第4話 六歳の剣鬼
《sideある公爵家騎士》
私は長年エルドール公爵家に勤めてきた。
それは私にとって誇りであり、代々エルドール家の人々が優秀で、領民思いであったからこそ、騎士でいられることを誇りに思えた。
そして、新たに公爵家に二人の男子が生まれたことはとても喜ばしい。
特に、長男であるエリック様は、神童と呼ばれるのに相応しい魔力の才をお持ちであった。剣術は人並みではあったが、努力すれば問題はない。
だが、我々を驚かせたのは、次男であるフライ様であった。
真面目で実直なエリック様に対して、フライ様はどこか呆然としていることが多い子供だった。
それは逆に言えば子供らしくて、我々の訓練を見つめる姿を我々も微笑ましく見ていたものだ。
しかし、ある日……我々の訓練に混じるように騎士見習いの少年が使う子供用の木刀を持ち出して、素振りを始めたのだ。
誰かが教えたのかと問いかけても誰も知らないという。
最初は重さによって木刀に振り回されていた。
我々も素振りぐらいならばと、その姿を微笑ましく見ていた。
だが、その件は日を追うごとに鋭くなって、いつの間にか木刀を扱っていた。
信じられるだろうか? 五歳だぞ。
五歳の子が十三歳の騎士見習いが使う木刀を、素振りで振り回している。ありえない。いや、ありえたとしても、あのように鋭い振りはできない。
しかも最初はただ振り下ろすだけだった訓練は、さらに日を追うごとに、横薙ぎになり、振り上げになり、八方から剣を振るう型に昇華していた。
一年、六歳になられる頃に、手合わせをしたいと言われた。
皆が戸惑った。
こんな子供と撃ち合ってもいいのか? そして、撃ち合ったとしてもあの素振りをしている子供に負けたなら、自分たちの自信は打ち砕かれるのではないか?
「ダメ?」
ウルウルとした瞳で見上げるのはズルい。容姿は可愛い少年なのだ。
しかも公爵家の次男様を無碍に扱えるわけがない。
「私が相手を致しましょう」
仕方なく、私が名乗りをあげた。
私が負けたとなれば、他の騎士が負けても恥にはならぬ。そう、その時の騎士団では私が最強の剣士だったのだ。
「ありがとう! 初めてだからお手柔らかにお願いします!」
「こっ、こちらこそよろしくお願いします。フライ様」
私は緊張していた。
にっこりと笑って剣を握る。少年。
だが、その背後には、長年生きてきた自分と同じような壮年の影が見えた。
そして、勝負は一瞬だった。
フライ様は信じられない踏み込みの本、一刀に全てをかけたような凄まじい一撃を放たれた。
私はその攻撃にたじろいで一歩後ずさった。
ありえるだろうか? 私は戦場でも引いて負けたことはない。圧倒されるなど騎士になってから一度もなかった。
その私が圧倒されて一歩後に下がったのだ。
だが、それが功を奏したのか、フライ様の一撃は地面に穴を空ける。
木刀で空けられる穴ではない。だが、その衝撃で、フライ様は動きを止めたところに、私の木刀がフライ様の首に添える。
二の剣で振り上げられたら、負ける。
「うわ〜手が痛い。負けちゃった。やれると思ったのに……うん。やっぱり本物の騎士は凄いね。見切られちゃった。僕はやっぱり才能がないや」
才能がない? とんでもない。あの一撃の気迫は、今まで出会ってきたどんな猛者よりも素晴らしいものだった。
あなたに才能がないなら、誰に才能があるというのか?
「いえ、フライ様は才能がありますよ」
「はは、ありがと。お世辞を言わなくてもいいよ。余裕で躱されて軽くあしらわれちゃった」
「わっ、私ではなく別の者で試していただければ!」
「そう?」
「はい!」
私は、私の次に剣の得意な騎士に相手をするように伝えて、フライ様と手合わせをさせる。
結果はあっさりとフライ様の勝利だった。
今度は一撃に全てをかけるのではなく、素早い動きでの撹乱を混ぜた剣術で、騎士の剣は飛ばされてしまった。
一体どれだけ多彩な剣をお持ちなのか?
「う〜ん、やっぱり公爵家の次男とは本気で戦えないよね」
「えっ?」
何を言われておられるのだこの人は? 騎士は本気だった。
本気で負けたのだ。
六歳にして、この方は剣の鬼であった。
「ごめんね。子供の相手をさせて、僕も自分の限界を悟ったよ。みんな邪魔してごめんなさい。やっぱり騎士のみんなの方が強いや。僕もみんなみたいに強くなりたいって思っていたけど、無理そうだね。これからは君たちの力で公爵家を守ってね。よろしくお願いします!」
この方はどこまで賢い方なのだ? 確かに騎士が負けては名誉が傷つけられる。それを見越して、自分が子供だから手を抜いてワザと負けたとしてくれたのだ。
しかも、自分よりも騎士たちの方が強いと鼓舞することで、皆の心はフライ様に救われた。
「はっ!? 必ずやエルドール家のことは我々がお守りします!」
フライ様に向けて膝を折り誓いを立てる。私に続いて他の騎士たちも同じように膝を折る。
「うん。今日までありがとう。お邪魔しました」
その日から、フライ様は訓練所に来なくなった。だが、騎士たちの心には幼い子供に負けぬほどの訓練と、フライ様に頂いた言葉を胸に、我々は強くなろうと誓った。
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