第21話 ともだちに、なりたいな
「……あの、リリア様は、恐ろしくないのですか?」
「へ? なにが? あぁ、3メートルくらいの岩なら平気だよ。ドラゴンに真っ正面から突っ込まれるのに比べればね」
「ど、ドラゴン――、い、いえ、違います。その、私の魔法が、恐くなかったのですか?」
「こわい?」
まだ岩に絡まりついているナユハの稟質魔法(リタツト)をじっと観察する。
なるほど、地面から無数の手が生えている現状は確かに恐怖をかき立てるのかもしれない。前述の恐い話がいい例だ。
でもねぇ。真夜中に遭遇した幽霊ならとにかく、正体はナユハの魔法であると分かっているのだし、何より……昔見た映画『学校○怪談』に似たような場面があったので、その、はっきり言って二番煎じでインパクトが弱い。
うん。ゴメンね。前世の記憶がなかったら怖がっていたかもしれないよ?
……いや、それはないか。
助けてくれたナユハの魔法を、この私が怖がるはずがない。
だからこそ私は地面から生える腕の近くまで歩み寄り、そのうちの一本に対して手を伸ばし――固く握手を交わした。
この世界の幽霊、ゴーストやファントムは触れるのが普通だ。空気中に存在する魔素が影響しているとも、個々人の魔力が触っているように錯覚させているだけとも言われているけれど、詳しい原因は不明のままだ。
そもそもこの世界では『幽霊は触れるもの』というのが常識。だからその原因を研究しようとする人なんて現れないのだ。
触った腕(幽霊?)の感触は、何というか、ひんやりとしたお肉。夏場なんかは側に置いておきたいね。
「おぉ、冷たい。知ってる? 手が冷たい人は心が温かいらしいよ」
「…………」
ちなみに私の手はとても温かいみたい。べ、別に悲しくなんてないんだからね!
むしろこの血潮の熱さが体温にも表れているとかそういう感じで行こう。自分を納得させた私は地面から生えた手の指を掴んだり伸ばしたりして存分にもてあそんだ。
なんだか前世の美術の時間に作った粘土彫刻を思いだしてしまう私。ちょうどこんな感じの手を制作したことがあったのだ。恐怖が薄いのはそれも一因なのかな?
貴族である今の私にはもちろん粘土彫刻の経験なんてないのに、まるで見てきたように製作場面が脳裏によぎるのは我ながら不思議な感覚だ。
ちなみに、転生系の物語だとよく『転生した人格が前の人格を塗りつぶす』という展開があるけれど、私の場合はそんなこともなさそうである。
現状がどうなっているかというと、意識の中にちょっとした区切りがあってその中に前世の人格が存在している感じ。知識は基本的に共有だけど、今朝の夢からして思いだしていない(というか、教えられていない?)こともありそうだ。
まぁとにかく私が私であることに変わりはないわけで。スローライフを目指すきっかけとなる知識は前世のものだけど、今このときスローライフを望んでいるのは紛れもない私なのだ。
私が自己の“あいでんてぃてぃ”を再確認していると、地面から生える腕たちに動きがあった。今まではすべて単色の真っ白な腕しかいなかったのに、その中にいつの間にか赤黒く染まった手が混じっていたのだ。
その赤色はきっと血の色であり。手首には荒縄のものであろう縛り跡がくっきりと残されていた。
後ろ手に縛られての処刑、という光景が不思議と脳内に展開された。まるで実際に見てきたかのように。
いや、きっと見てきたのだろう。
この無数の腕たちが。眼窩も脳髄もないままに。確かに“子孫”の最後を見てきたのだ。
私の頭に映像が流れ込んでくる。血なまぐさい戦場。汚らしい賭場。醜い裏切り。陰険な騙し討ち。人を人とも思わぬ残虐行為……。
これはおそらくデーリン伯爵家の記憶。始まりから終わりまで、紡がれた伯爵家の歴史が腕を通じて私に伝えられてきた。
おそらく、この腕たちは祖霊なのだろう。
死してなお。死んでしまったからこそ。こうして魔法現象に寄生してナユハの力になろうとしているのだ。
