第4話 お風呂を作ろう、と、しただけなのに……

 振り向いた先にいたのは予想通りお父様。レナード家の当主なので本来なら領地にいるべきなのだろうけど、レナード家は元々商人なので領地経営は代官に任せて本人は王都で商売に専念している。


 9歳の娘がいるのにまだまだ青年と呼びたくなる貴公子だ。金髪碧眼で温和な顔という王子様風の顔つきをしていて、やる気さえあればきっとすぐにでも再婚相手を連れてくることが出来るだろう。


 私が幼い頃に亡くなったお母様を未だに愛し続けているらしいからその可能性はないと思うけど。娘としてはそろそろ再婚を……とも考えてしまう。


 ちなみにお母様は私がそのまま成長したような美人さんだった。

 そしてお父様は最高位のイケメンだ。改めて観察してみるが、前世の記憶と照合してみても並び立つ者はいないほど。そりゃあこんなお父様とお母様が××チョメチョメすれば私みたいな美少女が生まれますわー。遺伝子って偉大だわー。


 っと、実の父親をじっと見つめ続けるのも不自然だ。私は胸に手を当てながらすくっと立ち上がった。


「えぇ、お風呂作りに丁度いいものがあったと思い出しまして」


「……おふろ?」


 困ったように首をかしげるお父様。確かに「何があるんだい?」という質問の答えにしてはちょっと突拍子がなかったかもしれない。

 さて、今やろうとしていることを説明するなら、まずはこれ・・から話さないとね。


「えぇ、お父様。順序立てて説明しますと、実は先ほど妖精さんのイタズラによって前世の記憶を思い出しまして」


 あ、これもまた突拍子もなかったか。でも事実だからこれ以上詳しい説明をしようがないしなぁ。


「……あぁ、そう、また・・なんだ……」


 どこか疲れたような顔をしながらも前世うんぬんをすんなり受け入れてしまうお父様。

 ま、でも、考えてみれば仕方のない反応かもしれない。

 この世界では数百人に一人くらいの割合で前世の記憶持ちが生まれてくるらしいし、なにより、私が前世の記憶について語ったのはこれが二度目なのだから。


 一度目はお母様が亡くなってすぐのこと、らしい。

 らしいというのはそのとき私は3歳で当時のことをよく覚えていないからだ。


 で、3歳の私は前世――いや、正確に言えば前世の前世を思い出したと父に語ってしまったみたい。普通ならそんなことは隠すのだろうけど、なにせ3歳児のやったことなので大目に見て欲しいところ。


 そして一度言ってしまったのだから二度目も別に隠さなくてもいいよねぇという思考による先ほどの発言である。


 ……ちなみに、“リリア・レナード”の前世――つまりは日本人だったという設定はゲームになかった。けれど、前世の前世については設定資料に載っていた。


 いわく、リリアは北欧神話の女神(・・)オーディンが転生した存在なのだそう。


 うん、ツッコミどころ満載だ。

 神様が人間に転生するのはインド神話などに例がある。が、いくらなんでも北欧神話の主神様が乙女ゲームのヒロインに転生というのはぶっ飛びすぎだ。


 そしてなぜかオーディンが女神になっているし。髭のおじいさんじゃないんかい。まぁメインターゲットが女性であるから男性からの性転換という展開は避けたかったのかもしれないけど、だったら最初から別の神様を使えという話だろう。


 私は死んでも治らなかったほどの中二病だし、自分が神様の転生なんて本来なら萌えて燃える展開だ。けれども、ちょっと設定が雑すぎていまいち乗り切れていない現状。やっぱり細やかな設定は大事だよね。詰め込めばいいってものじゃない。


 もはや遠い世界の存在となったシナリオライターに内心で文句を付けつつも私は笑顔を作った。胃の辺りを痛そうに押さえつけているお父様の苦悩が少しでも減るように。


「前世の私はお風呂文化の発達した国に住んでいまして。毎日お風呂に入れない現状は拷問に近いのです。しかしこの屋敷にお風呂はありませんし、街に公衆浴場もないらしく。ならば自分で作ったらいいと考えたのです」


 うまくいったら販売を。というのは黙っておく。話がややこしくなっちゃうからね。


「あぁ、そうなんだ……。それで、裏庭にある“何か”を使いたいんだね?」


「さすがお父様、話が早いです。えぇ、お爺さまが庭園を改造しようとして持ってきたのはいいものの、途中で飽きて放置していた庭石があるでしょう? あれを使って湯船を作りたいと思いまして」


「石を使うのかい? レンガじゃなく?」


「えぇ。レンガを購入する資金がありませんから。それに石を組み合わせた岩風呂というのは前世で一般的でしたし、ちょちょいと魔法を使えば簡単に加工できますから。岩同士の接合も間に砂を詰めて固めてしまえばいいだけですし。切断から接合まで、任せて安心リリアちゃんです」


「……石みたいな硬い物質の切断にはかなり高度な魔法が必要だし、砂を固めて岩にするのなんて物質転換魔法に足を突っ込んでいるじゃないか。それを“簡単”の一言で済ますとは非常識な……。まぁリリアに言ってもしょうがないか」


「えぇ、無駄です。なにせ私は天才なので」


 しゃらぁん、と。私は自らの後ろ髪をかきあげた。光り輝くような銀髪。神に愛されし色。

 銀髪とは建国神話に登場する特別な髪色であり、同時に、生まれ持った魔力量が人並み外れている証なのだ。銀の髪を持つ存在は魔法の天才で、銀髪の子は歴史に名を残す魔法使いになると信じられている。


 私の即答にお父様がまた胃のあたりを押さえてしまった。


「父親として注意するが、リリアはもう少し謙遜というものを覚えた方がいいね。貴族として生きるなら正直さは時として致命傷になり得るのだから」


 お父様からの助言に私は得心したように頷いた。


「なるほど、普段は凡人を演じて敵の目を欺き、いざというときに虚を突けと。さすがお父様は容赦がないですわ。『優男の皮を被った悪魔』のあだ名は伊達じゃありませんわね」


「どうしてそうなるのかな!? あとそのあだ名初めて聞いたんだけど!?」


「ですがご安心ください。二つもの前世の記憶を思い出した私はもはや無敵。魔王を敵に回しても瞬殺することが出来るでしょう」


「虚を突く敵の規模が想像以上だった! ……うっ、痛、」


 全力のツッコミをしたお父様がとうとう胃の辺りを押さえながらしゃがみ込んでしまった。たぶんストレスから来るものだろう。真面目な人なのだ。レナード家の人間は良くも悪くも『ちゃらんぽらん』な性格をしているのだから軽く受け流せばいいものを。


 お父様の生真面目さには呆れてしまうものの、そんなお父様のことを好ましく思っている私は彼の側に歩み寄り、お腹に手を当てて治癒魔法を施した。


 しかし、お風呂を作ろうとしてお父様の胃を破壊してしまうとは……どうしてこうなった?






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