第9話 おじいさま・3
お爺さまが視線で話の先を促してくる。
「ご存じかもしれませんが、このたび温泉を発掘致しまして。左目で鑑定した結果美容に効果がありますので少々お金儲けをしようと考えています」
「……
「えぇ」
「この国には入浴文化がない。成功すると思うのかな?」
「一時的に廃れただけです。かつては王都だけで100以上の公衆浴場があったと聞いています。元々この国の人間は風呂が好きなのですから、長期的に見れば大丈夫かと」
「まぁ、元手は湧き出る温泉だからタダみたいなもの。失敗してもそこまで大きな損害は出ないだろうね。ダメだったときは宿にでも改装してしまえばいいだけだし」
「私が手伝いますので整地や建物の建築費に関しても大幅な節約ができるでしょう」
「なるほど。……浴場を五つの区域に分ける計画だそうだが、どういった心づもりだい?」
お父様に言われて作った計画書には目を通したらしい。
「はい、貴族というのは特別扱いが好きであり、反面、自分より地位が低い者との同席を嫌がる傾向があります。裸になる浴場であればなおのこと。ですので一区画は上位貴族専門で、個室。他の区域は中位貴族と下位貴族で分けます。そして貴族ではないながらも裕福な王都民に一区画を用意し、最後の一区画は広く平民に開放致します」
もちろん平民と貴族の入り口は分けますともさ。貴族はその辺が面倒くさいねまったく。
「平民向けの区画は銭湯と名付けたそうだね?」
「はい。小銭で入湯できるようにと考えまして。入浴文化を根付かせるには毎日――いえ、最低でも三日に一度は入れるようにしないといけませんから。そうなると平民の方でも気軽に出せる金額設定にしませんと」
「いい考えだ」
うんうんと頷いてくれたお爺さまはしかし次の瞬間難しい顔をしてしまう。
「計画書によると、余分に湧き出た温泉を貧民街にまで流したいそうだね?」
「そうですね。水路を敷くにしても我が家の敷地外のことになるので国の許可が必要になりますが。今の段階では余分な温泉はそのまま地下に流すことになると思います」
「地下に戻した方が手間も掛からないだろう? なぜわざわざ貧民街へ?」
「将来の金儲けのための布石です」
「……はぇ?」
今までの雰囲気を台無しにするかのように惚けた顔をするお爺さま。もしかしたら『
残念ながら、あなたの孫はそこまで良い人じゃないんですよ。
ヒロインらしくないけどね。
「お爺さま。現状、貧民街の人間は黒パンを二つ買えればいい程度の日銭しか稼げません。この数字は平均ですので、それすらも稼げない人間は大勢います」
「……なぜそんなに具体的な数字が出てくるのかな? リリアは貴族令嬢で、貧民街に行ったことはないはずだろう?」
お爺さまの疑問は無視。暇なときに転移魔法で貧民街の友達のところへ行って遊んだり治癒術士の真似事をしていることを知られたらお説教されそうだもの。
「お爺さま。貧民の方々は働く意欲がないわけではありません。ただ、雇う側が貧民を使いたがらないのです。その大きな理由の一つが、見た目の汚さ。貧民街には上水路がありませんからね。身体を清めることも洗濯をすることも困難なのです」
もちろんそれは店員とかの話で、荷運びなどの重労働は別のお話だ。
働く、ということだけを考えれば重労働でもいいのだろう。
ただ、朝から晩まで身を粉にして働いてやっと黒パン二つ買えるような現状で貧困から抜け出せるはずがない。もっと余裕を持って、もっと金銭を稼げる仕事に就けるようにならなければ。
私の発言を受けてお爺さまはこめかみを指で押さえつけてしまった。頭痛かな?
