第22話 たいせつな、ともだち


 その後はナユハと顔を合わせることもなく夜となり、朝となった。

 だってあそこまで顔を真っ赤にして逃げ出した子に無理矢理お世話係を続けさせるのは可哀想だものね。ナユハをメイドさんにすることは諦めていないけど、少し時間をおいた方がいいだろう。


 と、いうのは建前で。

 私も正直ナユハとどう接したものか迷ってしまったのだ。

 だって前世の記憶があると言っても私はまだ9歳。ケンカしたわけじゃないけれど、気まずくなってしまった相手とどんな会話をすればいいのか分からなくなってしまったわけであり。


 なんというか、ウジウジとしてしまう自分自身にちょっと衝撃を受けていたりもする。私ってもっと自由奔放な人間だと思っていたからさ。


 ……。


 …………。


 ……まぁ、迷って立ち止まるのなんて私らしくないよね! どうすればいいかは分からないけど、とりあえず何かをしよう!


 意味もなく立ち上がり拳を握りしめた私の元に妖精さんが集まってきた。



『収穫ー』

『見つけてきたよー』

『報酬割り増しお願いねー』



 妖精さんが持ってきたのは一冊の本と、真新しい段ボール箱。ちなみにこの世界ではまだ段ボール箱は発明されていない。

 それに本の方もこの国で主流な革表紙じゃなくてブックカバーがかけられていて……。まぁつまり、妖精さんが持ってきたものは明らかに異世界の産物だ。


 本の表紙には日本語・・・で『カメラの歴史~黎明期からデジタルまで~』と記されていた。分厚さからして明らかに専門書だ。

 そして段ボール箱を開けると……中には大小二つのカラフルな箱が入っていた。こちらも当然のように日本語が踊っている。


 ポラロイドカメラと、専用フィルム。どこからどう見ても新品未開封だ。


 きっかけは一昨日。カメラが灰燼に帰したあと妖精さんが寄ってきて『カメラが欲しいのー?』と聞いてきたのだ。


 私が頷くと報酬次第で用意できるという話だったので「妖精さんなら感光紙(フィルム)を不思議パワーで作れるのかな?」と安易な考えで試しにお願いしてみた次第。


 いやまさかメイドインジャパンのカメラと専門書が手に入るとは思わなかったけどね。美少女らしくなく惚けた顔をしてしまった私は悪くないと思う。


「え? これ異世界(日本)から取り寄せたの? いや大昔には“異界渡り”の稟質魔法リタットを持っていた人がいたみたいだけど……。妖精さんってほんと何者なのさ?」



『全知全能の神ー』

『世界を滅ぼす魔王ー』

『え~っと、……とにかく凄い存在ー』



 真面目に答える気はなさそうだ。最後なんてネタが思いつかなかったみたいだし。

 まぁ神と魔王に匹敵する存在をぱっと思いつけと言われても無理な話だよねー。



『そんなことよりご褒美ー』

『報酬ー』

『血を寄越せー』



 ワラワラと近づいてきて報酬をねだってくる妖精さんたち。ちなみに最後の『血を寄越せー』というのは比喩でも冗談でもない。この子たちは本当に私の血を飲むのだ。


 いや飲むと言っても一人あたり一滴くらいだから私にはまったくと言っていいほど影響はない。むしろその程度で色々と便利な妖精さんが味方に付いてくれるのだからウェルカムだ。


 他の魔術師が聞いたら怒るだろうけどね。

 この世界の魔術において血とは重要な意味を持つ。生命の源で魔力の根源。子々孫々へと受け継がれる記憶にして、世界の始まりから終わりまでを記す大書物。


 そんな血液を与えるのは相手を支配下に収めることであるとか、絶対の契約を結んだ証であるとか色々な意味を持つ。とある地方においては婚約の証に血を捧げる風習があるとかないとか。


 まぁとにかく、自分の血を相手に与えるのはそう簡単にやっていいものではない。一生面倒を見るとか、一生仕えるくらいの覚悟を持たなければ。

 でもまぁ、私と妖精さんの間ではもう手遅れだったりする。なにせ妖精さんは私が物心つく前からケガをするたびに血を舐めていたみたいだから。


 ……うん、幼女の血を舐めるとかよく考えなくても変態さんだね。



『失礼なー』

『美味しいものを飲んで何が悪いー』

『人間がワインを飲むようなものさー』



 血がワインとか私はどこの世界の救世主だ。

 呆れつつも約束なので私は風魔法ですこーしだけ自分の指先を切った。うん、すこーしだけのつもりだったけど結構な勢いで血が出ているのは“未熟なるもの”が発動してしまったかな?


