第4話 「好き」が空から降ってきた♪
「うじだねぇ……」
昼休み。私はスケジュール帳を開いてため息をついた。
海辺中学校との合同練習会が終わり、今週から吹奏楽部はいよいよ本格的にオフシーズンとなった。11月に入り学校の最終下校時刻も17時に繰り上がり、ただでさえ部活をできる時間も短いのに、毎週水曜日に加え、週末は土・日共に休み。祝日も休み。極めつけは、後期中間テストの存在だ。
私の通う中学校は前期・後期の2期制をとっており、12月2・3日には後期の中間テストが行われる。このテスト期間中はもちろんのこと、テスト前5日間は平日も含め、部活動休止期間となるのだ。
今日は11月15日。今月はまだ半分残っているというのに、改めてスケジュール帳を確認すると、今月はあと7日間しか部活がない!
「はにゃ~、もっと楽器吹きたいのにな~」
私は再びため息をつきながら手帳を閉じると、午後の授業の教科書を準備し始めた。
憂鬱な授業も何とか乗り越え、帰りのホームルームが終わると、私はトレードマークのツインテールを揺らし、颯爽と音楽室へと向かった。
(私の一日は、いまここから始まるのだ~♪)
軽やかな足取りで音楽室へ入ると、既に片岡の姿があった。片岡は窓際に立って外を眺めている。
「お疲れ~。何見てるの?」
私が声を掛けると、片岡は振り向く。
「あぁ、えり子。お疲れ~。ここからさ、富士山見えるんだな」
そう言って片岡は再び窓の外を見遣る。
「うじ。今日は良く晴れてるから、きれいに見えるね~」
この音楽室から見ると、港の向こう、海に浮かぶように遠くに富士山が見える。
時計を確認すると、まだ部活の始まる時間までには少し時間がある。私は良いアイディアを思いついた。
「ねぇ、片岡。ちょっと来て」
そう言って私は笑顔で手招きする。
「ん? あぁ、良いけど」
片岡は不思議そうに私を見るが、私はそのまま音楽室の出口に向かった。後ろから片岡がついて来るのを確認しつつ、私は音楽室を出て、廊下を進み、更に階段を上る。
「上に行くのか?」
片岡は更に不審そうに尋ねてくる。音楽室は校舎の最上階。そこから階段を上るということは屋上しかない。
「良いから、良いから~」
私は屋上に続く階段を昇り詰めると、扉を開けて屋上に出た。
「屋上って出られるんだな~」
そう言いながら片岡も屋上に出る。
よく晴れて、この時期としてはポカポカと暖かい、まさに小春日和。そんな心地よい屋上の海側へ片岡を案内すると、片岡はパッと表情を明るくさせた。
「おぉ~、良い眺めだな~」
屋上からは港とそこから広がる海、そして富士山が一望できる。
「でしょ~?」
私は得意げにそう言いながら、爽やかで柔らかい空気を思いっきり吸い込んだ。かすかに潮の匂いがする。私はこの風がとても好きだ。
「う~ん、気持ちいい~♪」
「そうだな~」
片岡も伸びをした。
「
景色を眺めていた片岡が、不意に私の方を向いて尋ねる。
「うじ、オッケーだよ。でも、街側に向かって吹いちゃダメなの。海の方に向かってなら吹いて良いってルールがあるよ」
「そうなんだね」
そう言って、再び片岡は遠くを眺めた。
少し間を開けて片岡が言う。
「なんか秋の終わりって寂しい感じもするよな」
港の手前に見える公園の木々たちは、随分と落葉が進んでいた。しかし、私は笑顔で答える。
「そう? 私はこの時期、結構好きだけどな~。これからクリスマスとかお正月とか、楽しい行事、い~っぱいあるでしょ~?」
そう言いながら、私はふと気になることがあった。
「そう言えば、片岡って誕生日いつ?」
私の問いに、誠也は私の方を向き直りながら答えてくれる。
「12月25日。覚えやすいでしょ?」
「ふおっ! クリスマス! すご~い!」
「えり子は?」
「私は、9月9日だよ」
「そっか、もう過ぎちゃったね~」
そう言いながら、片岡は再び海の方を眺めた。
私はそんな片岡の横顔を見ながら、唐突に、本当に唐突に思った。
(あっ、きっと私、片岡のことが好きなんだ……)
まるで「好き」が空から降ってきたみたいに、突然に湧いた感情。
しかもその時の私は自分でも驚くくらい冷静で、どこか他人事の様ですらあった。そしてそんな自分に、ちょっと笑った。
「そうだ! ねぇ、片岡。LINE交換しよ?」
私がそう言って制服のポケットからスマホを取り出すと、片岡は再び私の方に向いて言った。
「ごめん、俺のスマホ、カバンの中だ。ってゆうか、学校の中じゃ使用禁止だろ?」
私は気にせずスマホを開きながら言う。
「ここじゃ誰も見てないから、片岡がチクらない限りバレないよ」
「俺はチクったりしないけどさ……」
「じゃ、私からスタンプ送っておくから、後で返信ちょーだい」
そう言って私は部活のLINEグループから片岡を探し、スタンプを送った。
「おう、帰ったらな」
私はスマホを閉じて、改めて片岡の方を見ると、なんだか急に恥ずかしくなった。
「さて、そろそろ音楽室に戻りますか~」
そう言って私は、ちょっとくすぐったい潮風を再び吸い込みながら、階段の方へ向かって歩き出した。
「おう」
そう言って、片岡は私の後に続いた。
その後私は、いつも通り部活をやって、いつも通りみかんと帰って、そしていつも通り家族と晩御飯を食べた。
夕食が終わって自室に戻り、スマホを見ると片岡からLINEが届いていた。
【こちらこそよろしく!】
そして可愛いらしいスタンプと共に。
私はそれにスタンプで返信をしてからスマホを置くと、着替えを持ってお風呂場に向かった。
洗面所でツインテールの髪をほどくと、一日中入りっぱなしだった肩の力も抜ける。
更に湯船につかると、全身の力が抜けていく。
しかし、体がリラックスしていくのと同時に、心がザワつき始めるのが分かった。
「片岡……」
思わず呟いた名前に、私は赤面する。
今日、屋上で突然舞い降りた感情に、今更ながら「迷い」がよぎる。
――「好き」っていう気持ちで合ってるよね?
