第5話 治療


 お父様の治療は順調に進む。


 最初の頃は五分くらいかかっていた治療が最近では三分程度で終わるようになってきた。


 アニメやマンガの治癒魔法と比べると遅く感じるけれど、今行っているのは自分の魔力ではなく空気中にうすーく広まっている魔素を自分の魔力に変換して使うという一手間がかかる省エネ治癒魔法なのでこれでも画期的な速度なのだ。


 ……空気中の魔素ではなく私自身の(ヒロイン補正やらで有り余っている)魔力を使えば一瞬で治癒を終わらせることもできる。


 でも、あまりに高度な治癒術士だとバレてしまうと国に“保護”されて王族専用の治癒術士に~とか、徴兵されて最前線で治癒を~、となってしまう危険があるので表面上は『街に一人はいる治癒術士』程度のレベルで留めておきたいのだ。


 まぁそれでも治癒術士というだけで貴重な存在なのだけれど。本気を出してお偉いさんに目を付けられるよりはマシだろう。


 そんなことを考えている間に治癒は終わり、お父様の体調は目に見えて回復した。ついでに左目(・・)を使って健康診断を行い、弱った腸も回復させておいたのでさもありなん。


「ふぅ、ありがとうリリア。助かったよ」


「私のせいですからお気になさらず。前世の記憶によるとストレス――精神的な苦痛が原因で胃痛になるみたいですし」


「……わ、私はリリアとのやりとりに苦痛を感じてなんかいないよ!?」


 目が泳いでいますわお父様。


 うん、ごめん。私にだって、破天荒な性格をしているせいでお父様を振り回している自覚はある。治そうとしても治らないだけで。


 ちょっと罪悪感を覚えた私はお父様に助言することにした。


「お父様、治癒魔法に頼ってばかりいれば自然治癒力が衰えてしまいます。これからはなるべくストレス――精神的な苦痛を感じないようにするべきです。具体的にいえば私や『お爺さま』の言動を重く受け止めすぎないように。私が結婚して家を出ればお父様に治癒魔法を掛けるのも難しくなるのですから」


 私の性格が破天荒だとするならば、お爺さまはもはや天変地異だろう。そんな二人が娘と義父なのだから、お父様の胃にかかる負担は推して知るべし。


 私の助言を受けてお父様は苦虫をかみつぶしたような顔をした。そういえばこの世界にも苦虫はいるのかな?


「う、わかってはいるんだよ。ボクの心が弱いってことくらいは……。リリアは幸いにしてお義父さんに似てくれたけど、アルフレッドはボクに似てしまったし。後継者が引きこもりでは我がレナード家の未来は暗い。いっそのことリリアが後を継いだ方がいいのだろうか……」


 お父様がうじうじと悩み始めてしまった。いつの間にか一人称が『ボク』になっているし。子供が二人もいる人間が情けない姿をさらしているというのに、それでも絵になってしまうのだからイケメンは卑怯だと思う。


 しかし、そうか。我が弟はまだ引きこもっているのか。

 弟は領地で静養しているから王都の屋敷にいる私とは接点があまりないのだ。領地は馬車で一泊くらいなので比較的近いけど、それでも頻繁に帰れるような距離でもない。瞬間移動(テレポート)はさすがの私も消耗が激しいし。


 あと、私は一人でいても平気なタイプの人間なので弟のヒッキー状態も『まぁ、若いんだし自分と向き合う時間も必要だよねぇ』的な思考であえて関わろうとはしなかった。

 我ながら可愛くない9歳児だと思う。


 ……それに、弟であるアルフと触れあおうとするとあの人・・・が怒ってしまうし。


 でも、このまま放っておいたら引きこもりからのニート一直線だし、そうなると私がレナード家を継いで女子爵をやらなければいけなくなる。そろそろ私も重い腰を上げるべきだろう。


 あ、もちろん重い腰を上げる理由第一位は『弟が心配』だからだよ? 決して『家を継いだらスローライフできないじゃん』なんていう邪な理由ではございません。


 まぁ、弟のことは次回の帰郷の時に本気を出すとして、今日のところはお風呂を作ってしまおうか。私の性格的に一度放置するとそのまま飽きてしまいそうだし。


「ではお父様。胃痛の治療費代わりといっては何ですが庭石を使ってもよろしいでしょうか?」


「ん? あぁ、どうせ放置してあるものだしね。ちゃんと片付けるんだよ? あと、くれぐれも、くれぐれもやり過ぎないようにね?」


 私の肩を掴んで念を押してくるお父様である。やだなぁ、5歳のとき初歩攻撃魔法の練習で森一つ消失させちゃったくらいで大げさな。今の私はちゃんと力加減を学んでいましてよ? おほほほほほ。


 ……たぶんね。


「なんだか今寒気がしたんだけど!?」


「気のせいですわお父様。ではさっそくお風呂作りに取りかかりましょう」


 意気揚々と裏庭へ向かう私と、心配なのか後をついてくるお父様。数分もしないうちに庭石が山と積まれている場所に到着だ。お爺さまはどうやら庭石をそろえた時点で飽きてしまったみたい。それにしても集めすぎだと思うけど。

 しかし、私の飽きっぽさはお爺さまの遺伝なんだろうなぁ。前世はもっとマシだった気がするし。


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