第8話 おじいさま・2
「――リリアちゃ~ん! 久しぶりだね~!」
金髪の中年おやじ……じゃなくて、お爺さまが抱きついてきた。なんかもう凄い勢いで頬ずりしてきている。正直、顔になすりつけられる無精ひげが不愉快だ。
うん、こんなお爺さまを見たらアーテルおばあ様は確実に氷の視線を向けるだろう。やはり私の判断は間違っていなかったね。
しかし頬ずりされるのは正直うざったい。
魔法の結界で弾き返すという手もあったけど、それをやると精神的ショックを受けていじけたお爺さまの相手をしなきゃいけなくなるので大人しく猫可愛がりを受け入れる私。本当によくできた孫娘である。
ちなみになぜ扉を叩く前に私の訪問がバレていたのかというと、たぶん近づいてくる私の気配を察知したのだろう。無駄にハイスペックなのがこの中年おやじ――じゃなくてお爺さまなのだ。
「あぁもうリリアちゃんは今日も可愛いね~! 日々益々アリアに似てくるよ~! 寂しかったら毎日ここに来てもいいんだからね!」
よそ様には見せられないほどだらしない顔。これがかつては“神槍”と称えられたSランク冒険者であり、引退後は商人として大成し“一晩で国家予算を稼ぐ男”と恐れられた人物というのだから笑えない。もしも私が誘拐でもされたら身代金で国家予算級の金が動きそうだ。
まぁ、私を誘拐できる人間なんていないだろうけどね。私に勝てるかもしれない存在なんて師匠くらいだし。あの人は誘拐なんてしょぼい真似はしない。
ちなみに、お爺さまが口にしているアリアとは私のお母様――つまりはお爺さまの娘の名前だ。
お母様は早死にしてしまったので、それを考えるとお爺さまがこうして瓜二つな私を溺愛してしまうのもしょうがないのだろう。いい孫娘である私はもうしばらくお爺さまからの猫かわいがりを受け入れることにした。
今日は一時間で済めばいいなぁ。
と、私がそんなことを考えているとお爺さまは案外すんなりと私との抱擁に区切りを付けた。これで終わり……というわけでもなさそうだ。私の両肩を力強く掴んできたし。
「ふむ? ふむむ?」
首をかしげながらお爺さまは腕を前後左右に揺さぶり始めた。必然的に肩を掴まれたままだった私の上半身も前後左右に揺さぶられてしまう。
「う~む? はて?」
「あの、お爺さま? さっきからなんなのですか?」
「いや、妙だなと思ってね……。リリア、最近何か変わったことはなかったかい? 妙な薬を飲んだとか、怪しげな術に手を出したとか」
「はぁ? えっと、いえ別に心当たりはありませんが」
“加護”のおかげか私は病気にならないから薬なんて飲む必要はないし、変な魔法に手を出した覚えもない。しいて変わったことといえば……。
「あ、前世の記憶を思い出しましたね。二つ目なので変わっているといえば変わっているかもしれません」
この国では前世の記憶持ちはそれなりにいるけれど、さすがに前世と前々世の二つを思い出した人は珍しいはずだ。
「前世か。その前世では何か戦闘職に就いていたのかい?」
「? いえ、戦闘とは一切関わりのない職業でしたけど。あ、でも小さいときから薙刀――こちらでいう槍術は趣味でやっていましたね。二十年ほど」
「ほぅ、二十年か。それだけやっていれば魂にまで経験が染みこんでいてもおかしくはないかな」
「はぃ?」
「いやなに、この前会ったときよりも体幹が鍛え上げられていたのでね。こちらの想像を遙かに超えた成長だったので妙な薬でも飲んで鍛えたのかと思ったんだよ」
「……そういうことでしたか」
お爺さまの行動に関しては理解する。でも発言に関しては首をかしげるしかない。前世で肉体を鍛えた結果が魂にまで染みこんで、それが転生先の肉体に影響することなんてあるのかねぇ?
私が疑問を抱いていると、前世の私がとある名言を思い出させてくれた。
いわく、「そのとき不思議な事が起こった」
……うん、不思議なことなら起こっても仕方がないよね!
深く考えるのを諦めた私はさっさと今日来た目的を果たすことにした。
「お爺さま、商売の話をしたいのですけれど」
「……ほぅ?」
お爺さまの纏った雰囲気ががらりと変わった。孫煩悩な好々爺から、歴戦の大商人のそれへと。
まったく、普段もこうしていれば素直に尊敬できるんだけどなぁ。
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