生まれて初めて抱く感情に戸惑いながらも、私はそれを素直に受け入れることを選択した。
そして、深く深呼吸する。
屋上で吸い込んだ潮風の匂いを思い出しながら、何かが始まる予感に胸を躍らせた。
♪ ♪ ♪
翌日からも、私はいつも通り学校に行き、部活に励んだ。
片岡と一緒に楽器を吹いて、たまに片岡と会話したり。
部活の無い週末は片岡と会えなかったり、でも週明け部活が始まればまた片岡と会えたり。
いつも通りの日常。私はそれで十分だった。
ただ今までと違うのは、片岡を見ると、片岡の声を聞くと、ちょっとだけ心臓の鼓動が早くなる。
私はその感覚すら楽しみながら、私はこの少しフワフワした幸せな時間を過ごした。
しかし、そんな私の幸せな時間を無情にも引き裂くイベントがやってきた。
そう、後期中間テストだ!
11月27日の土曜日からテスト前の部活動休止期間が始まる。12月3日金曜日にテストは終わるが、その日は採点作業の為、部活は無し。そして土日は部活が無いので、次に部活が再開となる12月6日まで、9日間も部活がお休みとなるのである!
そんな過酷な(?)テスト勉強期間が始まって3日目。月曜日の夕方、自宅で机に向かっていると、みかんからLINEが届いた。
【べんきょうしてる~?】
私はすぐに返信する。
【うじゅ~、これからするところだよ。邪魔しちゃや~よ】
【はいはい、お互いがんばろ~ね!】
みかんとはそんな感じで、たまに大した用事もなくLINEをやり取りする。
一方、片岡とは……。
私はなんとなく、片岡とのトーク画面を開く。
先週、一度スタンプをやり取りしただけのトーク画面。
片岡とも気軽にLINEしたいな~って思うけど、用事もないのにいきなりみかんの様に送るのっても変だし。
そう考えて、私はため息をつきながら画面を閉じた。
片岡への思いは、自分の中でもとてもフワフワしていて不思議な気分だった。
冷静に考えれば、私は片岡のことをまだよく知らない。もしかしたら札幌に彼女がいるかもしれないし、そうじゃなくても既にこの中学校で好きな人がいるかもしれない。
色々知りたいことがあるのに、今は会えない。
何でこんな時期に、この思いに気づいちゃったんだろう――。
♪ ♪ ♪
水曜日の夕方。今日は塾がある。塾の帰り道、いつもと同じようにみかんと一緒に自転車で走っていると、先を走っていたみかんがコンビニの前で止まり、いたずらっぽい笑顔を私に向ける。
「ちょっと寄り道しない?」
私も笑顔で答える。
「いいねぇ~」
私は肉まんを買った。みかんより先に会計を済ませて出口付近で待っていると、ふとクリスマスケーキのパンフレットが目に入った。
(クリスマス……片岡の誕生日かぁ)
私は何げなくそのパンフレットをもらうことにした。
その後、いつもの公園に移動して、買ってきた肉まんを食べながらみかんとおしゃべりタイムを楽しむ。
みかんがふと、私の自転車のかごに入っていたクリスマスケーキのパンフレットの気付いたようだ。
「もうクリスマスの時期だね~」
「うじゅ~。あ、片岡って誕生日12月25日なんだって!」
「え、クリスマスじゃん! すごーい」
私は今ならみかんに、すんなり言えそうな気がした。
「ねぇ、みかん。私、気付いちゃったかも」
「なにが?」
「私ね……、片岡の事が好きかも!」
みかんは一瞬目を見開いた後、笑い出した。
「うじょ~! そんなにおかしい?」
「ううん、違う。今更って思って」
「今更? そうかなぁ」
「えり子はいつ頃から『好きかも』って思ったの?」
「15日から」
「何でまた急に?」
「うじゅ~、上手く言えないんだけどさ、屋上で空眺めてたら、なんか急に空から『好き』って気持ちが降ってきたんだよ♪」
「はぁ~?」
みかんは思いっきり不審そうな顔を私に向けた後、呆れたように言う。
「まぁ、なんだかえり子らしいけどね」
「やっぱ、こんなの変かなぁ?」
私が自信なさげに言うと、みかんはパッと笑顔になる。
「いや、そんなことない! 私はえり子を応援するよ!」
私はそのみかんの笑顔が、とても嬉しかった。
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