第5話 徒歩3分の大冒険!

 12月に入ってすぐの後期中間テストはそれなりの手応えで終了し、週末をはさんで今日は6日月曜日。待望の部活再開である。

 片岡とも久しぶりに顔を合わせる。挨拶もそこそこに早速楽器を出して音出しをするが、久しぶり過ぎて自分の楽器ではないような感覚に思わず眉をひそめる。

「久しぶりの時ってそう言う感覚だよな」

 私の心中を察して、片岡が隣で肩をすくめる。

「もげだねぇ~」

 

 定刻になり、部長の茉優まゆちゃんの号令で部活が始まる。新たな練習曲として「アメイジング・グレイス」の楽譜が配られた。

「小原先生より伝言です。年内には仕上げたいと仰っているので、まずは各パートで譜読みとパート練習を進めておいてください」

 私は部長の指示を聞きながら、早速配られた楽譜を目でさらう。メロディラインを見る限り、どこかで聞いたことのある曲だ。

 

 程なくして解散となり、パート練習に分かれたが、今日は譜読みがメインだ。私たちトランペットパートでも全員で基礎練習をした後は、個人練習となる。

 片岡との会話は必要最小限だったが、私は同じ空間にいられるだけでも幸せだった。

 

 ただ、一つだけ気になる点があった。それは1年生の結奈ゆいなちゃんの視線だ。なんとなく片岡を目で追っているような気がする。気のせいかもしれないけど……。

 合同練習会の前の個人指導の件もあったし、もしかしたら結奈ちゃんも片岡のこと好きかもしれないな。そんな気がした。

 

 折角新しい曲も決まり練習に励みたいのに、この時期の最終下校時刻は17時。夏場より1時間も早い。あっという間に練習が終了となる。

 帰りはいつも通りみかんと一緒。この時期は17時にともなると、もうすっかり辺りは暗い。

 

「久しぶりに片岡くんと会えてどうだった?」

 みかんがからかうような笑顔で聴いてくる。

「うじゅ~、どうと言われても、まぁ普通かな~」

 そう言った後、私は口に出すかどうか一瞬迷ったが、結局続けた。

「なんか、ちょっと結奈ちゃんの視線が気になっちゃったかも……」

 それを聞いて、恐らくみかんは私の言わんとしていることが分かったのだろう。

「心配?」

 と、聞いてきた。

「う~ん、いや……」

「じゃ、余裕って感じ?」

「そんなんじゃないけど、なんか争うとか嫌だし、そこまでじゃないのかも」

 私は素直な気持ちを吐露した。みかんには「そんなんじゃ片岡くん取られちゃうよ~」と言われたが、この時は自分でもそれ以上どうしたらいいのかわからなかった。


 ♪  ♪  ♪


 翌週は火・水・木と3日連続三者面談。授業が午前中で終わるのは嬉しいけど、部活も休みになるのは不服。ただでさえ練習時間がほとんどないのに!

 私の三者面談は水曜日だった。この前の後期中間テストの結果について、お母さんと共に担任の先生から指導を受ける。

 

「全体的に悪くはないんですけど、教科ごとの偏りがありますね。バランスよく学習しないと公立高校の上位は目指せないですよ」


 ……塾の先生と同じことを言われた。私は高校受験がいまいちピンと来ていなかった。

 


 16日木曜日。今日はみかんが三者面談なので、私は一人で帰ることにした。昇降口を出たところで、片岡に呼び止められる。


「えり子! お疲れ~。今帰り?」

「うじゅ~、片岡!」

「一緒に帰ろうぜ」

 

 片岡のごく自然に放った一言に、私は心を躍らせた。願ってもないこのチャンスに、ほころびそうになる表情を抑えながら、片岡の左側を歩く。

「それにしても、この時期にアメイジング・グレイス持ってくるって、小原先生もなかなかセンスいいよな~」

 不意に片岡が話し出す。大好きな小原先生を褒められて、私は更に嬉しくなる。

「ほにょ~! クリスマスに讃美歌ってすっごくピッタリだよね~」

「それに、練習曲としてもベストチョイスだと思うね」

「片岡ってホント音楽詳しいよね」

「根がオタク気質なんだよ」

 

 私はふと、片岡が普段家でどんなことをして過ごしているのか、興味が湧いた。

 

「家でいつも音楽聞いてるの?」

「そうだね。結構、中古のCD集めてたりしててさ」

「そうなんだ~」

 

「そうだ、今度の週末、ウチくる?」

 突然の片岡の一言に、私は驚いて飛び上がりそうになった。


(か、神様……、何の気まぐれですか!?)


