第40話 絶望の救い手

《sideエドガー・ヴァンデルガスト》


 自らの誇りをかけたゴーレム決闘が終わった。


 ヴァンデルガスト家が秘蔵としていたエレメンタルゴーレムを持ち出して使ったにも関わらず負けてしまったのだ。


 ならば、潔く受け入れるしかない。


 私の誇りも、名誉も、全てが粉々に砕け散った。


「これで全て終わりだ……」


 自分で口にしてみると、その言葉の重さが全身にのしかかる。


 土煙の中で見上げたフライ・エルトールの姿が鮮明に思い出される。あいつは私を全否定し、決闘の場で私を完全に打ちのめした。


 アイアンゴーレムの自爆は私の最後の切り札だった。戦いの中でゴーレムが暴走することはよくあることだ。それを利用してあいつを殺せていれば、事故だと居直ればよかった。


 しかし、それすらもフライに通用せず、私は全ての手札を切った上で勝てることができなかった。


 ヴァンデルガスト侯爵家から正式に廃嫡の知らせが届いたのは、学園都市に用意された屋敷に帰った時だった。


 屋敷には、父上が待ち構えていた。


「エドガー、貴様……」


 父の怒りは、冷たい声に凝縮されていた。普段は厳格で落ち着きのある父の表情が、怒りに震えている。


 父は、帝国の貴族として誇りを持っており、何よりも他人に負けることを何よりも嫌う。だからこそ、負けないための兵士としてエレメンタルゴーレムの研究に力を入れていた。


 そして、この力を使ってブライド様を皇位についてもらって、我らヴァンデルガスト侯爵家を重用してもらう手筈だった。


「フライ・エルトールとの決闘、そしてその結果によって、お前はこの家の全てを台無しにした」

「……はい、父上、私は――」

「黙れ!」


 父の一喝が、私の言葉を遮った。


「お前の行動は単なる敗北ではない。学園の他国の王子がジャッジをする場所で負けたのだ。ヴァンデルガスト家を辱めた。これ以上この家に居場所はない」


 その言葉が下されると、家臣たちが私の荷物をまとめ始めた。


「廃嫡だ」


 その一言が、私の全てを奪った。侯爵家の後継者としての立場も、未来への希望も、全てを失った。


 家を追い出された後、私は学園都市の安宿に身を寄せた。かつては侯爵家の次期当主として、多くの従者や侍女に囲まれ、何不自由なく暮らしていた私が、今や一人で狭く薄暗い部屋に座り込むしかない。


 髪を掻きむしり、こんなことになった原因であるフライ・エルトールに向けて怒りを感じていると、不意に手に髪が抜ける感触があった。


「なんだ?」


 驚きながらも鏡を見つめる。自分の髪に異変を感じた。


「な、なんだ……?」


 指で触れると、ぽそぽそと髪が抜け落ちる。まるで命を失った草木のように、一筋一筋が私の指先から消えていく。


 次第に髪が薄くなり、頭皮が露わになる。


「なんだこれは?! どうなっている?!」


 自分の精神がおかしくなったせいで、髪まで抜け落ちたのかと思った。だが、不意に私はフライ・エルトールの言葉を思い出す。


「殺しはしない。だが、一つだけ、貴様にプレゼントを残してやる」


 その言葉を思い出して、私は青ざめる。

 

「これは……フライ・エルトールの仕業か……」


 私の胸に怒りと絶望が渦巻く。あいつは私をただ打ち負かすだけでは満足せず、このような屈辱をも与えたのだ。


「くそっ……くそっ……!」


 拳を壁に叩きつけても、この屈辱は消えない。髪を失い、名誉を失い、家族を失った私は、ただの無力な存在だ。


 あれからどれほど経っただろうか、扉を叩く音がした。


「エドガー・ヴァンデルガスト。いるか?」


 聞き覚えのある声。


 ブライド様の剣であるアイクの声だ。


「なんだ?」

「その姿は、お前! ブライド様がお呼びだ」


 私の頭を見て驚いた顔をするが、どうでもいい。


「ブライド様が?」


 全てを失った私に何の意味がある? だが、ブライド様の呼び出しを断るわけにはいかない。


 案内された場所に向かうと、そこにはブライド・スレイヤー・ハーケンス様の姿があった。


「ブライド皇子、申し訳ありません。私は全てを失いました」


 ブライド様に止められていたのに、このような無様な結果を晒してしまった。父上の前でも我慢できた涙が溢れ出した。


 私はブライド様のために生きたかった。そのための力を持っていたのに、それをわざわざ自ら手放したのだ。


「ああ、そのようだな。だからやめておけと言ったんだ」

「はい。ブライド様が正しかったです」

「だが、これでお前は余計な誇りを捨てられた」

「えっ?」

「お前を迎えに来た。エドガー、我の側近になれ」

「なっ、何を言われているのですか?」


 皇子の目には、私を軽蔑する様子はなかった。ただ、静かな威圧感と揺るぎない自信だけが感じられた。この方はどこまでの純粋で圧倒的な存在感を誇っている。


「私は……全てを失いました。何の価値もない人間です」


 私が発した言葉を聞くと、ブライド皇子は笑みを浮かべた。


「だからこそ、お前には価値がある。失うものがない者は、何者にも縛られず、何にでもなれる」

「……何をおっしゃらるのですか?」

「お前はまだ終わっていない、エドガー。私の手を取れ。そして再び立ち上がれ」


 差し出されたその手を、私はしばらく見つめた。拒絶する理由はない。だが、この手を取ることが、本当に正しいのか? 頭の中で自問自答が繰り返される。しかし、私はすでに選択肢を失っていた。


 ゆっくりと、私はその手を掴む。


「……私は、まだ立ち上がれるのでしょうか?」

「もちろんだ。お前にはまだ戦える力が残っている。そして、その力を私のために使え」


 その声は不思議と温かく、私の心を震わせた。


「……わかりました」


 私はブライド皇子の手によって、新たな道を歩み始めた。失墜した誇りと共に、新たな誓いを胸に秘めて、絶対に私はこの命をブライド様のために使うと……。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 今日はここまで!


 そして、この話でカクヨムコンテスト10の募集要項である10万文字を達成しました!!!


 皆様の応援で十日で10万字達成です。昨日と今日で3話投稿して、強引に達成しましたw


 ですが、ここまで書くのが楽しくなったのは、読んでくれる方々がたくさんいたからです。本当にありがとうございます。


 ここからはのんびりとした投稿にして、次の話でも書こうかと思います。


 とりあえず考えますが、どうぞこれからも応援をよろしくお願いします(๑>◡<๑)

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