頭の中に声が響く。
口がないから。喉がないから。思念を直接叩きつけてきているのだ。
――どうか。
腕は乞う。
何の対価もないままに。
何の誓いも立てられないのに。
それでも、私の良心にすがりついて。
――どうか。ナユハを救って欲しい。
自分たちの魂の救済ではなく。
デーリン伯爵家の復興でもなく。
ただ、ただ、最後の生き残りであるナユハの幸福を。
「…………」
……うん、正直、9歳児にするお願いじゃないよね。
いくらチートなリリアちゃんでもぱぱっと解決できることとできないことがあるのだ。
たとえばナユハが無理矢理働かされているのなら、その働かせている人間を力とパワーでぶちのめせばいいだけの話。魔法戦も接近戦もできるリリアちゃん好みの展開である。
しかし、ナユハは勝手に罪の意識を感じて自分自身の意志で鉱山労働をしているわけであり。これをどうにかしようとするならまずナユハを説得&納得させなければいけないのだ。
私は凄い魔力を持っていて槍術の才能もあるけれど、口が達者というわけではない。自分の好きなことに関しては語り尽くすことができるのだが、他人の意志を変えられるほど口は回らないし、そもそも交渉ごとの経験がほとんどない。
難しいお願いだ。
正直、今の状態でなんとができる自信はない。
でも、やるしかないよね。
なぜならば――、黒髪美少女が不幸になりかけているのだから!
……ここで『友達のためだから!』と口にできれば格好良かったのだが、いかんせん出会ったばかりで一方的に友達宣言するのもアレだろう。
私としてはナユハと友達になりたいのだけどね。一緒にいると楽しいし。何より呆れながらも付き合ってくれているし。
でもまぁ、今はまだ親交を深めるべき段階だろう。人間関係は一朝一夕で築けるようなものでもないと前世の私も(頭の中で)したり顔で語っている。
ナユハとはおいおい友達になるとして、今はとにかく彼女の頑固さをどうにかするのが先決か。
う~む、お爺さまに相談するのは……ダメか。そもそもお爺さまもお手上げ状態で私に賭けたのだし、あの人は良くも悪くも気っ風がいいので繊細な人間関係というものを苦手としている。相談してもダメだろう。
おばあ様は……。……………。……ダメだね。『記憶を消せばいいだけでしょう』とか『洗脳してしまえばいいでしょう』くらいのことは言いそうだ。そして迷うことなく実行する。おばあ様はそういう人だ。
超が付くほどの合理主義者。目的のためなら人の心を無視することができる。そうでなければ“白銀の魔王”なんてあだ名では呼ばれない。
まぁ、気っ風がいいお爺さまとはある意味バランスが取れているのだろう。
しかし、おばあ様の合理主義は行き過ぎな気がするけれど、参考になるところもある。理想を追求するならナユハに幸せな人生を送らせるのが最優先目標となるが、次善目標として、いつ病気になったり事故死するか分からないような炭鉱での仕事を止めさせるのが合理的思考というものだ。
当面の目標が決まったら案外すんなりと“策”は頭に浮かんできた。さっそく試してみようかな、失敗しても死ぬわけじゃないし。
「そうだ、王都に帰る前に確認しておかないと。ナユハ、私専属のメイドにならない?」
「……はぃ?」
「いや~今私ってお付きのメイドさんがいなくてさ。同性で、できれば年の近いメイドさんを探していたんだよねぇ。その意味で言えばナユハってぴったりじゃない?」
はい、嘘をつきました。別にメイドさんは探していませんよ。専属がいないのは確かだけれどね。
貴族令嬢にはメイドさんがいないと着替えもできないレベルの人すらいるみたいだけど、私はおばあ様の教育方針で何でも自分一人でできるように鍛え上げられているから別に必要じゃない。前世は庶民だったので家事も一通りできる。あとお爺さまから冒険者流のサバイバル術も習っているし。
