第6話 お風呂(なお)

「さて、じゃあ適当な石を使いましょうか」


 湯船にするので大きめな、私の身長ほどの高さがある岩を選ぶ。

 土魔法を使って地面を波のように動かし、庭石の一つを目の前まで移動させる。『なんでそんな高度な土魔法を無詠唱で行使できるのかな……?』というお父様の発言は無視。そろそろ慣れてもらいたいものだ。


 さて。岩を切るなら風魔法で切断してしまうのが一番簡単かな? いわゆる“かまいたち”ってヤツね。


 しかし、前世の記憶を思い出した私としては試してみたいものがあった。水を高圧で噴射して物を切断するウォーターカッターというものだ。水が鋼鉄すら切断してみせるとか中二病心を刺激されるんだよねぇ。


 というわけでウォーターカッターっぽいものを使ってみよう。まずは水魔法を使って庭にある池から水球を作り出す。

 空中に浮かんだ水球の大きさは直径二メートル程度。その水球の周りを風魔法で包み込んで――


「――風力水圧(かぜのちからはみずをあっし)、万物切裂刃(ばんぶつきりさくやいばとなる)」


 それっぽい呪文を唱え、風で水球を圧縮する。無詠唱で魔法を行使できる私がわざわざ呪文を唱えたのはあまり常識外のこと(無詠唱魔術)をやり過ぎるとお父様の胃痛が再発しそうなのと、中二病的カッコよさを追求した結果だ。


 呪文の内容は別に理論だったものではない。ただその場の勢いで決めただけなので魔法学者が聞いたら頭を抱えてしまうだろう。


 直径二メートルほどあった水球は風魔法によってすでに私の拳ほどの大きさにまで圧縮されている。この状態で水球を包んでいる風の一部に穴を開ければ圧縮された水が『びしゅー!』と噴射される……はずだ。


 初めてなのでやってみないと上手くいくかは分からない。

 なので、さっそくやってみよう!

 こういうとき意味もなく技名を叫んでこその中二病!


「――切り裂け! 流圧風破刃(ウォーターカツター)!」


 このとき、私は失念していた。


 無詠唱で魔法を使うよりも、詠唱した方が威力などが増大する。


 そんな魔法の大原則は適当な呪文詠唱でも適用されてしまったみたいであり。まぁつまり何が言いたいかというと……。


 ……宇宙戦艦のビーム砲みたいな音がしました。


 端っこを切り取る予定だった庭石は半分程度が跡形もなく消え去り、地面には人一人が入れるくらいの大穴が地中深くにまで達していた。撃ち出したウォーターカッター(仮)よりもだいぶ直径が太いので、あまりの高威力に周囲の地面が抉られてしまったのだろう。


「……やりすぎちゃった♪」


 しかし、辺り一面焼け野原にはならなかったのでセーフなはず! 顔が蒼くなっているお父様からは全力で目を背けるけどね!


 と、私が現実とお父様から目を背けていると、ごごごごご……的な音がどこからか響いてきた。地面も少しばかり揺れている気がする。


 どことなく嫌ぁな予感がした私はお父様の側に寄り、結界で周囲を包み込んだ。


 そして。


 地面にウォーターカッター(仮)で開けられた穴から……まるで間欠泉のように水が噴き出してきた。その高さは屋敷の屋根を越えてしまいそう。


 私とお父様を包み込んだ結界にかなりの勢いで水が叩きつけられている。


 うん、どうやらウォーター(以下略)は岩盤を撃ち抜いて地下水脈まで達してしまったみたい。凄いぞ私さすがはヒロインだ!


 ……と、現実逃避していた私はふと気付いた。地面から吹き出る水から湯気らしきものが立っていることを。結界は水温も遮断するのですぐには気づけなかったのだ。


「うぅん? もしかして温泉なのかな? だとしたら銭湯をつくって一儲けできそうだけど……」


 火山が近くになくても温泉って湧くものなの?

 残念ながら前世の私は(温泉好きだったけど)温泉博士ではなかったので詳しいことは分からない。


 あー、でも、酸性泉とか硫化水素泉は生き物に害があるって聞いたことがあるなぁ。そうなると銭湯を作るわけにもいかないし、穴の開いた岩盤を土魔法でふさぐ必要もあるよねぇ。


 調べないとダメっぽいな。

 私は左目の眼帯に手を添えて、ほんの少し眼帯による魔力拘束を弱めた。左目のまぶたは閉じたまま、湧き出る温泉を凝視する。


 鑑定眼アプレイゼル――とはちょっと違うけど似たようなものだ。鑑定スキルは転生チートの定番だよね。

 まぶたを閉じたままなのは完全解放すると見えすぎて・・・・・無駄に疲れてしまうから。


「……ふむふむ、湯温60℃で、毒性はなし。ちょっと湯温が高いね。効用は――おぉ、美容に◎かぁ。貴族や商人の奥さんに人気が出そうだね。温泉水を美容液として販売するのもいいかも。確か前世にも温泉水の美容液があったはずだし何だったら錬金術を応用して成分を濃縮するって手もあるね」


 小声で皮算用を終えた私はレナード家当主(お金儲けの責任者)に首を向けた。


「それではお父様、商売のお話をいたしましょうか」


「え?」


 話を振られて顔を引きつらせるお父様。面倒ごとはゴメンだと表情に出ていますわよ?


 そんなお父様も私が温泉ビジネスの話を進めるにつれて目を輝かせ始めた。レナード家は貴族ではあるけど根幹は大商人。入り婿とはいえそんなレナード家の当主をやっているのだからうまい話には乗ってくれるのだ。


 こうして。

 隣の空き屋敷を買収して、この国では数十年ぶりとなる公衆浴場の建設が決まったのであった。


 ……お風呂を作っていたはずなのに、どうしてこうなった?




 まぁ、広い視野で見ればお風呂を作ったことになると思う。

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