第41話 将来への布石
《side ブライド・スレイヤー・ハーケンス》
雨音が響く静かな部屋。外の薄暗い天気とは対照的に、我の心には静かな満足感が広がっていた。
窓際に立ちながら、フライ・エルトールが繰り広げた一連の出来事を思い返す。
「……フライ」
あの男は、予想以上の存在感を示した。
あれだけ無欲を装いながらも、周囲の状況を的確に見極め、己の持つ力を存分に活用する。その柔軟な発想と手腕には感心させられるばかりだ。
仲間に引き込めればどれだけ頼りになるのかわかっている。だが奴は自由で、我の手に収まってはくれないだろう。
我の行く手を阻む可能性もある。
奴の裏に隠された異質な才能。
もしも敵になるならば……。何があろうと我が手で倒すしかないだろう。
だが、今はそれよりも目の前の問題に集中するべきだ。
「どうして……エドガー・ヴァンデルガストを拾うのですか?」
部屋の隅に控えるアイクが口を開いた。その目には困惑が見え隠れしている。アイクとエドガーは仲が良くない。
それは互いにプライドが高く、エドガーは貴族として誇りのあまり平民のアイクを嫌い。アイクはエドガーの態度を嫌っていた。
「お前は不満か?」
「ブライド様のお考えに不満はありません。ただ、今の奴に価値はないと思いますので、納得ができません。エドガーは自らの愚かさで全てを失いました。フライ・エルトールに完敗し、ヴァンデルガスト侯爵家から廃嫡されたのです。リスクはあってもメリットはないと思います」
貴族といっても所詮は人の子であり、貴族は自らの血を受け継ぐ者を大切にする。
王族が作るハーレムを形成できれば、数名の子供を作ることもできる。
だが、ヴァンデルガスト家はエドガー以外の子供が存在しない。
「アイク……それがあるのだよ」
我はアイクに視線を向けた。その表情は眉がわずかに寄る。
「確かにエドガーは敗北した。そのことによって他の者たちから非難を受けて、ヴァンデルガスト家から廃嫡された。だが、ヴァンデルガスト家は今回の一件で他の貴族から孤立したことで、仲間がおらぬ。そして、我も次男という立場であり、皇太子ではない。我にも味方はおらんのだ。つまり、ヴァンデルガスト家及び、それに連なる者たちを我が配下にできるということだ」
今回の決闘を観戦したのには理由がある。その理由として、ヴァンデルガスト家が研究していたゴーレムがどこまで進んでいるのか確かめるためだった。
その研究は思った以上の成果を出していた。
たとえ、貴族の配下が我々の方が少なくとも、力があれば勝利することができる。
「その血筋は、依然として我にとって価値がある」
「血筋ですか?」
「そうだ。ヴァンデルガスト家は帝国において長年の伝統と影響力を持つ家柄だ。今回の件でエドガー個人の評価は地に落ちたが、ヴァンデルガスト家そのものが完全に失墜したわけではない。そしてエドガーの廃嫡という決定も、奴らにとって一種の保身だ」
「……保身ですか?」
平民であり、剣以外に興味のないアイクからすれば理解できないだろう。
だが、これは政治だ。未来を見通した際に、たとえ名誉が失墜していようと、有力な貴族を手に入れることは大きな強みになる。
そして、ほとぼりが冷めればヴァンデルガスト家はエドガーを戻すことになる。
「エドガーを見捨てることで、家そのものの責任を免れようとしているのだ。だが、我が彼を拾い、エドガーを新たな道へ導けば、ヴァンデルガスト家は我に感謝するだろう。それは将来的には強力な支持を得られる。そうすれば、皇位を巡る戦いにおいて、我の足場はさらに強固なものとなるだろう」
アイクは一瞬言葉を失い、考え込むように視線を落とした。
「……それでも、エドガーがこの先役立つとは限りません。奴は敗北を通じて多くを失いました。そして、その敗北を生んだのは、奴の短慮と慢心ではありませんか?」
「確かに、エドガーの愚かさは否定しない。だが、同時にあの男はゴーレムに関して特異な才能を持っている。そして、今回の一件で誇りを失うということは、慢心も見直せされるということだ」
もしも、エドガー自らの慢心によって、自滅するならば切り捨てればいい。
我はアイクの視線を受け止めながら、言葉を続ける。
「ゴーレム技術はこれからの戦争において、極めて重要な戦力となる。エドガーはその技術を研究し、実用化する可能性を持った人材だ。奴の一族が持つ研究成果も含めて、奴を取り込むことで私の戦力はさらに拡張される」
「……なるほど。ブライド様は、エドガー自身というよりも、彼の技術や背後にあるものを狙っているというわけですね」
能力がある者を放置することこそが損失だ。
「そうだ。そしてもう一つ、エドガーはあの敗北を通じて、己を見つめ直す機会を与えられた。人は一度全てを失った後にこそ、真の成長を遂げるものだ。奴がこの機会を生かせるかどうかは未知数だが、我の元でそれを試させる価値はある」
アイクは深く息を吐き出し、眉間に手をやった。
「……ブライド様。俺は奴を捨て駒のようにしか見ていませんでした。ですが、確かにそういう視点もありますね」
「アイク、お前の忠誠心には感謝している。だが、我にとって必要なのは、冷静な視点と計算された行動だ。感情に流されるな」
「心得ました、ブライド様」
アイクにエドガーを迎えにいかせる。
しばらく待っていると扉がノックされた。
「エドガーを連れて参りました」
扉の向こうから声が聞こえる。我は静かに頷き扉を開けさせる。アイクが扉を開けると、憔悴しきった姿のエドガーが現れた。髪を失い幽鬼のように顔は死んでいた。
エドガーは頭を垂れ、私の前で膝をついた。
「……私の全てを捧げます。ブライド様のために」
「いいだろう。その言葉を忘れるな、エドガー」
我の言葉に、エドガーは涙を流して震える声で手を取った。
これは将来への布石だ。
一つ一つ駒を手に入れて、我はこの帝国を手に入れる。
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