むしろ前世が元庶民としてはメイドさんがいる生活は遠慮したいとすら思っている。
でも、ナユハとだったら毎日が楽しそうだ。
「…………」
私の突然の提案にナユハはしばらく放心し、再起動した後は必死の様子で手と頭を振った。
「い、いえ! 私などがリリア様のメイドになるわけにはいきません! 罪深きデーリン伯爵家の娘で、こんな黒髪黒目の私などが……」
ナユハの言葉に私は口角を吊り上げた。きっと今の私は悪魔のような顔をしているだろう。
「あれぇ、もしかして私を馬鹿にしているのかな? 『デーリン伯爵家の娘』をメイドにしたくらいで私の価値が下がるとでも? 『黒髪黒目』を側に置いたくらいで私の経歴に傷が付くとでも?」
嫌らしい口調でそう責め立てる私である。
まぁ実際のところ、足の引っ張り合いが大好きな貴族連中からしたら絶好の
「そ、それは……」
ナユハが何かに耐えるかのように拳を握りしめた。
よしよし、順調だ。ここでなおメイドになることを断ればナユハは私を馬鹿にしていると認めたことになる。実際はどうあれ、かつては貴族社会で生きていたナユハなら表向きはそうなってしまうと理解しているだろう。
平民が貴族を馬鹿にすることなど許されない。
つまりは逃げ道をふさいでしまった形。
そう、別に、今すぐナユハから罪の意識を取り去る必要はない。急ぐべきなのは危険な鉱山労働から遠ざけることなのだから、こうして逃げ道をふさぎメイドになることを了承させて、後はじっくりナユハの心を説得すればいい。成功の確率は未知数だけど、私はこれからの時間と未来の私を信じている。
「…………」
逃げ道がないのを察したのかナユハからの反論はなかった。
思いつきにしてはうまくいきそうだ。もしかして私には交渉ごとの才能もあるのかもしれないね! さすが天才すごいぞ私!
……あ、なんか今の“失敗フラグ”っぽい?
なぜだか背中に冷や汗を掻いてしまう私。そんな私にとどめを刺すかのようにナユハは辛そうに声を絞り出した。
「ごめん、なさい。……だめ、なんです」
断りのセリフ。
それは私を馬鹿にしていることに繋がるというのに……私はとても、ナユハを責めることなんてできなかった。辛そうに、苦しそうに。今にも泣きそうな顔をしていたから。
なぜナユハがこんな顔をしているのかは分からない。
でも、少なくとも私に嫌悪感を抱いているわけじゃなさそうだ。
「どうして?」
純粋な疑問にナユハな答えてくれた。まるで世紀の大罪を告白するかのように声を震わせて。
「リリア様と一緒にいると――楽しいのです!」
「……はい?」
ちょっと予想外の返答に固まってしまった私である。なんで楽しいのにそんな罪悪感たっぷりの顔をしているの?
「私は、罪人である私は楽しさを感じてはいけないのです! 一生苦しまなければならないのです! なのに、昨日寝床に付いてから思い出すのはリリア様のことばかりで、自然に口元が緩んでいて……。ですから、私はリリア様と一緒にいるわけには――メイドになるわけにはいかないのです!」
え? 楽しかったの?
ナユハさんや、あなたは私の言動に呆れていませんでしたか?
……あ~、でも、ナユハの反応が急にクールになったように見えたのは私に呆れたのではなく、楽しまないよう必死に感情を抑制していたのだとすると筋は通るかな?
「ナユハ、えっと、その、」
こんな状況は前世でも経験したことがないのでどうしたものかと悩む私。そんな私を見てナユハはみるみるうちに顔を赤く染めていった。
羞恥、かな?
「で、出過ぎたことを言いましたーーーっ!」
真っ赤になった頬を両手で押さえながらナユハは何処かへと走り去ってしまった。呆然と見守るしかない私。
……あ、結局説得に失敗してしまったじゃないか。しかもナユハに逃げられてしまったし。
どうしてこうなった……。
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