第3話 兄の婚約者は悪役令嬢物語がお好き
お酒を飲んで家に帰ると、どうやらタイミングが悪かったようだ。
「フライ様! どこに行かれていましたの?!」
金髪の巻き髪の美少女が玄関で腰に手を添えて待ち構えていた。
「やぁ、エリザベートじゃないか。兄上に会いに来たのかい?」
彼女は帝国のユーハイム伯爵家のご令嬢で兄上の婚約者だ。
「いいえ、フライ様に会いに来たのに、おられないので探しておられました」
「僕?」
「はい! 前にも申しましたが、エリック様との婚約は仮です。まだ完全に婚約をしたわけではないと申したではありませんか」
「ああ、そうだったね」
私は彼女が苦手である。強気な態度に貴族令嬢として、とても美しい子で押しが強い。エリックの兄上の婚約者として紹介された際には、新しい姉上ができたと気楽に思っていただけだったのに、今では兄上よりも僕の元へやってくる機会が多い。
「そんなことよりも前回お話を聞かせていただきました。悪役令嬢の物語の続きを教えてくださいませ」
「え〜、また物語?」
そう、彼女が僕の元へやってくる理由は僕が前世で読み耽っていたWEB小説の悪役令嬢物の物語を聞きたいからだ。
彼女が幼い頃にうっかり口を滑らせたのが災いした。
あれはそう、彼女が初めてこの家に来た時のことだ。
エリック兄上の婚約者として、やってきた彼女は僕と同じ歳で、緊張した様子だった。
まだ五歳ぐらいの彼女は緊張のあまり、兄上の前で綺麗なドレスに紅茶を溢してしまったのだ。
「もっ、申し訳ございません!」
公爵家は、帝国でも一番位が高い貴族だ。
伯爵家は、その下であり、しかも初顔合わせの際に犯した粗相で、彼女の両親は平謝り、彼女自身も顔を青ざめて、泣きそうになっていた。
「ふふふ、なんだか悪役令嬢みたいな顔をしているのに、可愛い女の子だね。ねっ、兄上」
「あっ、ああ。そうだな。フライのいう通りだ。エリザベート嬢。気にすることはない。緊張するのは誰にでもあることだ」
私が笑ったことで、空気が弛緩して、両親も謝る伯爵家の人たちを許して、エルザベート嬢に着替えをさせた。
その後は、何故か私に相手をしてこいと言われて、彼女が着替えをする間、私が話し相手に任命されたのだ。
「フライ様、ありがとうございました」
「うん? 僕は何もしてないよ」
「そんなことはありません。フライ様がお言葉をかけてくれたことで、皆様が笑ってくださいました」
「そうかな? 適当なことを言っただけだよ」
「あの!」
「うん?」
「悪役令嬢とはなんですの?」
それがきっかけだった。
僕は転生前に読んだ物語を彼女に語り聞かせた。
王族や公爵家など位の高い家に幼い頃から嫁いで花嫁修行をする令嬢たち。だけど、彼女たちが学園に行く頃になると、婚約者の男性に平民や身分の低い女性を好きになるというイベントが起きるのだ。
それに嫉妬した貴族令嬢は悪役になって、身分の低い女性をいじめる。とても気の強い女性だと説明をした。
「なんですのそれ?」
「僕が考えた物語」
転生前に読んだ本だとは言えないので、自分で考えたと適当に嘘をついた。
「凄いです! ご自分で考えらたのですか?! お願いです。フライ様。もっとお話を聞かせてくださいませ」
先ほどまで泣いていた女の子は、今は私の話を聞きたいとせがんでくる。まだ幼い子供だからね。可愛いや。
「うん、いいよ。次はなんの話をしようか?」
「悪役令嬢はそのあとどうなるのでしょうか?」
「えっ? 悪役令嬢の話がいいの?」
「はい! 興味があります!」
「そう?」
仕方なく、僕は思い出せるだけの悪役令嬢の話を聞かせてあげることにした。
悪役令嬢は頑張って花嫁修行をするけど、学園生活でいじめをして、身分の低い女性が男性に泣きついて最後は断罪される。
そんな王道な話から、悪役令嬢がやり返す話。婚約者を落とす女性の処世術など。
もう何を話しているのかわからなくなるぐらいに、たくさんの話をさせられることになる。
「いよいよ、私たちも学園に参りますわね」
「ああ、そうだね。エリザベートは兄上と学園が違うから、悪役令嬢にはならなくて良さそうだな。兄上は浮気もしていないようだし」
「それはどうでしょうか?」
「えっ?」
「ふふ、学園に行ってみなければわかりません。それにエリック様は一番大切にされている方がおられますから」
「そうなの!? エリック兄上にそんな人が!」
全然知らなかった。エリック君は堅物で、真面目だから女性関係は疎いと思っていたけど、私の知らないところでやることはやっているんだね。
やっぱり真面目でもエリック君も男ということか?!
「本当に理解されていないのですね」
「うん?」
「いえ、問題ありません。そんなことよりも、この間の王弟陛下をおとす悪役令嬢の話を聞かせてください。転生してやり直した悪役令嬢が、本命の王太子ではなく、王弟と恋仲になる話ですわ」
「えええ! あの話、もう三回ぐらいしたよね?」
「ええ、私の一番好きな話ですの」
「わかったよ」
私はやり直せるなら、自分が語り聞かせた悪役令嬢の発言を今すぐ取り消したいよ。
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