第6話 英雄の片鱗
《sideエルドール領酒場の店主》
帝国を襲うほどの大干ばつがあった年がありました。それに伴い大飢饉が訪れ、エルドール領もまた飢饉の影響により、食べ物も、飲み物も、高騰して皆が満足がいくほどに食事をとることができないでいました。
我々、酒場をやっていても、連日満員で賑わっていたのが懐かしく思い頃に、あの方が訪れたのです。
「邪魔するよ」
「なんだい。坊ちゃん。ここは子供が来るところじゃないよ」
「あれ? 僕のこと知らない?」
「僕だと?」
じっと身なりを見れば、高貴な身分の方だということはわかる。貴族が平民の暮らしに冷やかしに来ることはあるので、また冷やかしだと思ってイライラする。
それでなくても平民は飢えているのに、貴族は普通に食事をとって、のうのうとした暮らしをしているのだ。理不尽じゃねぇか。
「うん。フライ・エルドールだよ」
「フライ・エルドール? なっ?! まさか、エルドール領の次男!!!」
なんで領主様の息子がこんな酒場に来てんだよ! 周りも驚いて帰ろうとしてんじゃねぇか! それでなくても、人が寄りつかないっていうのに、貴族が出入りしたという悪い噂が流れればこっちの商売は終わりだ。
「そっ、わかったなら、エールを持ってきてよ」
「ひっ! しかし、いっぱい金貨一枚でして」
「へぇ〜安いね。はい」
「へっ?!」
嘘だ。俺は貴族に嘘をついた。いくら飢饉だと言ってもエール一杯に金貨一枚は盛りすぎだった。精々が樽で金貨一枚ならまだ許されるか?
俺は冷や汗を流しながら、樽を持ってきた。
「えっ? 確かにエールを持ってきてと言ったけど樽で持ってこられても。まぁ仕方ないね。ジョッキを貸して」
「はっ、はい!」
ガキだから相場がわかっていないのか?
「うん。ヌルくてまずいね。温度変化を使えばいけるかな? うーん、まぁ実験だよね」
一人でブツブツと何かを発すると魔法を使い出した。しかも、その魔力は見たこともないほど膨大で生まれながら持っている素質を見せつけられたような気がする。
その結果は……信じられるか? あのヌルくて不味くて、飲めたもんじゃないと言われたエールがキンキンに冷えてメチャクチャうめぇじゃねぇか?!
水も制限されて久しぶりに飲めるエールに俺は感動して涙が流れちまったよ。
「ねぇもうこれはいらないから、適当にみんなで飲んでよ」
「へっ?!」
ありえるか? 貴族たちは自分たちの利益ばかりで、俺たちのことなんて考えていないと思っていたんだ。それなのにフライ・エルドール様は、ふらりとやってきて、金貨一枚でエールの樽をキンキンに冷やして後はみんなで飲めという。
しかも、その日から数日、俺の店だけじゃない他の店でも同じことをして回って、カラカラに乾いた喉にキンキンに冷えたビールを無償で提供するように回ったんだぜ。
そんな貴族の坊ちゃんがいるかよ。いねぇよな! 俺は聞いたこともねぇよ。
しかも、それから一年が過ぎてもフライ様の施しは続いた。
一度だけじゃねぇ。飢饉が終わり、干ばつが解消してもフライ様は、金貨を配っては、みんなで食べろと言い続ける。
なんなんだよ。貴族ってのは自分のことにお金を使って、市民から税金を奪っていくもんだろ? そんなことされたら、大好きになっちまうじゃねぇかよ。
「あ〜僕ね。もうすぐしたら学園に行かなくちゃいけないんだ。学園を卒業するまで来れないと思うから」
それは本当に残念だ。だけど、それは貴族の義務であり、持てる者の義務だ。
それにフライ様なら、どこに行っても絶対に成功する。
「そうですか、それは残念ですね」
「うん。僕もここを気に入っていたんだけどね。そうだ。今日は金貨十枚渡すからさ、美味しい物を食べさせてよ」
金貨十枚!!! この店を買ってもお釣りが来る金額ですよ!!!
「なっ、何をご所望ですか?」
「実はね。僕が仕留めた魔物がいるんだけど、それを調理してくれる?」
「えっ?!」
驚かないと決めていたが、この方はどれだけ俺を驚かせれば気が済むんだ。
「これなんだけどね」
そう言って出されたのは、巨大な火龍の尻尾だった。
「はっ? 今どこから?」
「うん? 僕は無属性しか使えないからね。無属性魔法で空間を作って、そこに物を収納しているんだよ」
「すみません。意味がわかりません」
「そう? まぁどうでもいいじゃん」
どうでもよくはありません。ですが、貴方様がとんでもないお方であることは理解できました。
「それよりもこの火龍の奴が、水源に住み着いていたせいで、水が干上がって大変そうだったから、とりあえず立ち去ってもらうために、尻尾を切ったんだよね。本人からも謝罪を受けたから、逃してあげたんだけど、とりあえず、ドラゴンの尻尾って高級肉らしいから、一度食べてみたかったんだ。調理できる?」
俺は今、何を聞かされているのだろう? 大干ばつの原因が、火龍の影響で、それを討伐したのが、フライ様で、そのフライ様が大干ばつを起こすような火龍の尻尾を調理して欲しい?
俺はバカになったんだろうか?
「すみません。多分、私程度では上手く調理できません。帝国でも一、二を争うコックしか」
「そっか〜。まぁ空間魔法の中に入れていれば、腐らないからそのうち調理を頼もう」
きっとこの方は将来凄いことをなさるのだろう。それまで全ては黙っておこう。
いつかきっと誰かが聴きに来るはずだ。
あの英雄の生まれと、その軌跡を辿る奇跡について……
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