「え? 行ってもいいの?」

 もう隠す事すら不可能なくらい満面の笑みで、私は聞き返す。

「まぁ、一応親に確認して、後でLINEするわ」

 

 私はその後、ドキドキしながら家に帰った。帰宅して程なくすると、片岡からLINEが届いた。


【親からOKもらったよ。日曜日の13時半でどう?】

 私はもちろん、すぐにOKの返事をした。


(片岡の家に招待されちゃった~!!)


 

 夕方になり、私は胸をときめかせながらみかんにLINEした。

【ねぇ、みかん、聞いて~! 片岡からお家に誘われちゃった~!】

【は~? なにがどうなってそうなったの?】

 すぐにみかんから驚きのLINEが来た。私は簡単に経緯を伝える。

【いきなりお家デートなんてすごいじゃん!】


 お家デート……! 私は急に恥ずかしくなった。

 

【何はともあれよかったね~】

 そうみかんから送られてきたLINEに、私は喜びを隠すことが出来なかった。


 ♪  ♪  ♪

 

 そして、4日後。クリスマスまで1週間を切った日曜日のお昼前。

 私はクローゼットからあれこれ服を引っ張り出しては鏡の前で当てがっていた。

 

(片岡って可愛い系とキレイ系、どっちが好みなんだろうか?)

 

 そんな事を考えつつ、結局ふわふわニットにデニムのスカート、そしてニーハイと言うコーデにおさまった。

 一応可愛い系? キレイ系は私にはちょっと無理だ。

 

 服装が決まると、私はいつも以上に気合を入れてトレードマークのツインテールを結び、ピンクのリボンバレッタを付ける。


「よし、完成!」

 

 弟の啓太が目を白黒させている。

「なんか、今日のお姉ちゃんいつもと違う」

「どう? かわいい?」

「うん!」

 素直でいい弟だ。

 

 出かける前にリビングの両親にも声を掛ける。

「そんじゃ、いってきまーす」

「あら、かわいいね。行ってらっしゃい。片岡さんにきちんとご挨拶するのよ」

 そう言って笑顔で見送ってくれる母。大丈夫、ちゃんとご挨拶できるよ!

「気をつけて行って来いよ」

 私をチラ見しただけで目を逸らす父。そんなお父さんも大好きだよ!

 

 家族に見送られ、片岡家へ向け、いざ出発! 同じ団地内に住む片岡の家までは、徒歩3分の大冒険だ。

 あっという間に片岡家の玄関に到着する。


 私は一呼吸おいて、緊張を沈めながらチャイムを押す。玄関が開くと、片岡が出迎えてくれる。


「おう……いらっしゃい」

 片岡は一瞬私を見てパッと目を逸らす。


(うん、この反応は、多分正解だったかも♪)


「おじゃましま~す」

 私は玄関から片岡家へと入る。私の家と左右対称で同じつくりの片岡の家。まずはリビングに通され、片岡のご両親に挨拶する。

 パッと見、とても優しそうなご両親だ。私は努めて明るく挨拶をする。

「こんにちは! 若葉中2年の小寺えり子です。いつも片岡……、あ、誠也せいやさんにはお世話になっております」

「誠也さんって気持ち悪いよ」

 横で片岡が苦笑いする。

 

「こちらこそ、誠也からいつもお世話になってるってお話聞いてますよ」

 と、片岡のお母さん。

「まぁ、気兼ねなくゆっくりしていって」

 と、お父さん。お二人とも笑顔で出迎えてくれて、私も少し緊張が緩む。

 

 簡単な挨拶を済ますと、早速片岡の部屋に案内された。この部屋も私の家と全く同じ広さだが、弟と二人で使っている私の部屋に比べ、一人っ子の片岡の部屋は広々としている印象だ。

 

 片岡の部屋に入ってまず私が気になったのは、本棚に飾られたミニチュアの電車だ。

「ミニSL?」

「鉄道模型だよ」

「ほへぇ~、片岡ってこういうのも集めてるんだ~」

 

 そして本棚の上半分はたくさんCD、そして下半分は鉄道雑誌。片岡のプライベートがいっぱい詰まっているような本棚を見て、私は興奮を隠せなかった。

 

「すごい、この雑誌、私たちが生まれる前のじゃん!」

「気になる特集のやつは、中古で買ったりもしてるんだ」

「すご~い!」

「だから言っただろ、オタクだって」

 