 治癒魔法ですぐに治るのでまぁよしとしよう。

 妖精さんは我先にと私の指から血を啜り始め、そして……。



『うぇええいー!』

『ひゃっほー!』

『太陽が三つあるぜー!』



 酔っ払っていた。

 ファンシーな顔が赤く染まっているのはシュールだね。

 というか私の血はほんとにワインなのだろうか?


 酔っ払った妖精さんは一旦放置するとして。私はポラロイドカメラの説明書を読みながら酔いが覚めるのを待った。


 五分ほど過ぎると妖精さんの酔いも覚め、私もカメラを使う準備を整えた。


 お爺さまが朝の雑事を終えたら王都に帰らなきゃいけない。もうナユハを探している時間はなさそうだ。


「妖精さん、ナユハがどこにいるか分かる?」



『もちろんさー』

『あの子は妖精に愛されているものねー』

『血をいっぱいもらったから呼んであげようー』

『出血大サービスー』



 さらりとナユハも“妖精の愛し子”だとカミングアウトしたよこいつら。あと出血したのは私です。ここ重要。


 心の中で突っ込んでいると瞬間移動の魔方陣が床に描かれて――、瞬きした直後、ナユハが床にへたり込んでいた。状況が理解できないのか呆然とした顔をさらしている。


「くくくっ、よくぞ参ったぞナユハ・デーリン!」


 椅子に片肘をつきながらまるで魔王のような態度の私である。いや、だってねぇ、美少女を誘拐まがいのことをして連れてきたのだからそれ相応の対応をするべきだと思うのですよ私は。決して私が中二病だからという理由ではない。と思う。


「へ? へ? ……わ、私はっ!」


 私を認識した直後、顔を真っ赤に染めて立ち上がろうとするナユハちゃん。どうやら昨日の発言を未だに恥じているみたい。

 このままだとまた逃げられるので私は奥の手を使うことにした。


「――貪り喰らうものグレイプニル


 ナユハの両足両手を地面から生えた“紐”が拘束した。

 その紐は太陽のようにまばゆく煌めき、表面には神代ルーン文字が記されている。神話に習って“紐”と表現しているけれど形状的には和服の帯に近い。


 私の稟質魔法リタット

 と、いうことになっている。


 実際は北欧神話に登場する神狼・フェンリルを拘束できた唯一の紐だ。その材料は諸説あるけど猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液から作られたといわれている。


 それらの材料はグレイプニル製造の際に使われてしまったためこの世から消滅したというなんとも中二病を刺激される設定あり。


 ……うん、なんでオーディンの転生体である私がグレイプニルを使えるのか? その答えは私にも分からん。使えるものは使えるのだからしょうがないじゃーん。文句なら前々世オーディンに言ってくれ。


 ちなみにナユハも自分の稟質魔法リタットを呼び出して拘束から逃れようとしているけれど、ハンドたちは明らかに無気力試合中。解こうというポーズはしていても本気さは感じられない。

 必死に抵抗するナユハを見てほくそ笑む。

 無駄無駄。すでにハンドたちは私の協力者なのだよ! ふははははっ!


 ……私ってヒロインよりも悪役の方が似合うかもしれない。ファンディスクでも悪役令嬢だったし。


 悪役令嬢である私はさっそく悪魔の道具を使うことにした。そのものの名はカメラ。そう、いにしえの人々が『魂を抜き取られる』と恐れた一品だ!


 テンション高めにナユハに近づいた私は彼女と肩を組み、妖精さんにポラロイドカメラを手渡した。


「は~い、ナユハ。ピースピース」


「へ? あ、はぁ? ぴーす?」


 私の真似をして人差し指と中指を立てるナユハちゃん。やっぱり押しに弱いね将来が心配になるほどに。


 ぱしゃりと。おそらくはこの世界で初めての写真が生み出された。


 数分で浮かび上がってきたのは満面の笑みを浮かべた私と、戸惑いを隠せないナユハのスナップショット。さすが日本製なだけあって綺麗なカラー写真だ。


「ふんふ~ん♪ 万年筆でメッセージを書いて~♪ 保護と強化の魔法をかければできあがりさ~♪」


 ただの写真だとすぐ劣化しちゃうからね。チートなリリアちゃんがかけた魔法だから胸ポケットに入れておけば銃弾だって弾き返すよ? ○○のおかげで助かったぜ……を写真で再現できちゃうよ?


