第20話 稟質魔法《リタット》
お爺さまの仕事は順調に片付いているらしく、予定通り明日の朝には帰ることができそうだ。
というわけで午前中は持って帰る岩の準備をすることになった。手頃な岩を負担にならない程度までアイテムボックスに詰め込み、次は地面を波打たせて移動させる岩を選ぶ。
とりあえず、実験として試しに一度転がしてみようかな。どれだけの魔力が必要か分かればペース配分もしやすいし。
ちなみに、なぜアイテムボックスに詰め込んだのにわざわざ地面を波打たせて転がすための岩も用意するかというと……お爺さまからの助言があったからだ。
なんでも私の異空間――アイテムボックスは歴史上希に見るほどの大容量であり、下手に周りに知られれば誘拐などの危険がさらに増える可能性があるそうだ。
たとえば商人なら商品の輸送に大活躍だし、冒険者からしてみれば予備の武器を詰め込んだり収集物を保管したりと使い道は職業ごとに色々と考えられるみたい。
お爺さまいわく、精神操作や洗脳系の魔術で服従させられているアイテムボックス持ちは意外と数が多いのだとか。もちろん我が国においては重犯罪だけど、ぱっと見ただけでは分からないからかなりの数がいるのだという。
まぁそもそも私を誘拐できる存在なんて“師匠”くらいなのだから心配する必要はない。けれど、無謀な連中の相手をする時間が増えるのは面白くないよね。ただでさえ『銀髪赤目』を手に入れようとする愚か者が週一くらいで襲いかかってくるのだし。
それだけならまだしも、この大容量が国に知られれば武器や食糧輸送のために徴兵されるかもしれないらしい。
貴族っていうのは『戦争になったら真っ先に駆けつけ命がけで戦う。だから普段は贅沢な暮らしが許されるのだ』というのがこの国における基本的な考え方なので、一応は貴族の末席に名を連ねている私は国からの徴兵を断るのは難しい。
国のために戦ってくれている兵士の皆さんには感謝しているけど、だからといって戦争に行きたいとは思えない。
確かに私には膨大な魔力がある。でも、自分一人の力で戦況を変えられると驕り高ぶるほど子供ではなかった。少なくとも前世の記憶を思い出した今の私は。
いや中二病なので『チートで俺TUEEEE!』はしてみたい。滅茶苦茶してみたいけどね。そんな理由で戦争に参加して大量虐殺をするとか人間のクズだろう。
ま~とにかく、厄介ごとに巻き込まれたくなかったら岩を転がして王都まで持って行き、アイテムボックスで輸送した岩の目くらましにする必要があるのだ。『この大量の岩は転がして持ってきたんですよ~』って感じに。
面倒くさいけど、後々の面倒を避けるためには目をつぶるべきか。
「――はい! というわけでさっそくやってみよう!」
憂鬱さを吹き飛ばすために仮面なラ○ダースト○ンガーの変身ポーズを決めながら宣言した私である。
「……何をですか?」
どこか冷たい目で私を見てくるナユハちゃん。昨日とは違いクールな反応である。昔のキミはもういないんだね……。まぁこうなってしまったのは私がやらかしすぎて慣れてしまったせいだろうけど。
いやそれにしても昨日出会ってもう慣れてしまうというのは……。
試しに昨日の出来事を思い出してみる。
①カメラを作ろうとしてビーム発射 → ストーンスネイクとバトル勃発。
②ふと思い立って湖の上を走ってみようとする → 足下に魔力を集中させて湖に一歩踏み出したらなぜか水蒸気爆発。
③魔法で起こした爆発を背景に某ヒーローの決めポーズをする → 手加減間違えて山の形が変わる。
④廃材を利用して魔力を燃料にしたロケット製作 → まぁやっぱり大爆発。
……うん、呆れられてもしょうがないね!
現実から目を背けて私は実験を開始することにした。とりあえず目についた直径3メートルくらいの丸い形をした岩を動かしてみることにする。
この大きさならそれなりの量を材料に加工できるだろうし、何より球状なので転がしやすいはず。
地面に手をつき、魔力を浸透させる。
呆れられたのならちゃんとできるってところも見せないとね。気合い入れていきますか!
