第98話 秘密の契約を結んでみた。

《side フライ・エルトール》


 アクアリス・ネプチューナ。


 海人族の王女にして、人魚姫の異名を持つ存在。


 彼女がローズガーデンに現れたこと自体、予想外の出来事だった。周囲でセシリアやエリザベートが不安そうに彼女を見つめる中、私は微笑みを浮かべて彼女との交渉の席についた。


「これはこれは、海の姫君がわざわざこんな森の中までお越しいただけるとは。歓迎しますよ、アクアリス・ネプチューナさん」

「礼には及びません。目的があるからここに来たまでです」


 彼女の言葉は冷静で簡潔だが、その奥には何かしらの意図が含まれているように感じられた。


「目的、ですか?」

「ええ。フライ・エルトール様、あなたと話をするために来ました」


 彼女はテーブルの向かいに静かに腰を下ろし、エリザベートやセシリアに目を向けた。用意された紅茶を優雅に飲む姿は様になっている。


「他の方々には席を外していただけますか?」


 その言葉にエリザベートは眉をひそめ、セシリアは明らかに不満げな表情を見せたが、私は軽く手を挙げて制した。


「大丈夫だよ。ここは僕が対応するから、少し席を外してくれるかな?」

「……わかりました」

「何かあれば絶対に呼んでください!」


 エリザベートは渋々立ち上がり、セシリアも未練がましく私を見つめながら部屋を後にした。


 二人が完全に視界から消えると、アクアリスはようやく口を開いた。


「やっと二人きりになれましたね」

「意味深な言葉だね。それで? 海人族の姫君がこんな辺鄙な場所までわざわざ訪れるとは、何か重大なご用件と見てよろしいですか?」


 私が軽い調子で尋ねると、彼女は静かに頷いた。


「ええ。その通りです。私はあなたに一つお願いがあります」

「ほう、それはまた興味深いね。具体的には?」

「私たち海人族を、クラウン・バトルロワイヤルの優勝に導いてほしいのです」


 その言葉に、私は思わず目を細めた。海人族が優勝を望む? それはどんな意図があるというのか?


「優勝、か……それはまた大胆なお願いだね。それは君の傘下に入って同盟を結びたいということかな?」

「……少し違うわね。同盟は結ばない。私たちが単独で優勝したとしてほしいのです」

「ということは、僕たちとは表向きに同盟を結ばないということ?」

「そうです」


 彼女はあっさりと肯定した。その冷静さと自信に満ちた態度に、私はますます興味を引かれる。


「君はなかなか大胆だね。でも、それだけでは理由にならない。君たちを優勝させることで、僕たちには何の得があるのかな?」

「私たち海人族が、このバトルロワイヤルの勝者になるということ。それ自体があなたにとっても利益になるでしょう」


 彼女はまるで確信しているかのように言葉を続けた。


「もし私たちが優勝すれば、あなたが望むことを一つだけ叶えます。海人族としての全力をもって、もしもあなたが私の婚姻を望むなら、それも叶えましょう」

「ふむ。君自身を差し出すと?」

「はい」


 その言葉には嘘偽りがない。彼女の眼差しはまっすぐで、揺らぎが感じられなかった。


「なるほどね……かなりの覚悟だね」

「今の海人族は、あまり存在を示ていない状況です。ここで優勝という称号を取りたいと思いまして」

「そうかい。君の優勝を手助けするのいいよ」


 私は柔らかい笑みを浮かべながら、彼女にそう言った。するとアクアリスは少し考えるように目を伏せ、やがて静かに口を開いた。


「ありがとうございます!」

「交渉は成立ということだね」


 この戦いにおいて最も重要な鍵になる可能性がある。私は少し考え込んだ後、彼女に向き直った。


「ええ、何か欲しいものがありますか?」

「うーん、今は思いつかないから、いいかな。ただ、君の提案、悪くない。いつか、それを使わせてもらう時がきたら使わせてもらうよ」

「ならば、これは海人族だけが知る魔法の契約です」


 彼女の魔法が発動して、私の手首に青い紋様が刻まれる。


「あなたが我が陣営を優勝させたなら、その契約は成就して、あなたの願いを叶える約束をしたことになります」

「なるほどね。じゃ、僕は君たち海人族を表向きには助けない。でも、裏で可能な限り支援をする。君たちが優勝すれば、君が僕の望むを叶える契約が成立するんだね」

「その通りです」


 アクアリスは静かに頷いた。その瞳には一切の迷いがない。


「では、契約成立だね。君の優勝を応援するよ、アクアリス・ネプチューナ」


 私は手を差し出し、彼女と固く握手を交わした。


 その後、彼女は短い滞在を終えて立ち去った。その背中を見送りながら、私は微笑みを浮かべる。


「やっぱり面白いね、このゲームは、それぞれの派閥の思惑が交差していて面白いな」


 海人族を優勝に導くことが、どんな結果を生むのか。それはまだ分からない。でも、確かなのは、この選択が何かしらの波紋を呼ぶだろうということだ。


「さて、僕たちも動き出そうか、ブライド皇子とアイス王子を出し抜くのは骨が折れそうだね」


 それを考えながら、私は再び地図を広げた。


 心のどこかで、二人との戦いを喜ぶ自分がいた。


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 あとがき


 どうも作者のイコです!!!


 今日はここまで!



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