第23話 閑話 弟と、あの人
――王都へと帰る前。
私は生家となるレナード家本邸に立ち寄っていた。現役で引きこもりをやっている
アルフの部屋の前で立ち止まり、深呼吸。
「ア~ルフちゃ~ん、あっそびーましょー!」
扉を叩きながら声をかけるが反応無し。黒檀の扉は重厚に他者の侵入を防いでいる。部屋の中で誰かが動く気配すらなく、このまま待っていても扉の開く確率はゼロに近い。
つまり……。
「万策尽きた!」
『早いー』
『やる気ないー』
『扉なんてぶっ壊せー』
「いやいや、やる気はあるよ? でも扉をぶっ壊したら私と弟との信頼関係まで壊れるからね?」
私だったら自室の扉を破って侵入してくるような人間と仲良くすることはない。絶対ない。
……あ、いや、面白そうだから話くらいはしちゃうかも?
ごほん。私はともかく、引きこもりになってしまうほど優しい心を持つ弟くんはそうもいかないだろう。私には『乱暴な姉』という烙印が押されて仲良くなれるフラグを盛大にぶち壊してしまう。
「焦っても仕方がないし、また来るとしよう」
そもそも今まで放っておいた私が何か言っても説得力がないし。こういうのは訪問回数が重要だと前世の三国志にも書いてあった。
……それに、
小さく嘆息。
踵を返して廊下を進み、階段を降り、フロアから玄関へ。貴族にして大商人。レナード家の本邸にふさわしい装飾は歩いているだけで気疲れしてしまう。
たとえば廊下に置いてある壺は五百年前のア・ルマータ製陶器で、おそらく金貨二百枚はくだらない。ちなみに金貨一枚で前世の十万円くらい。
階段の踊り場に掲げてあるお爺さまの肖像画は元王族である女性画家に依頼したもので、金貨五十枚。
フロアの中央に鎮座しているのは一振りの剣。
前世で言うところのエクスカリバーのように岩の台座に突き刺さっている。
未来の王とか勇者しか抜くことができない……なんてことはない。子供の頃の私は普通に抜いて遊んでいたし。
この剣は旧都の地下遺跡から出土したもので、下手をすれば神話時代のものらしい。見た目はこの国で主流の両刃剣(ロングソード)ではなく片刃剣(カツトラス)に近い。
基本は片刃剣なのだけど刀身の半分から先が両刃になっているのが珍しい形。斬るよりも突きに特化した形であり、前世で一番似ているのは小烏丸かな?
……
前世の記憶を思い出すまでは神代の文字だと思っていたけれど、今改めて見てみると間違いなく日本語だ。
天国はたしか日本刀剣の祖とされる人物だったかな?
まぁ妖精さんが日本からカメラやら本やらを持ってきたのだし刀が迷い込んでも不思議ではないのかもしれない。
この剣――というか刀はもう値段が付かない。お爺さまが冒険者時代に手に入れたのはいいけれど貴重&高価すぎて逆に買い手が付かなかったらしい。そりゃあもう王家すら諦めてしまうほど。
王家に献上しなかったのかって? あのお爺さまはそんなことする
そして『世の中にはこんなに素晴らしいものが眠っているのか、自分一人で冒険していては目にできるものに限りがあるな……』と、お爺さまが冒険者から商人に転向するきっかけの一つになったらしいのでレナード子爵家にとってはまさしく家宝と呼べる一品のはずだ。
うん。まだ弟が引きこもる前、姉として格好いいところを見せようとして岩から引き抜きブンブン振り回してしまったのはいい思い出だ。バレたら本気でゲンコツされると思う。
(……あの頃は元気に私の後を付いてきていたのになぁ)
その後は色々あって引きこもり。今考えてみれば、そんな弟の急変について行けなかったのが弟を遠ざけてしまった一因なのかもしれない。いくらチートな力を持っていても子供だからね。精神的な成長はまだまだだったのだ。
(っと、今さら言い訳しても意味はないか)
首を横に振りながら玄関の扉を開けて外に出た。門の外で待っていてくれた馬車へと気持ち早めの足取りで戻る。
不意に、背後から視線を感じた。
正確を期すならば後方斜め上。
視線というよりも殺気と表現した方が正しいかもしれない。
足を止め、振り返る。
屋敷の三階。弟の部屋の窓辺から。
茶色い髪色をした女性がじっと私を見下ろしていた。
乱れた髪。痩せ細った頬。
そのくぼんだ眼窩に浮かんだ感情は恨みか、あるいは嫉妬か……。
胸が軋んだような気がした。
そんな目で見ないでほしい。
私はただ、楽しくのんびり生きたいだけなのに……。
……ほんとうに、どうしてこうなったのだろうね?
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