 強化の終わった写真をナユハに手渡す。



 ――大切な友達、ナユハと。



 写真の左下にそう記しておいた。


 私はナユハといるのが楽しくて。

 ナユハも、私と一緒が楽しいと言ってくれた。

 ならばもう“友達”と名乗ったっていいだろう。


 ナユハの目が見開かれる。

 写真に対する驚きか。あるいは、友達という扱いについてか。私にはちょっと判断ができなかった。こういうときに“左目”を使うのは無粋というものだろう。


「あの、リリア様? これは一体……?」


「私はこれから王都に帰るけど、岩を転がしながらだから到着まで数日かかるんだよね。その後も水路の建設の手伝いとか銭湯の建築とかあるからしばらくナユハに会えないと思う」


 魔法を使えば空いた時間にやってこられる。けれど、ここは一旦『押してダメなら引いてみろ』作戦に切り替えることにしたのだ。

 正直、ナユハをどう納得させるか考える時間も欲しいし。


「…………」


 寂しそうに眉尻を下げるナユハ。

 彼女の手を取りながら私は続ける。


「しばらく会えない。でも、忘れないで欲しい。ナユハを友達だと思っている人間がここにいる。あなたに何かあったら悲しむ人間がここにいる。だから、傷つくようなことをしたり、自分を安売りするようなことは控えて欲しい。――無茶をしないでね?」


 ナユハはどうにも自分を軽く見過ぎているから。『自分も罪人だ』という考えが理由なのだろうけど、出会ったばかりの私をストーンスネイクから庇おうとしたり迫り来る大岩の前に出たりするのは危なっかしくて見ていられない。


 他にもきっと無茶をするだろう。自分の命を軽視して。

 でも、私はナユハにそんなことをしてもらいたくはない。


 ナユハの心を変えることは、今すぐには無理だ。

 だから枷をする。

 自分には友達がいて。自分の軽はずみな行動によってその人が悲しんでしまうと。

 ナユハの罪の意識は消せなくても、ストッパーにはなってくれるだろうから。


「…………っ」


 彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。それを拭うことなくナユハは笑う。


「ふふっ、無茶をするという意味では、私よりもリリア様の方が心配ですね」


「む~、無茶をするとは失礼な。私は一度も無茶をしたことはないよ? ただ周りの人が驚いたり呆れちゃうだけで」


「それが無茶というのですよ」


 くすくすと。

 手をつないだまま私とナユハはしばらく笑いあっていた。

 まるで何年も付き合いのある友達みたいに……。





 王都への帰り道。

 岩を転がしながら私は妖精さんにお願いをした。


「ナユハを見守って欲しい。そして、危ない目に遭ったときは私に知らせて欲しい。あぁ、あと押しにも弱そうだからそっち方面もお願いね」


 押しに弱いうんぬんは変な男や詐欺に引っかからないように。悪い人というのはどこにでもいるものだから。



『報酬は……サービスしとくねー』

『こっちもナユハが傷ついたら悲しいしー』

『でも血をくれるならありがたくもらっておこうー』

『安心安全後払いー』



 最後にいつも通りな反応をした妖精さん。でも、ナユハを本気で心配していることは何となく伝わってきた。


 何人もいた妖精さんの中から二人が姿を消した。

 妖精さんは本来人の生き死にに関わってはいけないとか。よく分からないけどそういう決まりがあるのは妖精さんから直接聞いたことがある。


 地獄に落ちるような悪人に対しては『天罰』を墜とさなきゃいけないからその限りじゃないらしいけど、ナユハが地獄に落ちるような人間じゃないのは短い付き合いでも理解できたのでこんなお願いをしたのだ。


 万が一ナユハに命の危機が迫ってもすぐさま私が駆けつけられるように。

 ナユハが無茶をして命を落とす光景なんて簡単に想像できてしまったから。


「…………」


 地面を波打たせ岩を転がしながらお爺さまの言葉を思い出す。



「リリア。いいことを教えてあげよう。言葉だけで人は変わらない。確かにいい言葉を見聞きすれば変わったと勘違いするが、人の記憶は薄れるものだ。その時はどんなに感動してもすぐ頭の端っこに追いやられて忘れられてしまう。――真に人を変えるのは行動と経験のみだよ」



 私の言葉は、ナユハを変えただろうか?

 写真を渡したことは、行動と経験に含まれるだろうか?


 分からない。

 分からないけど、私は保険を打った。


 これからナユハには四六時中妖精さんが纏わり付くだろう。時々はイタズラもされちゃうのではないかな?


 ナユハは否定したけれど、ナユハもまた『妖精の愛し子』なのだから。そんな彼女を妖精さんが放っておくはずがない。主にイタズラ方面で。


 なにせナユハの側に向かったのは私と一緒にいた妖精さんだ。私の周りにいる妖精さんは特にヤバいのが多いのさ。決して類が友を呼んだわけではない。と信じたい。


「……ふふっ」


 妖精さんから積極的に関わられると知ったらナユハは叫ぶのかな? 元貴族らしくもなく、恥も外聞もかなぐり捨てて。


 どうしてこうなった!? って。






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