「――忍法、土遁の術!」
土魔法によって地面が波打ち始めた。本当の『土遁』は地形を利用して身を隠す術なのだけど。まぁ細かいことを気にしてはいけない。そもそも忍法じゃなくて魔法だし。
ノリと勢いは大切だ。
……そんなノリノリな私が魔法を操ったせいかどうか知らないけれど。ちゅどーん、と。まるで日本海の荒波のような勢いで地面が波立った。球状の岩が十メートルほどの高さまで打ち上げられる。
うん。あの岩は直径3メートルくらいで、“左目”を使って量ったところ、重さは34トン。
天高く舞い踊った岩石(34トン)は、幸運にも頭上に降ってくることはなかった。が、ちょうど坂になっているところに着地した岩はその形状に従ってごろごろと転がり始めて……お約束のように、あるいは運命のように私とナユハの方に転がってきた。
「――藤岡○、探検隊!」
思わず叫んでしまう私である。いやぁ本物の岩は迫力があるなぁHAHAHAHAHA!
……まぁしかし数十トンの岩などドラゴンが真っ正面から突っ込んでくるよりはマシな状況である。いやぁあの時はマジで死ぬかと思ったなぁと懐かしみながら両手に魔力を集中させた。
土壁をつくって受け止めるか、あるいは風魔法で押しとどめるか。昨日失敗した雷系は……岩を止めるのには適さないね。残念リベンジならず。
もちろん槍であの大岩を止めることはできない。……いや、お爺さまなら止めちゃうかもしれないね。あの人も大概バケモノじみているから。
ま、できないことを嘆いても仕方がない。とりあえず魔法で岩を止めることにする。土魔法はこれからたくさん使うから風にしておくか、と私が魔法を発動させようとしていると。
何かが私の視界に割り込んできた。
流れる漆黒。
太陽の光を浴びてキラキラと輝くそれは、ありとあらゆる財宝にすら勝る美しさであり。天然の芸術を前にして私は一瞬魔法の発動すら忘れてしまった。
わずかな隙。その間隙を縫って漆黒――黒髪のナユハが魔術発動の呪文を唱えた。
「――
おそらくはストーンスネイクとの戦いの際に使おうとしていたもの。
直後。
地面から無数の白い棒……いいや、白い腕が生えてきた。一本、二本どころではない。数えるのが不可能なほど、そう、まさしく無数の腕が海中の草がごとく揺らめいていた。
前世の記憶にある恐い話、海から生える無数の腕を思い出す。お盆の時期に船を出すと遭遇してしまうという……。
あんな魔法は存在しない。
しないはずなのに、確かにある。
おそらくは
素質さえあれば誰でも使える属性魔法ではなく、その一個人でしか使うことのできない独自の魔法。天からの授かり物。神に愛された証……。
その希少性は凄まじく、有用であれば貧民の生まれであろうと宮廷魔術師として召し抱えられると言われるほど。
――はてさて。お偉いさんは『黒髪黒目』であることと『稟質魔法(リタツト)持ち』であることのどちらを重視するのかしらね?
そんな無意味なことを考える余裕があるほどに状況は好転していた。
無数の腕が岩を止めようとして絡みつく。もはや腕ではなく縄としか表現できないような形状となって岩に纏わり、絞まり、縺れ合う。
数十トンはあるはずの岩が。たった一つの、たった一節の魔法にとって動きを止めた。
その力は絶大であり、唯一無二。
もしも人に使えば易々と頭蓋を粉砕し、背骨を折ることができるだろう。
地面に揺れる手の数からして、同時に相手取れる敵も多いはず。
使い勝手の良さそうな
(なるほどねぇ。腕自体を伸ばしてロープのように使うのか……。腕を腕として認識したままでは絶対にできない発想だよね。うん、私の
もちろん
そうか。便宜上などではなく、本格的に格好良くて邪悪な名前を考えないとなぁ中二病としては。前世を思い出したおかげでそれっぽい名前の知識は豊富になったのだし。
やっぱり格好良さを追求すればドイツ語だよね。いやあえて日本語で攻めるのもクールかもしれない。全て漢字というのも一興か?
私がそんなどうでも良く、しかしながら重要すぎることを考えているとナユハがどうしてか怖々とした顔をしながら私の方を向いた。
う~ん? 叱られるのを怖がる子供みたいな? むしろ怒られるのは私の方だと思うのだけど。
あ、昨日同じように庇ってくれたときに詰問まがいのことをしたからかな? そこまでビクつくほど恐くはなかったと思うのだけど……。
まぁいいや。怒っていないのなら助けてくれたお礼を口にしよう。そして私の失敗を水に流す!
「いや~、ごめんねナユハ助かったよ。――リリア・レナード。このご恩は一生忘れません」
スカートをつまみ上げ頭を下げる私。正直ナユハが出てこなくても対処はできたが、それはそれ。一度ならず二度までも私を守ろうとしてくれたのだから最大限の感謝を示すべきだ。貴族とか、ヒロインとか、そんな建前ではなく一人の人として。
顔を上げると、ナユハは鳩が機銃掃射を受けたような顔をしていた。なんで?
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