「……もう一度聞くが、なぜ貴族の娘であるリリアが貧民の事情にそこまで詳しいのかな?」
しつこく問いかけてくるお爺さま。まぁ、聡明なお爺さまなら自分の孫が貧民街に出入りしているかもしれないという可能性には思い至っているだろうし、そうなると貴族として、何より愛孫家として見過ごすことはできないのかな。
これ以上の黙秘は無理だと判断した私は意味深な表情を作りつつ左目に手を当てた。
私の左目は少々特別だ。
別に何らかの力を使ったわけではないのだけど、ただこれだけの動作でお爺さまは勘違い――いやさ納得をしてくれた。
チートって便利だねとほくそ笑みながら私は話を続ける。
「湧き出た温泉が貧民街までたどり着く頃には冷めてしまっているでしょう。しかし、貧民街に比較的清潔な水を流すことができます。あとは少々手助けをしてあげれば身体の洗浄と衣服の洗濯という習慣が根付くはずです」
あとは水路に温度保持の魔法陣を施せば『温泉』のまま貧民街にたどり着くだろう。そうすれば入浴の習慣も生まれるだろうし、冬場、水路の上にテントを張れば温泉熱による暖房も期待できる。
けど、そこまで話すと話題が複雑化するので今日のところは置いておく。とにかく『貧民が小綺麗になれば働き口も増えますよ』という主張に重点を置く。
「ふむ……」
お爺さまが小さく唸った。
「……貧民街の人間の働き口といえば汚物の処理や荷運びなど、見た目の汚さが関係のない仕事ばかり。それも貧民の多さから競争が生まれて日給が下がり続けている現状だ」
そうそう。他の人より安い賃金で働かないと、仕事自体を取られてしまうんだよね。だって働き手は他にも一杯いるんだから。そして身体を壊せば乞食になるしかないと。
何だかんだ言いながらお爺さまも貧民の暮らしに詳しいんだね。
「はい。しかし、見た目が綺麗になれば他の仕事に就ける人間も増えるでしょう。そうすれば、いわゆる汚い仕事に就く人間が減り、働き手が少なくなればその分賃金も上がるはずです」
「理屈で考えれば、な。しかし雇う側にも需要というものがある。そう簡単にいくと思うのかい?」
「いかないかもしれません。が、試してみる価値はあるかと。費用に関しても、水路の材料となる岩は我が領の魔石鉱山に腐るほどありますし、それを使えばかなり抑えられるはずです」
「魔石発掘時に出るクズ岩か。リリアの土魔法なら安価な運搬・設置ができるだろう。無論、言い出したリリアは全面的に協力するのだよね?」
「もちろんです。もちろん、国の許可が出ればですが」
私がじっと見つめるとお爺さまはその意図を察してくれた。
「……私に何とかしろと?」
「お爺さまは国王陛下のご学友だったらしいですね」
「悪友だけれどね。……うん、たまには昔話に花を咲かせるのもいいかもしれないな」
「ついでに未来の話もして戴ければ幸いです」
「そうだね、検討しておこう」
「よしなに、お願いいたします」
貴族令嬢にふさわしいカーテシーをする私。うんうん、うまくいった。お爺さまから話を通してもらえれば許可は出たようなものだろう。レナード家と、お爺さまにはそれだけの発言力がある。
もくろみ通りに事が運んで私が内心でガッツポーズをしていると、
「ついでに、可愛い可愛い孫娘の自慢話もしてくるか」
お爺さまが何でもないことのようにつぶやいた。
…………。
いや、ちょっと待って。
自慢話をする相手は国王陛下ですよね? 王太子殿下(攻略対象)の父親ですよね?
私的には死亡フラグと密接な関わりがある王家とはなるべく距離を取りたいんですけど……。
あぁ、でも温泉水路の建設の話をすれば、必然的に立案者である私の名前も出てしまうのかな? 親バカならぬ祖父バカなお爺さまなら嬉々として自慢してしまいそうだし。
陛下に名前を覚えられちゃうかも……。
でも、今さらお爺さまに『やっぱり無しで』とお願いするわけにもいかないし、貧民街の現状を考えれば温泉水路は必要だ。
つまりこのまま話を進めてもらうしかないわけで。
(……どうしてこうなった)
自分の見通しの甘さを嘆いた私は、心の中で頭を抱えたのだった。
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