第82話 断れない雰囲気ってあるよね?

 昼間の陽光が屋敷の窓から差し込み、暖かな光が部屋を包んでいた。


 学園都市全体がお祭り騒ぎな一ヶ月。


 どうしてもそんな喧騒から離れて、ゆっくりで家で過ごしたい時もある。書斎で本を開きながら、穏やかな時間を楽しんでいると、ノックの音が静かに響いた。


「フライ様、公女セシリア・ローズ・アーリントン様がお見えです」


 メイドが告げる声に、少し眉をひそめた。セシリア公女とは、お茶会やエドガーの一件以来は、お誘いはあるが、挨拶程度に留めていた。


 そんな彼女が屋敷にまで押しかけてくるのは、何事だろう。


「案内してくれ」


 そう言うと、私は書斎を出て客間へ向かった。


 客間の扉を開けると、そこには上品で可憐な姿のセシリア公女が立っていた。淡いピンク色の髪に制服が彼女の華やかな美しさを引き立てている。


 微笑を浮かべる彼女は、まさに完璧な貴族のレディーだった。


「お待たせしました、セシリア様。突然の訪問とは珍しいですね」

「いえ、エリザベート様が話し相手になってくださっておりましたので、待っている時間など苦になりません。こちらこそ、突然の訪問をお許しください」

「いや、とんでもない。エリザベート、ありがとう」

「どういたしまして、フライ様」

「それにしてもどうしたんだい?」


 エリザベートは私が話し始めると、自ら紅茶を入れるために動き始める。


 私はセシリア嬢に座るように席を勧めた。セシリアは優雅に腰掛けると、すでにエリザベートが入れたのであろう紅茶を一口飲み、微笑みながら切り出した。


「フライ様、本日はあるお願いがあって参りました」

「お願い……ですか? 内容によりますが、できる限りお力になりたいと思います」

「さすがフライ様。お優しいお言葉をいただけて安心しましたわ。実は――」


 セシリアは一息つき、真剣な目で私を見つめた。


「フライ様に、クラウン・バトルロワイヤルで私のパートナーとなっていただきたいのです」


 その申し出に、思わず目を見開いた。まさか、彼女がこんな申し出をしてくるとは思わなかった。


 何よりも、ブライド皇子の参加表明。アイス王子からのスカウトに続いて、セシリア公女からパートナーの申し出とは、随分と大物揃いだ。


「クラウン・バトルロワイヤル……ですか? あれは学園の催しのようなものですよね。わざわざ公女であるあなたが参加する理由があるのですか?」

「ええ。フライ様もご存知の通り、私の実家であるアーリントン公国は、小さな国です。今後の発展のためには、他国との強固な結びつきが必要不可欠だと考えています。ですが、それだけではいけません」

「いけない?」


 彼女の言葉に返事を返すと、彼女は力強く頷いた。


「公国は決して弱い国ではありません。それを、このバトルロワイヤルで結果を残し、私自身の存在感を示したいのです」


 セシリアの言葉には確固たる決意が感じられた。だが、それでも私は気が進まなかった。


「それは素晴らしい目標ですが、僕は……そのような舞台に立つのは得意ではないんです。それに、あなたには他にも相応しいパートナーがいるのでは?」

「いえ、フライ様でなくてはなりません」


 セシリアは即座に否定し、真っ直ぐに私を見つめた。その瞳には熱意と強い意志が宿っている。


「お恥ずかしい話を聞いていただけますか?」

「ええ、差し支えがなければ」

「では、失礼します。実は、学園都市に入学した理由として、私はお婿さんを探しにきました」


 ガッシャン!


「エリザベート?」

「大丈夫です。失礼しました」

「君が怪我をしていないかい?」

「問題ありません」


 エリザベートらしくないミスに、私はセシリア様の言葉の真意がわからなかった。


「えっと、すみません。話の腰を折りました」

「構いません。単刀直入にいいます。私はフライ・エルトール様に一目惚れしました」

「はっ?」

「私が見てきた中で、フライ様ほど頼りがいのある殿方はいません。我々他国の者たちに対する配慮。そして、女性や男性、種族を気にしない豪胆さ。人を繋げるそのお力。そして、エドガー様に見せた激情」


 あの時はエリザベートがバカにされて怒ってしまったのが恥ずかしい。


 忘れてほしい黒歴史なんだけどね。


「それは買いかぶりすぎですよ、セシリア様」


 私は苦笑いを浮かべたが、彼女はそのまま言葉を続けた。


「いいえ。私には分かります。フライ様がどれほど優れた方か。そして……」


 セシリアは少し声を潜めた。


「私が今ここでお願いしなければ、きっと他の誰かがフライ様を奪っていくでしょう。それだけは、どうしても避けたいのです」


 その言葉に、胸が少しだけざわついた。私をパートナーにしたい理由が単なる打算ではなく、彼女の個人的な感情による者だと言われて、戸惑いを感じる。


「それほどまでに僕に期待を……?」

「ええ、フライ様。私はあなたと共に勝利を掴みたい。そして、出来れば未来を共に歩きたいと思っております」


 ドンガラガッシャンー!!!


「エリザベート!???」

「大丈夫です。問題ありません!!!」

「本当に? 怪我はない?」

「問題ありません!!!」

「そっ、そうかい?」


 エリザベートが茶器を完全に破壊してしまったので、新しいメイドによって用意される。


 その間も、セシリアは身を乗り出し、テーブル越しに私の手をそっと取った。その仕草は上品でありながら、どこか切実で、制服のボタンが弾け飛びそうなほどに強調されていた。


「フライ様、どうか……お力を貸していただけませんか?」


 上目使いに見上げる瞳は、真剣な想いが込められていた。


 私は一瞬だけ言葉を失って、混乱させられる。


「よろしいのではなくて?」

「えっ?」


 意外な相手から援護射撃が向けられる。


「エリザベート?」

「ですが、フライ様が参加されるのであれば、私と姉も参加しますがよろしいですか?」


 どこかエリザベートの瞳から火花が飛んでいるように見える。


「もちろんです。賛成していただきありがとうございます。エリザベート様」


 あれ〜? おかしいぞ。セシリア嬢の瞳もからバチバチした光が見える。


「ハァ〜……分かりました。僕は乗り気ではないですが、エリザベートが参加するなら参加します」


 私がそう告げると、エリザベートは何故か勝ち誇った顔をして、セシリア嬢は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに彼女の顔に満面の笑みが広がった。


「ありがとうございます、フライ様。これで私は勝利に近づけます……いえ、必ず勝ちますわ!」


 彼女の喜びように、少しだけ戸惑いを感じながらも、心のどこかで不安が膨らんでいた。


 クラウン・バトルロワイヤル。


 その舞台がただの遊びで終わらないような気がしてきたからだ。

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