれやれ、リリア。まだまだ修行が足りないな。この程度の魔力を受け流せないでどうする?」


「この程度って……」


 原作ゲームでは後に“聖女”となる私の魔力に匹敵するんですけど? それを魔法も使わず受け流せるってどういう理屈なんですか?


 あーでもお爺さまに関して常識で判断しようとしても無駄か。できるものはできる。きっとそういう理屈なのだろう。


「ふむ、しかしリリアを危険にさらすのも気が引けるな。あの幽霊はなかなかの強敵であるようだし……。どれ、さっさと決着を付けてやるか」


 そう言ってアイテムボックスから槍を取り出すお爺さま。構えを取ったその姿はどんな芸術よりもなお美しく、未熟な私では一切の隙を見つけることができなかった。


「いいかリリア。幽霊には物理攻撃の効果が薄いが、槍で突き殺せぬ訳ではない。目で見える像ではなく、相手をこの世に繋いでいる存在そのものを穿つのだ」


「…………」


 まだまだ修行の足りない私ではお爺さまの言葉の半分も理解できない。


 槍術の極地。


 お爺さまの槍を受けて成仏できる幽霊は幸いだろう――って、成仏させちゃダメだって!


「お、お爺さま! ちょっとタンマ、タンマです!」


「たんま?」


 しまったこの世界に『タンマ』って言葉はないのか!



『あるとかないとかの問題じゃないよねー』

『あっちでも普通に死語だしー』

『幽霊を前にして死語を使うなんて“しゃれおつ”だよねー』



 くっは妖精さんにバカにされた! 死語死語言うな泣くぞ! わたしが子供の頃は現役だったんだ!


 思わず妖精さんを威嚇する私。そんな孫娘の様子は尋常じゃなかったらしくお爺さまも幽霊退治を中断してくれた。け、結果良ければすべてよし。

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