第10話 閑話 国王と、旧友
「よう、久しぶりだな国王へーかさま」
夜。
やっと仕事を片付けて、さぁ晩酌でもするかと意気込んでいた余の私室に、そんな言葉と共に表れたのは金の短髪をなでつけた親友――いや悪友だった。
ちなみに扉は厳重に施錠済み。外側には衛兵も立っている。ではどこからやって来たのかというと……換気のために開け放っていた窓からだ。地面から窓までの高さは優に30メートルはあるというのに。
どうやって、とか、どうして、とか。この男相手にそんな常識的な思考は無駄でしかない。
非常識が服を着て歩いている。
冗談ではなくサイン一つで国家予算級の金貨を動かす男。いくら余が国王であろうと偉ぶることのできない相手だ。
……こいつ相手に『余』などという一人称を使っていては笑われるか。まったくこの男と学舎を同じとしたことは幸福なような、そうではないような。
被った精神的損害を考えれば不幸だな。
ため息をつきつつ俺は悪友に胡乱な目を向けた。
「久しぶりだなガルド。音沙汰がないから死んだと思っていたぞ」
「冗談。リリアが嫁に行くまで死ぬわけにはいかんさ。ふ、嫁になぞ出さんから実質永遠の命を得たことになるな」
リリアとはこいつの孫娘の名前だったか。
強大な魔術師の証である銀髪を持ち、しかも建国神話に語られる赤目まで有しているのだから、たとえこいつの孫でなくても存在を記憶していたことだろう。えらい美少女でもあるし。
それに、彼女には大きな大きな“借り”がある。
たしか一部の重臣から俺の息子――王太子の婚約者にという話が出ていたな。もしも実現するならば『銀髪赤目』とレナード家の財力が手に入るのだから悪い話ではない。あの美貌なら国民からも愛されるだろうし。
……まぁ、子爵家の娘が王太子の婚約者になるのは中々に難しいものがあるが。あの“借り”を考えれば無茶も通さなければなるまい。
いや、それ以前にこいつが孫娘を手放すとは思えないがな。
「それで、いきなり何の用だ? まさか晩酌を横取るつもりか?」
「冗談、俺はいつもお前よりいいものを食っているからな。昔はともかく、いまさらたかるような真似はせんさ」
「…………」
そりゃあレナード家の財力ならそうなんだろうけどなぁ、真っ正面からケンカを売ってくるなよ……。泣いていいだろうか? 俺、国王なのに。
「俺だってもう少しいいものを食いたいさ。けどな、現状、国王が贅沢をするわけにもいかないんだよ」
「財政が厳しいのは知っているが、最近はそんなにヤバいのか?」
「ガングード公爵領周辺で魔物の動きが活発化している。騎士の増員や冒険者への支払い、損害の補填に砦の整備……まったく金が掛かってしょうがない」
「魔物は解体すればそれなりの素材(金)が手に入るだろう?」
「出現数が多すぎなんだ。今はまだいいが、この状況が続いたら素材の価格も暴落するだろう」
「商人としては楽しくない話題だな。――『魔王』でも復活するのか?」
「実際、学者の中にはそう主張している者もいる。まだ主流ではないがな、もしもそうならお前にも戦ってもらうことになるぞ」
「おいおい、俺は隠居した爺さんだぜ?」
「騎士団長に圧勝できるくせによく言う。『神槍のガルド』の腕はまだ衰えてはいまい?」
こいつは冒険者として一財産を築いた後、それを元手に商売を始めたという経歴を持っているのだ。しかも双方で成功し伝説となったのだから少しは自重しろと言いたくもなる。
そんな無駄に天才な男はなぜだか不敵な笑みを俺に向けてきた。
「ずいぶん昔に引退したから衰えた、と言いたいところだが、最近はいい練習相手が現れたのでな。むしろ現役時代より腕が上がったかもしれん」
「ほぅ? 将来有望な弟子でも取ったか?」
「あぁ、天才だ。片目しか使えないから普通の人間よりは不利なはずなのだが、それでもいずれ『神槍』の称号はあの子に譲らねばならないだろう。名前をリリア・レナードというのだがな」
「…………」
なに いっているんだ こいつ?
「……まてまてまて。リリア・レナードとはお前の孫娘だよな? 子爵家令嬢だよな?」
「決まっている。自慢の孫娘だ」
「どこの世界に槍を振るう貴族令嬢がいるんだ!?」
「うちにいる」
「そうじゃない! 貴族の娘に槍を振るわせるなと言っているのだ! 護身用にレイピアでも習わせるならとにかく……」
「あんな細い剣が実戦で役に立つか」
「貴族の女性に実戦を想定させるなよ!」
「しかしなぁ、才能があるんだから伸ばさなきゃならんだろう?」
意味が分からんとばかりに首をかしげるガルド。
あ~、頭痛い。なぜこいつは槍のことになるとここまで非常識になるのか。
あ、いや、槍以外でもたいがい非常識だよな。
「……ガルドよ、『銀髪赤目』であるリリア嬢には魔術の才能があるんだからそれだけを集中して伸ばせばいいだろうが。万が一格闘戦が必要になっても魔力で身体強化をすればいいだけだし」
過去の例からして、銀髪の魔術師ならば身体強化だけで騎士団長に匹敵する力を得られるだろう。もちろん制限時間はあるが、身を守るだけなら十分すぎる。
だというのにガルドの阿呆は納得してはいないようだ。
「甘い、甘いぞリージェンス。いくら身体強化で膂力と速さを上げようが、動き自体が素人では簡単に見切られてしまう。やはり勝つためには基礎から徹底的に仕込まなければ」
「……お前は孫を何と戦わせるつもりなんだ?」
「そうさなぁ、あと十年も鍛えれば魔王とすら決闘(ガチンコ)できるだろう。もちろん勝つのはリリアだな。いや、前世を思い出してから急に進歩したから五年くらいでいけるか……?」
本気か冗談か分からねぇ……。こいつの場合は魔術ではなく槍だけを使った勝利を想定しているだろうし。
なんかもう本気で頭痛がしてきた。これ以上リリアという少女の話題を掘り下げたら倒れてしまいそうだ。
「そ、そうか。では魔王復活が五年くらい遅れることを願うとしよう」
「そうだな。それまでに徹底的に鍛えねば。だが、最近は嫁に怒られてなぁ。リリアとの鍛錬は一週間に一度と制限されてしまったよ」
こいつの嫁はリースとアーテルがいるが、そういう制限をするのはリースの方だろう。姪御(リース)がガルドの嫁になってくれたことがこの国にとっての幸運だったな。でなければ国が二、三回滅んでいてもおかしくはなかった。いやマジで。
しかし一週間に一度とはリースも妥協したものだ。王族として生まれ、淑女として育てられたリースのことだ、孫娘が槍を振るうこと自体大反対しそうなものなのに。
何だかんだでガルドに甘いということか。
未だに仲むつまじい親友夫婦を微笑ましく思っているとガルドがなぜか誇らしげに胸を張った。
「だが俺も負けてはいない。家庭教師を買収してリリアの礼儀作法教育にそれとなく体幹鍛錬を混ぜておいた。体幹を鍛え上げれば女性的な肉体でも男に負けぬ力を出せるというのが俺の持論だ。数年後のリリアはそれを証明してくれることだろう」
あー、聞いていない。俺は何も聞いていないぞ!
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