 私が本棚に興味を惹かれているうちに、片岡のお母さんが紅茶とお茶菓子を持ってきてくれた。

「ゆっくりしていってね」

 そういってお母さんはすぐに戻っていった。

 

「おいし~」

 さっそく私は紅茶を一口頂いて、ホッと一息つく。

 

「それにしてもすごい本の量だね。片岡は将来、電車の運転士さん?」

「いや、まぁそれも捨てがたいけど、他にも夢があってね」

「ほえ? なになに~?」

「俺さ、結構ラジオも好きでよく聞いててさ、将来はラジオDJになりたいな~なんて……」

 片岡は少し恥ずかしそうにそう言った。

「すご~い!」

 

「えり子は将来の夢とかあるのか?」

 片岡が照れ隠しのために、私に話題を振ったのが分かった。

「うじゅ~、私はね、学校の先生になりたいな~って思ってるよ」

「へぇ~。それはまたどうして」

「まぁ、ぶっちゃけ、小原先生に憧れてね」

「それは確かにわかる気がするな。それじゃ、将来は音楽の先生か?」

「いや、音大は難しそうだから、他の教科かな~」

 

 そんな話をしていると、扉の外から片岡のお母さんの声がする。

「誠也~」

「おう、どうした?」

 片岡が立ち上がって扉を開ける。

「ちょっとお母さんとお父さん、夕飯の買い物してくるわ」

「二人とも行くのか?」

「うん。なんか、えり子ちゃんの顔見たら安心してね。えり子ちゃん、ゆっくりしていってね」

 急に声を掛けられ、私は急いで立ち上がる。

「あ、はい、ありがとうございます!」

 

 そうして、片岡のご両親は買い物に出かけて行った。片岡はため息交じりに言う。

「まったく、うちの親は、年頃の男女を置いて出かけるかね?」

 そう言う片岡に私は言う。

「まぁ、それだけ信頼されているってことでしょ? 実際、私、片岡と二人きりにされたって、別に怖くないし」

 それを聞いて片岡はハッとする。

「そうだよな、怖いって思うよな」

「だから、怖くないって」

「いや、ごめん。えり子はそう言ってくれるけど、無意識に『怖い』って思わせる可能性があるんだってことは自覚しないといけないなってさ」

 そういう片岡の臆病すぎるくらい繊細なところも好きだよ。私はそう心の中で思った。


 なんとなく湿っぽくなった空気を入れ替えたくて話題を変える。

「ねぇ、片岡。折角だからさ、この沢山あるCD聞かせてよ~」

「おう、そうだな!」

 そう言って、片岡は立ち上がり、ミニコンポの電源を入れた。そして、タブレットを取り出す。

「そこにあるCDは全部、このタブレットに入ってるから、こっちで選べるよ」

「わ~お! さすが~。じゃあ、まずはアメイジング・グレイス聴きたい」

「OK!」

 

 片岡が手慣れた手つきで検索すると、いくつかの候補が出てきた。

「まず、オリジナルの賛美歌に近いこの曲から聴いてみようか」

 片岡がタブレットを操作すると、コンポから曲が流れだす。

 

 その後も片岡はいくつかのバージョン違いの楽曲を聴かせてくれ、その都度解説もしてくれた。私はその奥深さに感動し、とても有意義な時間を過ごした。

 

 結局私は夕方暗くなるまで片岡の家にお邪魔し、素敵な音楽を全身に浴びて帰宅した。家族で夕食を摂るときも、私はつい興奮気味に片岡の家での出来事をたくさん話してしまった。

 あまりに私が熱心に音楽について語ったので、結果的に両親を安心させることになったのは良かったのだけれど。

 

 

 夕食後、自室に戻った私は、心地よい疲労と満腹感で少し寝てしまったらしい。夜10時過ぎ、目覚めるとみかんからLINEが届いていた。

 

【今日のお家デートはどうだった?】

【やばかったよ~! めっちゃ気持ちよくて、帰ってきたらヘトヘトでちょっと寝てた~】

【なんか、エロ……。聞いちゃいけなかった?】

【ご想像にお任せします♪】

 

 そして私はちょっと迷ったけど片岡にもLINEすることにした。

 

【今日はありがとう! とっても楽しかったし、勉強になったよ~】

 もう夜だし、返事は来ないかなと思ってお風呂に入る準備をしようとしたら、程なくスマホが鳴った。

【こちらこそ、今日は楽しかったよ。また遊びに来てね。おやすみ】

 

 私は「おやすみ」のスタンプを送ったあと、ツインテールをほどいた。


(う~ん、最高の一日だった~♪)

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